第286話 聖王都2、入城


 キーン自身、セントラムを出陣した時からあまり心配はしていなかったが、思っていた以上に順調だ。こういったときに気を抜いていると、えてして予想外なことが起り、しかも後手後手に回るものだ。と、冒険小説でキーンは学んでいる。魔術大学付属校を放校となり、冒険小説にどっぷり浸かったあの一夏は自分を大きく成長させたのだ。とキーンは思っていた。



 キーンは両手で頬をパチンとたたき自分自身に気合を入れ直し、いつもはボルタ兵曹長に任せていた号令を、後方に整列を終えて控える兵隊たちに向かって自ら発した。


「モーデル解放軍。行進開始!」


 朝7時。キーンの号令でモーデル解放軍は野営地を出発した。途中一度の小休止を含めても3時間半ほどで聖王都の正門に到着できる。何事も起こらず、エルシン勢が撤退していれば、キーンはミニオンを使って王都に作戦成功と連絡する予定だ。騎兵連隊に黒玉を貸し出しているので、黒玉を通じて連絡することも可能だが、そこはもったいぶってキャリーミニオンを使い軍総長に手紙を渡すつもりである。


 キーンはキャリーミニオンを使って日々の業務連絡は絶やさず軍本営に対して行っているので、軍本営もモーデル解放軍の動向は半日遅れではあるが知悉ちしつしており、ここまでの展開は軍本営の予想通りで、安心もしている。



 聖王都に向かって行進しながら、キーンの後ろを進むゲレード中佐が、すぐ隣を進む騎上のサファイアに向かい、心持ち大きな声で、


「ノートン少佐。宮殿内ではまず聖王陛下の保護が最優先されますが、どういった感じでしょう? エルシンが聖王陛下を連れて本国にのがれることはないですよね?」


 ゲレード中佐はそう言ったものの、その可能性は大いにあると思っている。というか確実にそうだと思っていた。聞かなくてもいいようなことをあえてゲレード中佐はキーンに聞こえるようにノートン少佐に尋ねたわけである。


 ゲレード中佐はキーンの出自について、トーマ軍総長より耳打ちされている。聖王に対する思い入れがキーンにどの程度あるのかは分からないが、サルダナ王国の軍人ならば、これから先は個人ではなくサルダナ王国として対応しなければならない場面である。


 聖王がエルシンに連れ去られ、聖王都を離れていたとして、おそらく人目につかないよう移動したはずだ。それなら『すでに、お隠れ・・・になった』『行方不明』としても何ら問題はない。そのまま、セルフィナが新聖王として即位してしまったほうがサルダナ・・・・にとって都合がいいのは確かなのだ。後から本人が現れ聖王位を返せと言ってきても相手にしなければいいし、もしエルシン軍を引き連れて戻ってきたら撃退するまでだ。とまで考えていた。


 さらに言えば、王太子も一緒に連れて行ってくれているはずなので『いらぬ手間・・』が省け、ますます好都合だ。


「いえ、おそらくこれまでエルシン側の抵抗が一切なかったことを考えれば、すでに陛下と王太子殿下は国外に連れ出されていると考えるべきでしょう」とサファイアが答えた。


「ということは?」


「こういうことを言うのははばかられますが、陛下と王太子はともに『エルシンにより・・・・・・・お隠れになられた』ということで、速やかにセルフィナ殿下に聖王位を継承していただかなければならないでしょう」


 これまでセルフィナの護衛であり付き人だったサファイアなら当然の合理的考えであり、ゲレード中佐の望み通りの答えだった。


 王太子はキーンの異母兄弟なのだろうが、まだ、物心の付かない幼児である上、サルダナ王国から見れば赤の他人である。同じキーンの異母兄弟でもサルダナ王国が保護し、恩を売っている成人間近のセルフィナとは全く違うのである。


「やはりそうですよね」



 ブラックビューティーに乗ったキーンが、二人の会話を背中越しに聞いている。ゲレード中佐の考えはもっともであると単純に考えていた自分自身にキーンは驚いていた。見たこともない名まえだけの父親や異母弟ではそんなものだろうと納得もした。そして後ろを振り返り、二人に向かって、


「セルフィナ殿下とサルダナ王国にとって最善と思われる手を打っていきましょう」


 キーンの言葉を聞いたサファイアは大きくうなずき、ゲレード中佐は、これでモーデル解放軍の意思が統一できたと安心した。


――アービスのやつ、感情にとらわれることなく判断してくれたようで助かった。ここで、なんとしても聖王を助けなければとかいいだした挙げ句、王太子まで助けたいと言い出されては、何のためにサルダナがセルフィナ殿下を擁立し軍を出したのか、全く理解していないことになるし、この遠征自体失敗してしまう。速やかにセルフィナ殿下を聖王として擁立しモーデルをまとめ上げるのが肝要だ。

 ただ、目先はそれでいいが、モーデルにはこれといった大きな産業もないし、国家の財宝などは全てエルシンに運び出されているだろう。国を支える官僚などもほとんどエルシンによって整理・・されたと聞く。セルフィナ殿下が聖王として即位したとしても国の経営はお先真っ暗だ。ある程度はサルダナが支援するのだろうが、このところの軍拡と出兵で国もだいぶ懐が寂しくなっていると聞く、支援も限られるだろう。




 ゲレード中佐は、キーンの『財宝』については聞いていなかったので、モーデルの財政的な問題を懸念したが、こちらはどうでもなるとキーンは考えている。ただ、官僚を手当しなくてはならないという認識は共通だ。できれば有能な官僚が欲しいが目処はない。サルダナ本国でもその程度のことは認識しているはずなので、なにか手を打っているかもしれないがキーンは聞いていない。


 知らず識らずのうちに自分がモーデル側に立って思考していることに気づいたキーンは苦笑した。



 小休止をとり、行進を再開したモーデル解放軍は一切の抵抗を受けることなく聖王都の正門前までたどり着いてしまった。キーン自身ここまで何度もミニオンで確認しているし、魔術師小隊でも確認しているが、聖王都内では兵の動きは一切ないうえ、一般人も行き来はしているがその数は極端に少ない。見ず知らずの軍が迫っているのだから、一般人は家から出ないだろうからそんなものかも知れないがそれにしても人気ひとけが少ないような気がする。


 門の扉は早朝確認したときと変わらず閉まったままだったので、キーンがミニオンを飛ばして、中からかんぬきを外してしまった。門の扉は内開きなので、ミニオンを表側に回して扉を押し開いた。



 聖王都の正門前で停止していたモーデル解放軍は、扉が開いたところで行進を再開した。


「聖王都内では、これまで以上に気を引き締めていくぞ!」とボルタ兵曹長が後方の兵隊たちに向かって大声で気合を入れた。


 正門から続く道は聖王都の目抜き通りで、そのまま、まっすぐ聖王宮に続いており、確かに前方2キロほど先に聖王宮と思われる外壁に囲まれた建物群と門が見える。


 通りの両側には石造りの建物が並んでおり、先程まで通りに出ていた僅かな人も今は建物の中に入ったようで通りに人気ひとけはない。そういった静かな通りを整然とモーデル解放軍が行進していく。



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