第285話 聖王都1


 国境のある峠の手前20キロの野営地で一夜が明けた。


 朝の準備を終え、出発だ。ギレア内の最後の宿場町を過ぎて、緩い上り坂を進むと、街道周辺は林から森になり坂道もきつくなってきた。それでも普通の荷馬車も問題なく登れるほどの傾斜なので、モーデル解放軍の荷馬車には何の障害にもならない。


 ある程度急な坂道を4キロほど進むと森が途切れて周囲は岩山らしくなってきた。もう1キロほどで峠だ。


 峠は広めに切り開かれていたので、そこで部隊は長めの小休止を取った。


 休んでいる兵隊たちに向かってボルタ兵曹長が再度予定を大声で告げる。


「ここより先は整列して行進していく。午前中にあと10キロ。午後から20キロ。聖王都まで20キロ地点まで進出してそこで野営する。何事もなければ明日の午前中には聖王都に入城だ」



 小休止を終え峠を超えたモーデル解放軍はモーデル聖王国に入り整然と行進していく。


 峠を下って5キロほど進んだところで、最初の宿場町があった。


 最初は見知らぬ軍隊の接近を恐れたのか、人々は建物の中に隠れていたようで通りに人気はなかったが、そのうち通りに人が出てきた。しばらく行進を眺めていたが、そのうち飽きたのかどこかにいってしまった。


 他国の軍隊といっても成人したてのような男女が大多数を占める軍隊である。乱暴狼藉ろうぜきを働くような軍隊には見えなかったのかも知れないが、ずいぶん無関心なものである。



 見知らぬ兵隊たちが自国の中を行進しているという報告はすぐに聖王都に届けられたかというとそうでもないようで、早馬などが聖王都に向かっているところなどは魔術師小隊に特に注意するように言っていたが、確認できていない。


『気を利かせて楓の紋章旗を槍に付けてるのに誰もその意味を知らないのかな? 聖王都に連絡くらいしてくれないと、奇襲する気はないのに奇襲することになるのか? これって前代未聞かも?

 モーデル聖王国って大丈夫なのか?』キーンは素朴な疑問を持ったようだ。



 それでもキーンは部隊の先頭をブラックビューティーに乗って進んでいく。


 ある村に差し掛かったところで、その村から1頭の馬が人ひとりを乗せて聖王都方面に走り去っていった。


『やっと聖王都に報告に向かってくれた』


 そのあとすぐに、魔術師小隊から聖王都に向け騎馬が駆けていったとキーンは報告を受けた。


 駆足行軍中ではなく行進中だったため、キーンの後ろをいく幌馬車の中から御者台の後ろに顔を出して、メリッサが今回初めて『異常なし』ではなく、敵の動向報告したのだが、それほど大きな声で叫ぶ必要がなかったことはメリッサにとってありがたかった。


 メリッサの報告に、振り向いてうなずいたキーンは、ちゃんと、魔術師小隊の面々が遺漏いろうなく警戒していることに安心した。



 その日、モーデル解放軍は行進しながらも予定の道程をこなし、聖王都の20キロ手前、街道沿いの空き地で野営した。キーンの魔力開放のお陰で、簡単にウォーターの魔術で誰でも給水できるようになり、簡易コンロに入れた薪への点火もファイヤーで簡単になった。


 実戦では、強化状態で黒槍を振るう方が威力はあるのだろうが、2000人でファイアーアローを撃ちながら前進すれば壮観だろうとキーンは思っている。今回の作戦では都市部での戦闘を念頭に置いて短剣の訓練を優先させたため、魔術攻撃を主体とした部隊単位での訓練は行っていないので、そういった作戦はとれない。



 翌早朝。キーンはパトロールミニオンを飛ばして聖王都を偵察した。


『聖王都の門は閉まってる。城壁の上に兵隊は見回りも含めて見当たらないが、この時間だからいないのか、それとも本当にいないのか。門の近くに門営用の建物があると思うけど、どこかな?』


 それらしい建物があったので中を覗こうとしたが扉も鎧戸の付いた窓も閉まっていてパトロールミニオンで中を確認することはできなかった。


『扉を壊して確認してみるか。

 そうだ、旋回カッターで扉にミニオンが通れる孔を開けてやろ。

 せっかく考えた魔術に実戦で出番があってよかったー』


 扉のすぐ前で、ミニオンを介して旋回カッターを発現させたキーンは、扉に30センチ径の孔が空くと同時に旋回カッターを消した。


『きれいに孔が空くもんだ』


 パトロールミニオンがその孔を通って建物の中に入っていくと、最初の部屋の中には机や椅子が並べられた部屋で、その奥は休憩室や仮眠室といった感じの部屋だった。やはり門衛詰所で間違いはないようだ。しかし、中には誰もいなかった。


『いないことを確認するために中に入ったんだからいなくて当たり前だ。人がいることを確認したいなら外で大きな音を出せばいいだけだったし』


 後からキーンは思いついたのだが、人がいなくて運が良かったとは自分でも思っていた。


『門は閉まっているけれど門衛の兵隊は一人もいない。

 ということは、門を守ろうとは思っていない。ってことだよな』


『なら内側からかんぬきを外してしまえば、わざわざ兵隊たちに城壁を越えさせる必要もないか。閂は移動魔術で簡単に動かせそうだし、動かなければかんぬきだけウインドカッターで切ればいいだけだし』


『あんまり、僕一人で偵察してたら魔術師小隊の出番がなくなるから、あとで魔術師小隊に指示を出して門の内側を偵察させよう。孔のことはどう説明するか悩ましいけれど、とぼけて「聖王都では扉に丸い孔を開けるのが流行はやっているのかも?」とでも言っておくとしよう』



 朝食後、キーンは今朝の偵察結果をゲレード中佐たちに説明した。


「それでは、連隊長殿の城壁超えの階段作戦は使わず、行進しながら、聖王都の門をくぐり抜けて聖王宮まで進んで行けばいいわけですな」と、ボルタ兵曹長。


「聖王都内も簡単に見てみたけど、兵隊が潜んでいるような感じではなかったな」


「なるほど。

 聖王宮に辿り着く前に何らかの抵抗があったとしても微弱でしょうし、周囲の警戒は万全なので、そういったものは無視して聖王宮まで行進するのもいいかもしれません。

 われわれが、生半可な攻撃ではどうしようもない『サルダナの黒槍部隊』ということを先方も理解するでしょう」とゲレード中佐。


「それでいきましょう。軍事アーティファクト級の強敵が現れて道を塞ぐようなら、僕が排除します」


「連隊長直々に相手をしていただきたくはありませんが、やむを得ないでしょう。

 よもや、連隊長が不覚を取るようなことはないでしょうが、勝てないと判断したらすぐに引いてください」


「了解。その時は相手の周りに年明けに披露した霧魔術を仕掛けて階段魔術で逃げ出すよ。使い道としては後ろ向きだけど、霧魔術は逃げ出すときには有効かもしれない」


「霧魔術に階段魔術?」


 新人用エキシビションで披露した魔術だが、ゲレード中佐とノートン少佐は見ていないので、キーンがどういった魔術なのか二人に簡単に説明してやった。


 いちおう自分で考えた魔術なので、それが有効活用できるのは嬉しいのだが、逃げるとき限定では少し残念に思うキーンだった。


「連隊長には、何でもありだとは思っていましたが、ほんとに何でもあるんですね」


「思いついたのは良かったんだけど、使い道を思いつかなくて」


「これから先いろいろな場面があるでしょうから、また他の使い方も見つかるかも知れません」


「実際は出番のないことに越したことはないとは思うけど。

 そろそろ、出撃準備の時間かな」


「ですな。今日も張り切ってまいりましょう」とボルタ兵曹長。


 一同は立ち上がり、各自防具を身に着け始めた。


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