第284話 モーデル入国前
サルダナの王都セントラムから、モーデル、ギレアの間の国境まではしっかりした街道が続いており、距離は道なりで650キロ。その国境から聖王都モデナまでは50キロ。キーンの率いるモーデル解放軍はモーデルの手前で、先発していた輜重部隊から食料品などの消耗品を補充すればそのまま越境し聖王都に向かう予定だ。モーデル内には聖王都の他には大きな都市はなく、野戦に適した平地もないので、聖王都までは抵抗を受けることなく行軍できるとキーンたちは考えていた。
今回は他部隊と合わせる必要のないモーデル解放軍単体の行軍のため1日当たり100キロの行軍を予定している。
1日100キロ行軍のため昼の大休止を挟んだ午前、午後、1時間毎に10分の小休止を取り、1日当たり6時間ほど駆足で行軍する。昼の大休止は1時間半を予定している。部隊は王宮前に集合した時点で通常強化しており、王都から街道に出て荷馬車部隊と合流したところから荷馬車部隊の人馬ともども20倍強化している。
黒槍を担いだ兵隊たちが街道を駆けていく。街道上の行軍は、馬車を伴っているためどうしても街道の往来の妨げになってしまうが、兵隊たちだけでも妨げにならないよう4列縦隊で移動している。その関係で、
前回のボスニオンでの戦いのときと同じく、部隊はギュネンで一度消耗品を補充し、ギレアへ進んだ。
キーンたちのすぐ後ろを進む魔術師小隊の馬車の御者は第1中隊の者が御者を引き受けている。さすがに魔術兵の中には御者のできるものはいなかったし、1人欠けても戦力が1割減となるので御者のできるものが居たとしても御者をさせることはなかったろう。
その魔術師小隊の馬車は
ただ、ゲレード中佐が、ある程度の基礎的教育を施しているものの、軍事的には素人同然の魔術師小隊だけに『偵察』を任せることはできないため、キーンも3個ほどパトロールミニオンを飛ばして高い位置から周囲を警戒している。さらにキーンはモーデルの聖王都にもパトロールミニオンを飛ばしている。
王都を出発して、一度ギュネンで消耗品を補充したモーデル解放軍は何事もなく行軍を続け、王都を出発して6日目の昼過ぎ1時間ほど行軍したところで、先行していた輜重部隊が待つ野営地に到着した。国境の峠まで20キロの位置である。ここから15キロほどなだらかな上り坂が続きその先から国境の峠まで坂は急になっていくが一般の荷馬車も通行できる坂道なので、モーデル解放軍の荷馬車の移動に支障はない。
1個中隊200人に対して物資を満杯にした馬車2台。強化による変性を施した荷車を、強化した馬車馬で牽引する荷馬車は1台で2トン強の物資を積み、強化して駆足で進む部隊に余裕で追随できる。
部隊の荷馬車だけでなく兵隊たちもキーンによって半変性された大型の背嚢に、食料などの消耗品を目一杯詰め込んだ。
モーデル国内に進んだ後、現地調達が可能かどうかは不明だが、食料などの消耗品は足りなくなれば現地調達することになる。軍本営の対外部の調べによると、モーデル国内では物資が不足しているようで、現地調達は難しいとされていたが、念のため現地調達費として金貨5000枚が本営用馬車に積み込まれている。
キーンたちは、補給なしでもこれから先4週間は作戦行動可能と見ていた。予定では2週間後にサルダナから輜重部隊がモーデル解放軍まで派遣されることになっている。何らかの支障が発生し、補給が滞り、3週間分の食料を消費した時点で、エルシンを駆逐できず補給の
撤退先は王都ではなくローエン軍が撤収したあとのヤーレム駐留地とする予定だ。もちろん、キーンたちは3週間もあればエルシン駆逐は可能と見ている。
役目を終えて輜重部隊がヤーレムに向けて帰っていく中、モーデル解放軍は輜重部隊の使っていた野営地でそのまま野営することにした。
キーンは聖王都モデナに向けたパトロールミニオンを通じて聖王都を観察したところ、こちらはいたって平穏のようで、モーデル解放軍がエルシンを駆逐するためサルダナの王都を出陣した情報もまだ流れていないようだ。キーンの率いるモーデル解放軍の行軍速度は通常の通信手段である駅馬車などよりよほど速いので、モーデルないしエルシンがセントラムにそれなりの人員を配置して情報を早馬などで届ける手段を確立していないかぎり、当たり前ではある。
夕食時、キーンたち本営4人組が車座になって食事をしている。本営と魔術師小隊の食事の用意は中隊持ち回りで、今日は第6中隊が担当である。魔術師小隊からはいつも2名ほど食事当番を担当中隊に送り出している。各中隊も本営と魔術師小隊の食事の用意をすることは当然と思っていたところ、魔術師小隊のコーレル小隊長から提案されたことである。
夕食を終えたところで、モーデル入国前の最後の打ち合わせをキーンたち4人と中隊長たちで行った。
「連隊長殿、あすはモーデル入りですな」とボルタ兵曹長。
キーンは対外的にはモーデル解放軍の将軍ではあるが、やはり少し恥ずかしかったので、軍内でのキーン呼称は連隊長ということにしている。
「われわれの黒い長槍を見れば、モーデル解放軍がどういった部隊なのかは一目瞭然。峠を越えれば、すぐにわれわれの侵入がモーデル中に広まるでしょう。
先方に一戦するのか、はたまたモーデルを明け渡すのか、去就を決めていただかねばなりませんから、われわれはゆっくり聖王都に迫りませんか」と、ゲレード中佐。
「そうですね。明日は峠を登りきるまではこれまで通り駆足で行軍しましょう。その後は徒歩の行進に切り替えてゆっくり聖王都を目指しますか。その際に例の小旗は忘れずに槍につけて。
抵抗がないようなら、明日聖王都の手前で野営して、明後日の午前中には聖王都に入城できるんじゃないかな。入城したら、聖王宮までこれまで以上に整然と行進する」
「なるほど、威風堂々と聖王都に乗り込むすわけですな」とボルタ兵曹長。
「いちおうパトロールミニオンで聖王都の中を見た感じでは、まだわれわれがモーデルに迫っていることに気づいてないみたいなんだよ。今までの速さで聖王宮を目指したら敵も逃げるに逃げられず一戦するかという腹積もりになりかねないし」
「聖王都の城門が閉まっていた場合はやはり破壊するのですか?」と、サファイア・ノートン少佐がやや心配そうに聞いた。
「城門が閉まっているということは、先方は一戦を辞さないということだから、それなりの対応をするまで。壊さずに済めば越したことはないので、なるべく壊さないように城壁を越えましょう」
「どのようにして? まさか空を飛ぶ?」
「空を飛ぶわけじゃないけど、地面から城壁に向けてミニオンで階段を作ってやれば、簡単に兵隊を城壁の上に流し込めるので、1個中隊もあれば門の周囲も簡単に制圧できるでしょう。
さすがに階段を登っていく途中で、バリスタのボルトが直撃したら階段から転げ落ちるかもしれないから、城壁上の大型の兵器は僕が事前に見つけ次第壊しておくよ。
門の周辺を制圧したら内側から門を開けて残りの部隊と馬車が入城する。そこからは隊列を整えて聖王宮まで行進しましょう」
「まだ先の話だが、
われらの連隊長にかかると、小国とは言え一国の都がいとも簡単に陥とせるわけだ。戦いとなったところで楽な戦いになりそうだ。とはいえ、気持ちは引き締めておかないとな。
各中隊長たちは何か意見や提案などがあるかな?」
ゲレード中佐の言葉に一同が首を横に振ったところで、打ち合わせは終わった。
[あとがき]
2022年5月14日より宇宙SF『銀河をこの手に! 改~』https://kakuyomu.jp/works/16816700427625399167 の投稿を始めました。よろしくお願いします。
完結作『銀河をこの手に!~』を電撃大賞用に加筆したものになります。
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