第283話 モーデル解放軍、出陣。

[まえがき]

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 昼食が終わり、訓練の前にキーンによりモーデル解放軍の兵隊たちに紹介されたサファイア・ノートンは、無難に挨拶を終え、その後セルフィナの屋敷に一度戻って、当面の荷物を持って駐屯地に戻ってきた。その頃には、個室の準備も整っていたので、荷物を整理したあと、改めてキーンとゲレード中佐のもとに向かい、訓練風景を眺めていた。



 当日の夕食が終わり、就寝前の自由時間、サファイアは兵舎の自室で今後のことをぼんやりと考えていた。


『アービスさまが率いる2000人の兵士がいれば、簡単にモーデルからエルシン勢力を追い出すことができる。無事に逃げおおせた者もいるのだろうが、多くの高官が処刑されたり投獄されたりしている。エルシン勢を追い出した後の国の運営は厳しそうだ。官僚不足はサルダナに頼ることになるかもしれない』


『宮殿内には、高価な装飾品や財宝、アーティファクトなどもあったが、それらはすでにエルシンに向けて運び出されてるだろう。先立つ物がなければ国の運営は成り立たない。

 アービスさまの金銀を当てにしたくはないが、やはり資金がなければ国の運営はできないことも事実』


『殿下をお連れしてモーデルを出たとき、国の運営を心配をする日が来るなど夢にも思わなかったが、ひとえにアービスさまのおかげ、さらに言えば殿下がクリスさまの知己を得たことが幸運だった』


『殿下にはお教えしていないが、聖王陛下が今年に入って国民の前に姿をお見せになっていないため、お加減が優れないのでは、との噂があると先日サルダナ軍本営に訪れた時、対外部のコネリー閣下からこっそり聞かされた』


『陛下が国民の前に姿をお見せになってない。うがった物の見方をすれば色々考えられるが、このサルダナからではどうすることもできないのも事実。速やかにモーデルを解放するしか道はない。殿下がモーデルに帰り王太子として復権することは容易たやすいと思えるが、状況によっては、早期に殿下が摂政として立つことも考えられる。場合によっては即位が早まる』


『問題は、現在王太子となっている「お子」のことだ。廃嫡はいちゃくは当然だが、その後どうする?』


『昼間の話し合いでは、月末までには出陣したいということだった。早めにモーデルの街道、モデナと聖王宮の見取り図を作っておこう。モーデルの街道とモデナの地図は何枚か作っておくか。ルビーにも手伝わせ、出来上がったら殿下に見ていただけばいいだろう』


 取り留めも無くサファイアは今後のことについて思いを巡らすのだった。





 翌日、キーンはゲレード中佐とノートン少佐それにボルタ兵曹長を加えたいわゆる本営幕僚と、事務官たちを集めて会議を開いた。その結果、準備など余裕を持って、出陣は7月末日と決まった。そのまま、キーンとゲレード中佐は軍本営に赴き、出陣予定日を申告している。その際、王宮前で セルフィナ王女の紹介を兼ねて、出陣式を行なうと軍総長に伝えられた。


 また事前準備として、軍本営ではモーデル解放軍の移動速度を見越して、すでに輜重部隊をギレアとの国境に近いギュネンに送り出している。


 モーデル解放軍の出陣の日取りが決まり、ギュネンに移動中の輜重部隊に対して王都から強化済の騎馬伝令が送られた。伝令内容は、ギレアを横断する街道を通りモーデルとの国境手前まで進み、モーデル解放軍の到着を待て。との指示である。モーデル解放軍は輜重部隊から消耗品を現地で補充し、輜重部隊はそのままギュネンに引き返す予定だ。



 キーンのモーデル解放軍(アービス連隊)駐屯地には、強化済み馬車が中隊各2台で計20台プラス予備2台と見合いの馬車馬、それにキーンのブラックビューティーとゲレード中佐用の軍馬が用意されているが、今回の作戦では、


 各中隊2台の強化馬車。計20台のほか、


 サファイア・ノートン少佐用の軍馬1頭、


 馬車の中からミニオンを操るため魔術師小隊移動用に強化馬車1台。


 キーン以下4名の本営要員と魔術師小隊用の食料、備品、共通予備装備などで強化馬車2台を考えている。


 不足分の強化馬車1台と軍馬1頭については騎兵連隊から借り受けることにしている。



 キーンはアイヴィーとクリスにもモーデルへ出陣することを手紙で知らせたが、クリスのほうはすでにセルフィナから聞いていたようだ。いつものように『無理はしないで』と返事に書かれていた。アイヴィーの方は、この夏にはバーロムに戻ると商業ギルド長のマーサ・ハネリーに約束していたが、キーンが出陣することになったためバーロムには戻れない。と、謝りの手紙を書いておく、と返事に書かれていた。




 そして、出発日当日。その日は休日ではなかったが、王都民に対して『エルシンからモーデル聖王国を解放するため、有志ゆうしにより軍が組織され、王宮正門前から出陣パレードを行う』と1週間前に王宮より発表があった。


 学校などは長期休暇に入っているため、学生たちも大勢詰めかけている。詰めかけた観衆は大通りの両脇の歩道上に立っているのだが、その前面には近衛兵団の兵士たちが立ち並んで歩道から観衆が大通りにはみ出さないようにしている。


 王宮正門前にはいつものようにステージが設えられ、ステージを挟んで両翼に貴賓席が設けられている。クリスもその席から『モーデル解放軍』を眺めている。クリスの隣にはアイヴィーとジェーンの姿も見える。ジェーンは軍学校の夏季休暇中だ。今年の夏は休暇を取って、バーロムの屋敷に行こうと言っていたが、今回の出陣のため、その件は流れてしまった。ジェーンは内心残念には思っていたようだが、そのことを口にすることはなかった。ちなみに、ジェーンは今回の期末試験で3号生徒代表らしくトップを取っている。




 アービス解放軍は、ステージの前に集合した。キーンはブラックビューティーに、ゲレード中佐は連隊の軍馬に、ノートン少佐は騎兵連隊から借り受けた軍馬に騎乗している。キーン以下3名の佐官は騎乗して集合したが、ステージ前ですぐに下馬している。


 ステージ上には、中央にセルフィナ王女が立ち、国王を中心に高官たちがその後ろに居並んでいた。さらにその後ろには旗竿が10本ほど並べられて、青地に赤い楓の紋章旗がはためいていた。


 まず、国王から観衆にむけ、正統なるモーデル聖王国の王太子としてセルフィナ王女が紹介された。


 観衆から拍手が湧いた。セントラムにセルフィナ王女が亡命しているといううわさは市中でも流れていたが、ここで正式に王都民に紹介されたわけである。


 ステージ前で整列したモーデル解放軍に対して、ステージ上のセルフィナ王女から激励の言葉がかけられた。


「……。

 みなさまのご武運をお祈りします」


 こういった演出の大切さもキーンも理解している。


 一礼したキーンは乗馬して、後ろに向き直り、


「モーデル解放軍。出陣!」


 そう大きな声で号令をかけた。その号令を受けて、ボルタ兵曹長が、


「全隊、中央から左右2歩移動し、中央空け!」


 各中隊は10列縦隊で整列し、降順で並んでいたが、左右に隊列が1メートルほど移動して中央に2メートル幅の道ができた。その道を騎乗したキーンの隣にボルタ兵曹長、その後ろを騎乗したゲレード中佐とノートン少佐がゆっくり進んでいく。隊列の最後部に達したところで、ボルタ兵曹長が回れ右して、


「全隊、中央に左右2歩移動し、中央詰め!」


 左右に分かれていた隊列がもとに戻ったところで、


「全隊、回れー右!」


 2000名の兵隊たちが回れ右をした。


「全隊、行進始め!」


 ブラックビューティーに乗るキーンを先頭に部隊はゆっくりと大通りを王都南門に向けて行進していく。


 行進隊列は、キーンたちのすぐ後ろを2列横隊で魔術師小隊、その後を10列縦隊から4列縦隊に変えた第1中隊、第2中隊の順で第10中隊まで続く。


 一般兵たちは黒槍を肩に担いでいるが、各中隊の前から3列計12名は黒槍を前方に構えて行進している。彼らの黒槍の穂先の根本には青地に赤い楓の意匠の小旗が取り付けられている。


 魔術師小隊の面々は短剣を腰にいているだけで、中隊長や中隊先任兵曹たちと同じだ。



 モーデル解放軍の馬車部隊は王都南門の先で本隊を待っており、本隊が到着した段階で合流することになっている。槍に付けた旗もその時点で取り外すことにしている。次の旗の出番はモーデルに入国し聖王都に向けて進撃するときだとキーンは考えている。




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