第282話 モーデル解放軍、発足2


 セルフィナへの挨拶と今後のことについて簡単な打ち合わせを終えたキーンとゲレード中佐は、さっそくサファイア・ノートン少佐・・を連れて駐屯地に戻った。


 キーンは歩きながら、自分の『将軍』という呼称についてあれこれ考えながらニマニマしていた。


『モーデル解放軍、総大将アービス将軍・・。なかなか語呂ごろがいいんじゃないか。将軍と呼ばれたら自分のことだとちゃんと覚えておかないといけないな』


『これまでは、連隊だったけど、モーデル解放軍になった以上各中隊のことをなんと呼ぶか考えておかなくちゃな。第1中隊だと、いままでアービス連隊第1中隊だったけど、今度からはモーデル解放軍第1中隊となるのか? 軍の下にいきなり中隊だと飛ばし過ぎのような』


『でも、アービス小隊のときも、サルダナ軍本営直轄アービス小隊だったし、そこはいいのか?』


『いや、やっぱり連隊は残しておかないと。

 それなら、モーデル解放軍第1連隊第1中隊とでもしておくか。そのうち第2連隊ができるかもしれないし。僕は対外的には『将軍』と名乗る必要はあるけど、普段は連隊長ということにしてしまおう』



 キーンがあまり意味のないことを考えている間、ゲレード中佐とノートン少佐は兵隊たちの訓練を見て話をしていた。


「これまで、何度かアービス連隊の訓練風景を眺めたことがありますが、実に見事なものだと感心しています。見るたびに人数が増えていることもそうですが、練度が落ちていないところが素晴らしいです」


「もちろん連隊員たちの士気の高さが最大の要因ですが、各所の警備なども受け持っている関係で十分な部隊としての訓練時間を取れていない他の部隊と比べ、アービス連隊は基本的にそういった実務は割り振られていないません。その辺りも大きな要因だと思います」


 キーンも他部隊の実情をある程度把握しているため、自部隊がかなり恵まれていることは十分承知している。災害でもあればおそらく出動命令が出されるのだろうが、幸いにも2年前の大雨の時以来そういった出動命令は出されていない。




 訓練場の門まで戻ってくると、門の前で20人ほどの王都民がアービス連隊の訓練風景を見物していた。キーンたちは軽く会釈えしゃくしてその前を通り訓練場の中に入っていく。


 キーンを間近に見た若い女性などは、うっとりしたような目でキーンを見つめているのだが、キーン自身はそういったことには気付かずそのまま訓練場の中に入っていき、適当な場所に立って、各部隊の訓練を眺めるのだった。


 その様子をキーンの後ろから見ていたゲレード中佐はニヤニヤ笑っていた。


「ゲレード中佐、何かありましたか?」


「いえ、何も。しかし連隊長は、人気がありますね。特に若い女性に」


「ええー、そうかなー? そういったことを今まで感じたことなんてないんだけど」


「感じる、感じないは人それぞれですし、いちいち相手にもできませんからそのほうがいいのでしょう」


 キーンたちが戻ってきたとに気づいたボルタ兵曹長が走ってキーンたちのところにやってきたので、サファイアのことをボルタ兵曹長に簡単に説明し、ボルタ兵曹長もサファイアに簡単な自己紹介を行った。


 訓練に励んでいる連隊員たちを眺めながらボルタ兵曹長を含めた4人は木造の兵舎の中に入っていく。


「ここがアービス連隊の兵舎ですが、年季の入った建物でしょう」とサファイアに向かってボルタ兵曹長が言った。キーンも今まで気にしたことはなかったが、あらたまってそう言われると、かなり使い込まれたというより使い古された建物に見えてきた。


「かつてダレン軍がセントラムの西まで押し寄せてきた時には、この兵舎はすでに建っていたそうですから、少なくとも建ってから50年近く経っているはずです。われわれがここを使用するようになって、それまでここを使っていた部隊が郊外の新しい駐屯地に移動していきました、ここは王都の一等地ですから取り壊す予定があったのかも知れません」


 ボルタ兵曹長の語った王都に迫るダレン軍を文字通り殲滅したのがキーンの爺ちゃんである。そのことに気づいたキーンは今度は急にこの兵舎に愛着を感じ始めてしまった。ただ、旧王都内のほとんどの建物は100年以上そのままの形で残っている。


「ノートン少佐殿はこちらに常駐されるおつもりですか?」


「はい。常駐できればありがたいです。早めにこちらに連絡しておけばよかったのですが、失念していました。申し訳ありません」


「いえいえ、お気になさらず。

 士官用の個室は空きがまだだいぶありますので問題ありません。掃除をした上、夜具などを揃えますので、夕方からならご使用になれます」


「ありがとうございます」


「士官は兵隊たちとは別に士官用の食堂で食事するような国もありますが、ここでは士官、兵ともに同じ食堂で同じ食事をしていますのでご了承ください」


「もちろん構いません。

 モーデル解放軍のこういったところは将来モーデル軍が取り入れていくのでしょうね」


「作戦がうまくいってくれれば、そうなると思います」

 



 その後、連隊長室で4人でモーデル解放作戦について話し合いをした。モーデル解放軍の出陣時期についてはキーンに任されてはいたが、軍本営ではモーデル解放軍の出陣を来月初めと見込んでいるようなので、キーンは月末までには出陣するつもりでいる。


 すでに途中のギレアに対してはサルダナ王国より『モーデル解放軍』及び輜重部隊など・・がギレア国内を通過する旨連絡しており、了承を得ている。



 本営幕僚としてゲレード中佐とサファイア・ノートン少佐を得たキーンは、実務はボルタ兵曹長にこれまで通り任せておけばいいし、作戦はこの二人に任せておけば問題なし。と、大いに安心したのだった。



 そのあと食堂で兵隊たちと一緒に昼食を取った。その際、サファイアのことを兵隊たちに紹介したのは言うまでもない。第1食堂にいた兵隊たちには重複することになるが、午後からの訓練前に全員集合させてサファイアを紹介している。


 なお、キーンたち連隊幹部と魔術師小隊はいつも第1食堂を使うが、連隊10個中隊のうち、5個中隊が週替りで第1食堂を使うことにしている。




 サファイアの紹介のあと、兵舎の中に入ったボルタ兵曹長が、板を二人で持った事務官を連れて兵舎の中から出てきた。


 門柱の脇にかかっていた『アービス連隊駐屯地』の看板を取り外し、持ってきた板を変わりに取り付けた。その板には『モーデル解放軍駐屯地』と書かれてあった。 


 訓練場入り口で、訓練風景を眺めている王都民たちは看板がすげ替えられて一様に驚いていたが、現に訓練しているのは前日と変わらずアービス連隊の兵隊たちである。いちおうに首を傾げていたが、そのうち数人が、


「モーデルにアービス連隊が向かう方便に違いない!」


「モーデルをエルシンから取り戻すんだ!」


 と声を上げた。ほぼ的を得た言葉だっただけに、他の見物人たちも納得したようだ。




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