第280話 アービス連隊7、本格始動。
キーンはゲレード中佐のアービス連隊への配属についてそれほど驚いていなかったが、ソニアたちは大いに驚いていた。
ソニアたち中隊長が兵舎での夕食後、士官室に集まって雑談をしている。キーンもゲレード中佐も基本的には士官室には立ち入らないのでここにはいない。
ソニアがトーマスに向かって、
「トーマスの予言が的中したみたいね」
「予言?」
「そう。軍本営に異動するゲレード中佐と腐れ縁があるとかないとか言ってたじゃない」
「ああ、思い出した。やっぱり縁があったんだ。ただ、ゲレード中佐は連隊副官だから直接の上司とはいえないだろ? なら問題なし」
「問題があるかどうかはわからないけれど、ゲレード中佐が配属されたってことは……」
「えっ! ソニア、何か知ってるの?」
「知っているってことじゃないんだけど、2週間とは言え対外部で勉強してきたそうよ。おそらく中央の情勢、特にモーデル関係の勉強だと思うわ」
「これから、モーデル解放軍になる俺たちのところに配属される予定だったんだろうから当然だろう」
「そう。だけど、それくらいならわざわざ
「それくらいも何も、俺たちは連隊なんだから副官がいてもいいだろ? 大抵の連隊には副官がいるんじゃないか?」
「まあ、そうなんだけどね」
「じゃあ、いいじゃないか」
「そうじゃなくて、アービス連隊って自分たちで言うのもアレだけど、サルダナ軍最強の連隊だと思うの」
「ランデル大佐の騎兵連隊も強いけどあくまで連隊長か黒玉いるからだものな」
「それをいうなら、私たちもだけどね。
話がそれたけど、要はうちの連隊長はサルダナ軍、いえサルダナ王国にとって最重要人物なの」
「分かるような気がする」
トーマスの言葉に他の中隊長たちも頷いている。
「だからこそ副官なのよ」
「???」トーマスを含めた中隊長たちは理由を考え込んだようだ。
「アービス連隊2000名でモーデルを解放することはそんなに大変じゃないと思うの。だけど解放後にうちの連隊長がモーデルに取り込まれちゃサルダナにとって大損失でしょ? モーデル解放軍の旗頭になるモーデルのお姫さまは相当な美人だって言うし」
「だって、キーンは侯爵令嬢と婚約してるんだぜ」
「いろいろ誘惑があるだろうという、例えばの話よ。モーデルの宰相にしてやるとか、大将軍にしてやるとか色々あるうちの一つ」
「なるほど。キーンがモーデルになびかないようにするための副官か。軍も考えてるんだな」
「それはそうよ」
「でも、もし本当にキーンがモーデルの人になっちまったら俺たちはどうなるんだ?」
「今からどうするか考えておいたほうがいいわよ。キーンと一緒にモーデルに残るか、サルダナに戻るか」
「俺はさすがに両親を置いてモーデルの人にはなれないな」
「人それぞれだからね」
「そういうソニアはどうするんだ?」
「私は家族に未練はないから当然キーンと一緒にモーデルに残るわ」
「ソニアはそうだったな」
「それに、キーンといたほうが戦いの中でも絶対安全だし、戦って負けるようなことなんてないもの」
「確かに。そこは俺も考えておいたほうがいいかもしれない。となると両親を呼び寄せるってことか」
「いずれにせよ、みんな悔いのないようにね」
「そうだな」
ソニアたちがそういった話を士官室でしていたころ、キーンの連隊長室で、ゲレード中佐がキーンに最近の各国の動きについて説明していた。
「このところの各国の動き、特にボスニオンにおいて連隊長殿とアイヴィー殿が『黄金の獅子』を討ち取ったことの影響について軍本営の対外部で話を聞いてきました」
ゲレード中佐の説明を要約すると、
これまで、ソムネアはエルシンのギレア侵攻に合わせて、ブレストに侵攻し併呑していたが、エルシンの『黄金の獅子』3名のうち1名が欠けたことを知ったためか、ブレストを足がかりにしてロームに対して攻め入り年末までにこれを併呑している。これによりメイファンの北東部がソムネアに接することになった。情報は1カ月以上前のものである。
また、セロトではソムネアからの圧力が高まると見て、西方に展開していた部隊を東方に移動中との情報も入っている。セロトのダヤン将軍もセロト東部に移動しているらしい。ヤーレムに駐留していたローエン軍の本国への帰還もその辺りを見越してのものだろう。
と、言う話だった。
キーンも軍総長から聞いていたいたことが、超大国の動きとなって実際に現れてきたようだ。
「ヤーレムに駐留していたボーゲン将軍以下5万のローエン軍が本国に帰還して、ローエンがセロト側に対して圧力を強めるのは確実でしょう。その際、わが国に対して出兵要請があるかも知れません。
また、ダヤン将軍が不在であれば、わが方の光の騎兵隊を抑える者がいなくなります。例えば、クジー要塞から光の騎兵隊1個中隊でも出撃して辺りを襲撃して回れば、わが方は無傷で多数のセロト軍を拘束できます。そうすれば、セロト側から見てローエンとの国境のある最西部への備えが薄くなります。さらに、ローエン海軍が出撃してセロトの沿岸部を荒らし回れば、そちらにもセロトは兵を割かなければならず、容易に国境線を東に押し込むことが可能と考えられます」
「なるほど。
セロトも危機ってわけですね。
ところで、セロトには軍事アーティファクトってないんですか?」
「小官はセロトの軍事アーティファクトについて具体的には聞いたことはありませんが、さすがにセロトは3大国に名を連ねていますから、あることはあるでしょう。ローエンの『守護の灯台』のように動かせないものでない限り、いよいよと成ればどこかの戦場に
「結局戦いは超大国、大国の軍事アーティファクト次第ってことですか?」
「『これまでの戦いはそうだった』とは言えますが、そこに風穴を開けたのが連隊長ですから。いまや各国は『キーン・アービス』の動向を注視しているのです」
「そうなのかなー」
「そうなのです」
強い口調でゲレード中佐にそう言われたキーンは、なんとなく偉くなったような気がしたのだが、よく考えると喜ぶようなことではなかった。
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