第20章 モーデル解放

第279話 別れと、新たな?出会い。副官配属


 アービス連隊では全員・・魔術が使えるようになってしまった。これまで間合いは広い方がいいだろうということで長槍を使っていたが、さらに間合いを取れる攻撃魔術を使えるようになったため適正の高い者を本当の意味での攻性魔術兵(注1)として配する事も可能になったが、新人多数の戦力化が急務のため、魔術関連の訓練は魔術師小隊以外では行っていない。




 3月に入り、キーンはめでたく軍学校を卒業した。ゲレード少佐は卒業式の翌日には間をおかず軍本営対外部に異動していったということだった。荷物などは異動前には王都内にある少佐の自宅に運ばれていたという。


 今回の卒業式での卒業生代表はもちろん1号生徒代表のソニアが勤めた。生徒たちは卒業後1週間は寮の使用が許されるが、なるべく早く荷物をまとめて退寮しなければならない。


 キーンはそれほど部屋に荷物を置いていなかったので、軍用の大型背嚢を兵舎から持ち出して一度で荷物を自宅に運んでいる。キーンの場合、キャリーミニオンを数個使えば簡単に運搬できたが、他の寮生と同じように自分で運ぶことを選んだようだ。


 他の寮生たちも1日、2日で退寮の準備は終わったようだ。3月末までに任地に到着している必要があるので、自宅の遠い者や任地の遠い者は早めに出発する必要がある。キーンたちは軍学校の寮から駐屯地の兵舎に移るだけなので、急ぐ必要はなく、寮にとどまって最後の掃除などを買って出ている。


「それじゃあ、キーンたち元気でな」


「王都にくることがあったら、教えてくれ」


「わかった。そのときはおごってくれよな」


「もちろんだ」



 キーンの連隊に配属されることなく他所よその部隊に配属されることになっている寮生たちが一人、また一人と寮を出ていく。


 キーンたち以外の最後の寮生が寮を後にして、


「寂しくなったわね」とソニア。


「また会うこともあるさ。それまで俺たちは俺たちでデキることを頑張っていこう。まずは3年間お世話になったこの寮の掃除だ」と元気づけるようにトーマスが返事をした。


「そうね」


「建て増し部分の掃除はしないがな」


 キーンたちのいた寮も建て増しされており、定員120名となっている。4月にはこの寮にジェーンが入寮することになる。




 4月1日。


 すでに新人たちも黒槍を持って訓練に励んでいる。また、変性させた剣も持たせているので、剣の訓練も並行して行っている。この4月1日をもってこれまでの第1から第5中隊は解体され、1000名の新人を加えた上で、第1から第10中隊に再編成された。そのさい、増強小隊時に配属された20名は全員下士官である兵長に進級している。


 また、第1から第5中隊の中隊長はソニアたちがそのままで、第6から第10中隊の中隊長には新たな5人が就いた。第1から第5中隊の先任兵曹はそのままで、次席下士官が第6から第10中隊の先任兵曹となっている。


 魔術師小隊の方は、2月からのアービス連隊長の魔術講義の成果か、魔術小隊の10名の魔術師たちが全員パトロールミニオンを操れるようになっていた。メリッサ・コーレルも4月1日付で少尉補から補が取れている。


 メリッサ・コーレル自身、あんな講義・・・・・でパトロールミニオンが作れ、しかもそれを操ることがデキるとは夢にも思っていなかったが、なぜかキーンの言うとおり結局パトロールミニオンを作ることもできたし、操ることもできた。ただ、キーンのようにパトロールミニオンを介しての魔術の発動はやはり無理だった。


 いまでも、講義中・・・キーンが魔術発動を促す『それっ!』の掛け声が耳に残ってしまっている。その掛け声がベッドに入っていても突然聴こえてくるようになってからはなぜか進歩しんぽが早かったような気がする今日このごろである。


 いちおうキーンの期待に応える事ができるようになった魔術師小隊は少し余裕ができたため、他の魔術の訓練も開始した。キーンに土壁を訓練場の脇に作ってもらい、それを的にアロー系やボール系の魔術を撃ち込むのだが、魔術大学付属校のときとは桁違いの威力と連射速度で魔術を発動できるようになっている。土壁が壊れたらすぐに直すからとキーンは言っていたが、キーンの作った土壁は未だにびくともしていない。これまでのただ固めただけの土壁と違い、試しにキーンが衣類などを半変性させるときと同回数の600回ほど強化の重ねがけしたところ黒ずんだ壁になってしまった。3000回強化して完全変性させてしまうと、キーンでさえ壊すのに相当手間取りそうだったため半変性でとどめている。



 そして、今日4月1日はジェーンが軍学校に入校する日だ。入学式はもちろん保護者同伴ではない。ジェーンは3号生徒代表として挨拶の言葉を述べなければならないので、数日頭を絞っていた。


 アイヴィーに伴われたジェーンが前日、キーンたちの入っていた寮に入寮している。キーンは3階の一番奥の部屋を使っていたがジェーンの部屋は2階の一番奥の部屋だった。



 そして、そのキーンは今現在、式典用の軍服を着て王宮宮殿の広間に立っている。前日、軍総長から4月1日付で大佐に進級すると告げられ、同日、伯爵に陞爵するから宮殿大広間で陞爵式が行われると告げられた。後もう一つ告げられたのだがそれは気が動転していたせいか、聞き逃してしまった。



 慌てたキーンは式典用の軍服の用意をアイヴィーにしてもらおうと一目散に自宅に帰ったのだが、あいにくアイヴィーはジェーンを連れて軍学校にいっており留守だった。3時過ぎにはアイヴィーが帰ってきたので、事情を説明して式典用の軍服を準備してもらった。


 ちなみに寮を出たキーンは駐屯地の兵舎の連隊長室の隣に私室を用意して貰いそこで生活している。ソニアたち中隊長は2人部屋で生活している。



 アイヴィーがテキパキとシワなどを伸ばして、式典用の軍服も間に合い、陞爵式を無難に終えたキーンはいったん自宅に馬車で送ってもらい、いつもの軍服に着替えて駐屯地に戻っていった。


 駐屯地の訓練場に戻ってみると、訓練場の隅の方でボルタ兵曹長とゲレード少佐が話をしていた。少佐は大きな荷物を背負っている。昨日軍総長から大佐進級と伯爵への陞爵で頭がいっぱいだったキーンは、同時にアービス連隊に自分の副官が4月1日付で配属されることをすっかり忘れていたのだが、ここに来て思い出した。しかし、ゲレード少佐は2週間ほど前、軍学校から軍本営の対外部に異動したはずなので、ゲレード少佐が軍総長の言っていた副官というわけではないだろう。


「アービス大佐、伯爵陞爵と大佐昇進おめでとうございます」と、ボルタ兵曹長。


「アービス大佐。これからよろしくお願いします。

 今日からアービス大佐の副官を務めるゲレード中佐・・です。

 2週間ほど対外部で講義を受けて、本日付でアービス連隊に連隊副官として着任する事になりました。アービス大佐殿。本来なら、軍本営から連隊長殿に私の異動の通知が届いているべきでしたが、いきなり現れたほうが面白いと軍総長閣下がおっしゃり、このような形で着任させていただきました」とゲレード中佐。


 面白いだろうで異動の通知を受け入れ先のトップに送って寄越よこさないのはどうかと思うが相手はもっとエライ軍のトップなので文句を言えるはずもない。


 まずはゲレード中佐の昇進をお祝いして、無難にキーンは応えておいた。


「ゲレード中佐、中佐昇進おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

 ただ、その丁寧な言葉づかいはちょっと」


「ここは軍学校ではありません。上司に対する言葉遣いは規律の面から言っても大切です」


「わ、分かりました」


「ゲレード中佐殿はまだ荷物などを整理されておられないので、自分が部屋などにご案内します。部屋は連隊長殿の私室の隣となります」


 今の物言いからして、おそらくだがボルタ兵曹長はゲレード中佐が副官として着任することを知っていたのだろう。


「了解」


 キーンはゲレード中佐には頭は上がらないが、キーン自身そんなことは全く気にならないので、ゲレード中佐が副官として着任してくれて実に心強いと喜んでいた。


 この段階での副官配属ということは当然モーデル解放軍絡みなのだろう。キーンも気を引き締めなければならないと思った。



注1:攻性魔術兵

一般的に歩兵部隊に配属された魔術兵は工兵的役割が与えられる。なお、魔術師団本部に配属された魔術兵たちは集団魔術を発動させるが、攻撃用にかぎらず集団魔術を発動させた場合、魔術兵の魔力が完全枯渇する場合が多いため、回復(再発動)に相当時間がかかる。

攻性魔術兵は個兵単位で直接攻撃魔術を発動させ敵を攻撃する。しかし、一般的な魔術兵の攻撃魔術は威力が低い上、魔力量の関係で持続性も低い。また貴重な魔術兵を前線で消耗したくないため、前線で用いられることはまれである。キーンにより魔術回路を開かれた魔術兵はそういった制約が取り払われ、真の意味での攻性魔術兵となった。

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