第278話 ジェーンの受験


 2月に入り、ジェーンの軍学校入試があった。キーンたちまでは50人の定員だったが、今の2号生徒、3号生徒は80名、今年から軍学校1学年の生徒定員は100名になっている。少し門は広くなったのだが、受験者数は毎年増えているので、競争率は逆に上がっている。


 休日での試験のため、キーンは自宅からジェーンを連れて軍学校に向かった。


「ジェーン、忘れ物はないよな」


「筆記用具と運動できる服装は持った。お弁当もアイヴィーに持たされているし水筒も」


 小柄なジェーンが大きな手提げ袋を持っている。キーンが持とうかと聞いたところ『強化するから、なんでもない』と答えた。そこでジェーンの身体は強化の光で輝き始めた。


「魔術がこれほど簡単に使えるなんて。本当にキーン兄さんのおかげ」


「うん。だけど、今日は気を抜かないようにね」


「分かってる。心配してくれてありがとう」


「午前中が座学の筆記試験で午後から実技試験だから。僕はジェーンを送ったら一度寮に戻って、午後からの実技試験の持久走の応援に行くよ」


「えー、見に来なくてもいいよ、恥ずかしいもの」


「そうかなー。それじゃあ、正門のところで待ってるから、試験が終わったら一緒に自宅うちに帰ろう」


「うん」


 軍学校の近くでジェーンは『強化』を解いた。正門前には保護者同伴の多くの受験生たちが開門を待っていた。キーンは学生なので、正門横の通用門から中に入ることはできるが、ジェーンと一緒に正門の前で門が開くのを待つことにした。


 開門は8時で試験は9時からなので、余裕がある。


「ちょっと早かったけど遅れるよりはいいから。この辺りで門が開くのを待っていよう」


「うん」


 キーンとジェーンが他の受験生たちに混じって開門を待っていると、受験生たちの話し声が聞こえてきた。中には保護者同伴ではなく気の合う友達同士連れ立って受験する者もいる。



『お前の軍学校に入る理由ってなんだったっけ?』


『俺は軍学校に入って、将来はアービス大隊の士官になりたいんだ。アービス大隊にいれば少なくとも死ぬことはないからな』


『そうだよなー。

 今までこの国は志願制だけど、いつこの国が他所よその国みたいに徴兵制になるかわからないって父さんが言ってた。徴兵されて兵隊になるくらいなら士官になった方がいいし、どうせならアービス大隊だよな。実際配属されるかどうかは運次第だけど、成績が良ければアービス大隊に配属される可能性はうんと上がるらしいぞ』


 二人組の男子がそんな事を話していると、横合いから気の強そうな女子が、


『あら、先月からアービス大隊は連隊になったのよ。そんな事も知らないなんて。プッ!』


『えっ! 知らなかった。アービス連隊か。カッコいいなー』


『アービス隊長はまだ15か16だろ? スゴイよなー。ここの1年生のときに小隊長。たった2年で連隊長だものな』



『あらあら、軍学校では1年生のことは1号生徒って呼ぶの。そんな事も知らないなんて。プッ!」


 などと、聞こえてきた。キーンの顔がなんだか火照ほてってきた。それと同時に、実際は1年生のことは3号生徒と呼ぶのだが、キーンはそのことを指摘するとその女子が試験前にへこむかもしれないと思い黙っていた。大したことではないが気遣いもできるのである。


 隣に立つジェーンが笑いをこらえて、小さな声でキーンに向かい、


「キーン兄さん。私がここを卒業したら、兄さんの連隊に入れるかな?」


「僕から軍本営に頼んでみるからなんとかなると思うよ」


「良かった。ここに本人がいると知ったらあの人たちびっくりするよね。特にあの女子


「そうだろうね。そろそろ、門が開くみたいだ」


 門の脇に建つ詰所から2名の門衛が歩いてきて、門を開けてくれた。キーンを門の外に認めた二人はキーンに敬礼しようとしたが、ここで妙に目立つとおかしなことになりそうなので、門衛に目配せしたところ、二人もキーンの意図がわかったようで、知らない顔をしてくれた。


 門が開くと同時に、門前で開門を待っていた受験生たちは一斉に立て看板に書かれた矢印に従って受験場の学舎の方に向かった。保護者は学舎の前で受験生と分かれてそれぞれ帰っていった。


 キーンも学舎までジェーンを送りそこで分かれて寮に帰っていった。キーンはこの日の昼食を寮で頼んでいなかったのでアイヴィーから持たされた弁当を持っている。寮の自室で何もすることがないキーンはパトロールミニオンを飛ばして試験の様子を偵察したかったが、見つかった場合、犯人は自分だとすぐバレるし、ジェーンがそのことのとばっちりで不合格にでもなってしまえば大変なので止めておいた。



 ジェーンの試験が終わる少し前、約束通りキーンは正門前でジェーンを待っていた。周りには保護者がたくさんキーンと同じように受験生たちが試験を終えて帰ってくるのを待っている。


 軍学校と駐屯地の行き来は軍服の色違いの制服を着ていることが多いため、そちらの姿を一般人はキーンと認識している。そのため、普段着姿のキーンはそれほど目立たないのだが、場所が場所だし、15、6歳の男子が一人保護者の中に混じって立っているとそれなりに目立つため、そのうち保護者たちがキーンの存在に気付き始めた。


 とはいえ、貴族でもあるキーンに向かって話しかけてくるような者はいなかった。


 そうこうしていたら、実技を終えて普段着に着替えた受験生たちが正門の方に向かってやってき始めた。


 保護者に迎えられ、今日の試験のできを聞かれ、嬉しそうに答える受験生もいればそうでもない受験生もいる。そういった様子を見ていたら、安易にゲレード少佐にジェーンのことをお願いしたことはまずかったような気がし始めたキーンだが、よく考えたら、もしジェーンの点数が足らなければ枠を一人増やすだけだとゲレード少佐が言っていたことを思い出して安心した。


 そのうち、ジェーンがキーンのもとにやってきた。


「キーン兄さん、お待たせしました」


「待つといっても、寮の部屋にいたからそうでもないよ。帰ろうか」



 二人連れ立って自宅に向かいながら、


「それで、どうだった?」


「午前中の座学はどれもそんなに難しくはなかったから、ある程度はできたと思う。午後からの実技の荷物を背負っての持久走? あれはほんとに楽勝だった。『強化』の光で6色に光ったら周りが大騒ぎしたんだけど、背の高い赤毛の女の教官が『静かに!』と言ってくれたらすぐに静かになった。私の名まえを名簿で確認した教官が『きみがアービス生徒の養女のジェーンか。なんだ「強化」が使えたのか。それじゃあ、実技は楽勝じゃないか』って言ってた」


 背の高い赤毛の女の教官と聞いて、ゲレード少佐を思い出したが、最後までジェーンの話を聞いたらまさにゲレード少佐だった。


「結局、その教官の言った通り楽勝だった」


「うん。よかった、よかった。

 だけど強化は地の身体能力に対して掛け算で効いてくるから、入学したらしっかり体力を付けないと」


「そうなんだ。それなら『強化』は控えて自力で頑張ってみる。そしていざという時に『強化』を使うことにする」


「学生のうちはそれでいいと思う。実際に軍人になって戦いに臨めば、どんどん使えばいいよ」


「うん」




 試験の2日後。座学と座学の間の休憩時間、学舎の廊下でキーンはゲレード少佐に呼び止められた。


「アービス。まだ試験結果の発表前だが特別に教えてやろう。

 お前の養女、ジェーン・アービスだが実技はアレのお陰でダントツのトップ。座学もトップだったぞ。というわけで、入学したら3号生徒代表だな。おめでとう。お前が合格を頼みに来たものだからよほどデキが悪いのかとその時は思ったが逆だったか。アッハッハ」


「教官。ありがとうございます」



 その翌日の放課後。学舎前の掲示板に張り出された合格者名にもちろんジェーン・アービスの名まえがあったのは言うまでもない。


 そのときキーンは駐屯地の訓練場を抜けて、合格発表を見に来ていた。発表を見にきていたジェーンとアイヴィーをまず見つけ、その後『強化』した視力で遠くからジェーンの名まえが掲示板にあることを確認したキーンは全速で訓練場に戻っていった。パトロールミニオンで間接的に見るのではなく直接目にしたかったようだ。


 ジェーンの軍学校受験の少しあとで、セントラム大学の入試があった。クリスが受験したわけだが、こちらも問題なく合格している。



[あとがき]

これにて19章は終了し、次話から『第20章 モーデル解放』となります。

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