第277話 キーン、魔術師小隊に魔術講義をする。


 2月に入り魔術師小隊の基礎訓練も修了したということで、担当がボルタ兵曹長からキーンに引き継がれることになった。


 すでにメリッサ・コーレル小隊長以下の魔術兵たちはキーンの『魔力回路の開放』を受けているため、魔力の多寡は問題なくなっている。あとは、パトロールミニオンを教えるだけだ。


 キーンは午後、兵舎の前に10名の魔術師小隊全員を集め、講義をすることにした。


「きみたち魔術師小隊には『パトロールミニオン』なる魔術を覚えてもらい、それで周囲をくまなく偵察してもらいたい」


「……」


 小隊長以下魔術兵たちは黙ってキーンの言葉を聞いている。自分の魔力や魔術の威力がたった10秒ほどの『魔力回路の開放』なる魔術・・で魔術大学を主席卒業するような学生以上に上がってしまったからにはキーンを本当の意味で認めない訳にはいかない。


「ミニオンを見たことのない者もいるかもしれないので、いちおう」


 そこでキーンは言葉を切って直径30センチほどで銀色に輝く球を目の前に作り出してみせた。


「これが、ミニオンの一般的なかたちで、その気になれば変形は簡単だけど、今回は不要なので省きます。

 それで、これは何もできずただ浮かんでいるだけの『ミニオンの殻』ですが、これにいろいろな機能を付け加えることで、特別なミニオンを作ることができます。そのミニオンの一つがパトロールミニオンで、作った者が自在に飛ばすことができ、さらにミニオンを自分の目と耳として周囲を観察することができるようになります。


 そこでキーンはミニオンの殻をいったん消して、少し間を置いてパトロールミニオンを1個作り出した。


「これがパトロールミニオンです。見た目は同じですが、今僕はこのミニオンの目を通して周囲を見ることができるし、音を聞くこともできます。そしてこのように自在に空中を飛び回ることができます」


 パトロールミニオンが10メートルほどの高さに上昇して、いろいろなカーブを描いて飛び回った。そして、100メートルほどまで上昇して停止した


「空の上から偵察すれば、かなり広い範囲を見渡せるので大抵はこのくらいの高さから下を眺めていますが、その気になればどこまでも上昇させることができます」


 そこでミニオンが急上昇を始め、陽光を反射しているはずだが裸眼では全く見えなくなってしまった。


「こんな具合です。ここまで上がってしまうと、敵軍の動きくらいは分かるでしょうが細かい動きは全くわからないのでお勧めしません」


 キーンの説明に魔術兵たちがいちいち頷いている。理解できているのかいないのか分からないが、キーンは話を進めていく。


「さて、このパトロールミニオンの作り方ですが、皆さんも知っての通り僕は呪文などは何一つ知らないので、はっきり言って僕では教えることができません」


 ここに来てのキーンの発言に魔術兵たちは呆れたような顔をした。


 キーンにとってもそこは織り込み済みだったので、さらにキーンは言葉を続ける。


「ただ一つ言えることは、魔術の発動はどれも一緒なので、体の中の魔力を意識して、思いを形にすればいい。ということです」


 確かに、魔術を見ただけで真似できると豪語する魔術師なら可能なのだろうが、ただの・・・魔術兵では『はいそうですか、それじゃあやってみます』とはいかないのも事実だ。


「まず、ミニオンの殻を作ってみよう。

 魔力を感じながら宙に浮く銀色の玉を思い浮かべる。そして魔力をミニオンの形に変える!」


 それでも魔術兵たちは、素直にキーンの言うように自分の体内を巡る魔力を意識しつつ、銀色の玉を思い浮かべようとする。


 しばらく待ってキーンは「それっ!」と掛け声をかけた。


 キーンの掛け声と同時に、10個のミニオンの殻ができればよかったが、もちろん1個もできなかった。


 キーンの魔術教育は生徒たちにとって・・・・・・・・前途多難なようである。


 ……


 それから、2週間ほど、「それっ!」の掛け声が午後からの半日、兵舎の前で続いた。




 メリッサはキーンの魔術教育で精神的に疲れ、早めにベッドに潜り込むのだが、昨夜などは、ベッドに横になっていると、「それっ!」と、掛け声が聞こえてきてしまった。



 そして翌日午後。午前中連隊の事務的な仕事と全部隊の訓練状況を確認したキーンの魔術教室が始まった。


「体の中に巡る魔力を意識しつつ、目の前に銀色の球ができ上がることを意識する。……、それっ!」


 メリッサの目の前に、銀色の球が浮かんでいるように見える。


「あれ?」


「おお、コーネル小隊長。やった!」とキーンの声。


 やはり目の前の銀色の球はミニオンの殻のようだ。ただ宙に浮かんでいるだけの球だが、愛着を感じてしまう。


「ミニオンの殻を消してみよう。これも同じく、体の中に巡る魔力を意識しつつ、球が消えることを意識すれば簡単に消えるハズ」


 言われた通りメリッサはミニオンの殻を消そうとしたが、消えなかった。


「消えなくても問題ないから、隣にミニオンの殻を作ってみよう。

 他のみんなも頑張って。

 じゃあ、魔力を意識して、銀色の球を意識する。……、それっ!」


 なぜか、小隊員10名の内、メリッサも含めて3人がミニオンの殻を作り出してしまった。


「消さなくていいから、どんどんいってみよう。

 魔力を意識して、銀色の球を意識する。……、それっ!」


 それから、「それっ!」が5回。辺りはミニオンの殻だらけになったところで全員がミニオンの殻を作り出すことができた。


「ちょっとじゃまになったから、ミニオンの殻は僕が消しておきます。チェインライトニングで壊しちゃおう。

 チェインライトニング!」


 キーンはわざと手元から一番手前のミニオンの殻に向かって電撃を放った。紫電が走ったと思ったら、最初のミニオンが消えて無くなり電撃がそこから四方八方に分岐して次々にミニオンの殻に当たりミニオンの殻が消えていく。命中した電撃はさらに分岐して次のミニオンの殻を目指すといった具合であっという間にミニオンの殻が綺麗さっぱり消えてなくなった。


「それじゃあ、ミニオンの殻が作れるようになったので、次はこの殻にパトロールミニオンで必要な、自在に飛ぶ機能を付けていきます。

 これも、これまで同様、思った通りに動けと念じながらミニオンの殻を作ればいいだけです。難しいのは、魔力と、銀の球と、思った通りに動くことを同時に意識する必要があります」


 キーンの説明を聞いたメリッサは、目と耳の機能も同じように意識する必要があるとすぐに気づいてしまった。そしてげんなりしてしまったが、部下たちの手前表情には出さなかった。魔術師小隊の苦難の道はまだまだ続く。





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