第276話 魔術革命
結局キーンは、その週と、その次の週を使って連隊の兵隊たち全員に『教育』を行うことになってしまった。原因はポーラたちではなく、ボルタ兵曹長だった。
別に秘密にしたほうがいいのではと言っていたボルタ兵曹長が周りに言いふらした訳では無いが、
「連隊長どの、連隊の兵隊たちが全員魔術兵になるとなれば、それはそれでスゴイことではありませんか?」
「確かに。いろいろな意味でいろんなことができるようになると思うけれど、今は魔術小隊もいるしどうなんだろう?」
「連隊長殿、自分はあのあと色々やってみて、最終的には全6種の強化ができるようになりました。これがあれば、黒玉殿がいない今、20倍の強化はできませんが、連隊長殿が不在でも連隊はある程度戦えます」
「そう言われればそうか」
「それと、ファイヤーアローも試してみたのですが、極太のアローを撃ち出すことができました。しかも休まず何回でも。連隊の兵隊たちが横1列になってファイヤーアローを撃ちながら前進したら壮観でしょうなー」
「確かに。連隊員全員に『教育』してみるか」
「お願いします」
「だけど、すぐにこのことは広まっちゃうよね。軍内だけなら仕方ないけど、他から『教育』依頼が来たら大変だな」
「連隊長殿は貴族さまですから、おいそれと一般人が押しかけることはないと思います」
「なら、訓練が終わって1日1中隊200人を目処に『教育』してみようか」
「お願いします」
10日かけて約2000名に『教育』を施した結果、これまで魔術が使えていた者ならその効率が劇的に向上し、使えなかったものも同じように高い効率で使えるようになった。最終的には全員『強化』が使えるようになっている。
しかし、誰一人として自分以外の人、物、動物を『強化』することはできなかった。
この中には当然魔術師小隊の面々も含まれている。
メリッサ・コーレル少尉補もおずおずと両手をキーンの前に差し出した。訓練の終了後、兵舎の入口前に向かい合って置かれた椅子に二人は座っている。
メリッサの手を取って10秒ほど魔力を回したキーンが、
「これまで呪文を唱えて魔術を発動させていたハズだけど、あまりそんな事は考えず、魔力を意識したうえで発現させたい魔術のことを考えれば魔術は発現できるはずだから」
メリッサは顔を赤らめながら頷いた。
メリッサ自身、緊張していることは自覚していたが、幸いなことに自分の顔が赤くなっていたことには気づいていない。
他の魔術兵たちも同じである。
それまでメリッサは半信半疑ではあったが、たしかに他の兵隊たちの魔術が異常に上達しているのは確かだし、自分の体の中の魔力を感じることもデキるので、試しにファイヤーアローを空に向かって空撃ちしてみた。
するとびっくりするほどの太さのファイヤーアローが撃ち上がってしまった。
「こ、これは!」
10発ほど続けてファイヤーアローを撃ってみたが、魔力が減った感じは全くない。
「連隊長は一体何なの? これじゃあ私が3年間、いえ、受験のための時間も入れれば5年以上費やしたはずだけど、あれは無意味だったってこと?」
嬉しいような悲しいようなメリッサだった。
一方こちらは軍学校。キーンたちが抜けているので40名ほどに減った1号生徒たちの武術の時間。
生徒全員がいきなり強化をかけた。2種類の強化の重ねがけは当たり前で、中には3種、4種の強化を重ねがけするものまでいた。これには武術担当教官のゲレード少佐も驚いた。
「なんだー! いいことではあるのだが。何かがおかしいぞ。これは一体どうしたことだ? 魔術大附属の生徒でもこんなのはいないぞ!」
生徒たちから事情を聞いたゲレード少佐は、
「うーん。アービスはとにかくやることが半端じゃないな。このことは校長に報告しておいたほうがいいな」
ゲレード少佐から報告を受けた軍学校校長、フォールマン・グッドオールド退役大将は、翌朝学舎に登校してきたキーンを校長室に呼び、事情を聞いた。
校長はすぐに報告書を作り、昼までには軍本営に送っている。
その翌日、キーンが訓練場で各部隊の訓練を眺めていたら軍本営から使いがやってきて軍総長執務室に呼ばれてしまった。
「はて? 要件はなんだろうな」などと首を傾げながら出頭したキーンに対して、トーマ軍総長が開口一番、
「アービス中佐、きみはまたとんでもないことをしたそうじゃないか」
「えっ!?」
いきなりそんなことを言われたキーンは当惑してしまった。前回のは抑えたものだったはずだが、何がまずかったのかとっさに考えた。バーベキュー大会に軍総長以下を呼ばなかったのがマズかったか? とかまで考えてしまったがどうも違うような気がする。
わけがわからないので黙って立っていたら、
「実に奇想天外、さすがはアービス中佐というところか。将来の魔術師団のために魔術師小隊を送り込んだ矢先に、連隊の兵士全員を魔術師にしてしまうとは。恐れ入った!」
キーンは、あのことだったのかと安心しつつ、しかし実にうわさが広まるのは速いものだとなかば呆れてしまった。
「それでだ、アービス中佐には面倒だが、取り敢えず近衛兵団の兵隊たちにその『教育』をほどこしてくれたまえ。軍学校の方には連絡しているので、朝から駐屯地で待機していてくれれば、順次各連隊の兵隊たちが訪れる。1日あたり1個大隊相当1000人
これまでアービス中佐の強化は中佐の部隊と騎兵隊だけだったが、近衛兵団全体が恩恵に預かれる。そのうちサルダナ軍10万が恩恵に預かることになる。いやー、めでたい。近衛兵団のあとは国中の部隊に散らばっている魔術兵たちだ。大変だろうがよろしく頼む」
そう言って頭を下げられてしまったキーンは、
「了解しました」と言うしかなかった。サルダナ軍10万については聞かなかったことにした。
部屋を出ていく時、後ろの方で、
「これぞまさに『魔術革命』。ワハハハ」というトーマ軍総長の笑い声が聞こえた。
このことは後に、トーマ軍総長の言葉通り、サルダナ軍の魔術革命と呼ばれるようになる。結局、2月以降、近衛兵団の兵隊たちだけでなく、各兵団に派遣されていた魔術兵たちも駐屯地にいるキーンの元を訪れるようになり、3月いっぱいキーンはそれらに対して『教育』を施した。その後は、各兵団から派遣された兵隊たちを随時『教育』していった。
『教育』のためにキーンのもとに、軍総長の直接指示によって魔術師団団長以下の魔術師団幹部も訪れている。
キーンのもとにやってきた魔術師団の面々は団長以下無表情で一言も発しなかったので、なんとなく彼らの気持ちを察することができたキーンも黙って対応している。
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