第275話 キーン、新人に魔術教育を施す。


「まず、きみたちは魔術が全くできないということだけど、おそらくそれには理由がある」


 見ただけで魔術が使えるようなるわけではないと知って一瞬がっかりした生徒たちだが、それは当たり前なので、すぐに立ち直り今はキーンの話を真剣に聞いている。


「実は、魔術を発動させるためには魔力を身体に巡らせる必要がある。然るべき場所に魔力が行き渡らなければ魔術は発動しない。

 ここまでは、なんとなく程度でいいけど理解できたかな?」


「あのう、先生。魔力と魔術はどう違うんですか?」


「そうか。

 まず、魔力とは自分の周りに限らずいたるところに漂っている目に見えない魔素というものを体に取り入れたたものだ。

 魔術とはその魔力を使ってなにがしかの現象を発現させる方法とか技術のことだ」


「そうだったんだ」「よく分かりました」「さっすがー!」


 なんだか、新人女子たちにおだてられているようだが、キーンも悪い気はしない。


「だから、魔力がちゃんと体の中で回っていないと思うように魔術が使えないんだ。

 おそらく、きみたちが魔術を使えないのは、身体の中で魔力がうまく回っていないことが原因と思う。そうじゃないかもしれないけど。もしそうなら、体の中で魔力がうまく回るようにすれば、魔術が使えるようになるはずだ」


「先生、その方法を教えていただけるんですね!?」


「いや」


「「えっ、えー!」」


「魔術の使えないきみたちに教えることはできないので、きみたちの体の中で魔力がうまく回るようにしてあげるつもりだ」


「「ヤッター!」」


「だけど、魔術が使えないのが、そういった原因じゃなければ、魔術を使えるようにはならないから」


「「わかりました」」


「さっそくだけど、きみからやっていこうか」


 キーンは一番近くにいたポーラ・フォーゲルの前に立って、


「両手を前に出して」


 言われた通りポーラが両手を前に出した。


 その手をキーンがとったところで、他の女子たちがざわついた。ポーラ本人はなぜか目を瞑ってしまった。残りの女子たちは、「いいなー」とか言っている。


 別に目を開けていようが閉じてようが関係ないのでキーンは構わず右手から魔力を流し込んで左手から吸い出した。10秒ほど続けているうちに、ポーラの顔がほうけたようになってきた。


 これはマズかったのか?


 キーンは魔力の循環を止め、ポーラから手を離して、


「どう? なにか変わったかな?」


 目を開いたポーラは、顔を赤らめて、


「すっごく良かったです!」


 なにを言っているのかキーンにはイマイチ理解できなかったが、悪いより良い方がいいので、そのまま続けて、


「じゃあ、まずは自分の体の中の魔力を感じる事ができるか試してみようか」


「はい。でもどうやって?」


「きみの知覚を強化するため今強化をかけるから」


 すぐにポーラの身体が6色輝いた。


「この状態で、何か今まで感じたことのないものが体の中を回っていないか、注意を向けてみて」


「あっ! 何かがぐるぐる回ってる。こんなの初めて!」


「それがおそらく魔力だと思う。

まず『ライト』をやってみよう。

 やり方は、今感じている魔力を意識しながら、頭の中で明るい光の玉が目の前に現れるところを想像して、きっかけになる言葉を言ってみよう。言葉はなんでもいいと思うけどいちおう『ライト』と言ってみようか」


「……、『ライト!』」


 ポーラの目の前に、明るい光球が現れた。


「で、できた。できたー!」


 残りの4人は口を半分開けて今目の前に浮かんだ光球とその光球を作り出した女子を見比べている。


「うん。できたようで良かった。やっぱり身体からだの中で魔力が詰まってたんだ」


 キーンはうまくいってホッとしている。


「ライトが光ったままだと邪魔だから、消してみよう。

 さっきと同じで。目の前の光球が消えるところを想像して。体の中の魔力の動きを止める感じで、『消えろ』とかきっかけの言葉を言えばおそらく消えると思う」


「……。『消えろ!』」


 光球はスッと目の前から消えた。


「自分でライトができたことも驚きだったけど、自分でライトを消せるなんて。普通の魔術師でもできないことができた」


 普通の魔術師が自分の作ったライトの光球を消せないということを知らなかったので、キーンはその事に驚いてしまったが、今は関係ないので黙っていた。


 その後、残りの4人にも同じように魔力を通してやったところ、ポーラと同じく全員『ライト』を点けたり消したりできるようになった。


「じゃあ、強化を解いて魔力が感じられるか試してみよう」


 すぐに5人の体から出ていた強化の光が消えた。


「小さくなった感じだけど、まだ感じられます」「「わたしも」」


 全員通常状態でも魔力を感じることができたようだ。


「それじゃあ、この状態で『ライト』をやってみよう」


「「……。『ライト!』」」


 5つの光球が連隊長室に現れた。


「よーし。いいぞ。じゃあ、消してみよう」


 こんどはあまり間をおかず5つの光球が消えていった。


「あとは『ファイア』だな。これができないと生活に困るからね。

 方法はさっきと同じで、魔力を感じながら、指先から火が出るところを想像してみよう。おそらく頭の上からでも火は出ると思うけれど、想像が難しいから難易度は高くなると思う」


 あとの方はキーンの冗談だったが5人とも真面目な顔をしてうなずいていた。


 外してしまったキーンは、そのまま、


「じゃあ5人揃ってやってみよう」


「……。『ファイア』」


 うまく5人揃って指先から10センチほどの炎が立った。


「すぐに消そう」


 自分が魔術で作った火は自分自身ではあまり熱くないのでそのままファイアを指先から出し続けることは可能だが危ないのですぐに消させることにした。普通なら自分の魔力が切れて勝手に『ファイア』の火は消えてしまうが、キーンの教えた『ファイア』にはそういった感じはまったくない。


 ……。


「おそらく、今のような感じで、ファイヤーアローなどの攻撃性魔術も使えるようになると思うけれど、危険なので人前では決して発動しないように」


「「はい!」」


「いちおう目的は達成できたから、教育はここまでということで」


「連隊長どの、今日はありがとうございました!」「「ありがとうございました」」


「あっ! 5人に言っておかなくちゃ。忘れるところだった。

 きみたち。きみたちが魔術を使えるようになったのはあくまで僕の口頭による・・・・・教育のおかげということにしておいて、内容については口外しないように」


「連隊長どの。分かっています。最初から秘密にするつもりでした。

 みんな、そうよねー?」


「「はい、そうでーす」」


「うん?

 そういうことだから、それじゃあ」


「「失礼しまーす」」


 元気よく5人が部屋を出ていった。


 彼女たちが急に魔術を使えるようになったことはすぐに連隊内でうわさになるだろうが、口頭による教育の結果だとすれば、われもわれもとキーンのもとに押し寄せてはこないだろうと半分だけ安心している。たとえ真相がバレて、それで連隊の兵隊全員に『教育』したとしても、訓練後1時間もあれば200名程度はこなせるので2週間もかからない。そのくらいなら、やってもいいか、と、この時点でキーンは思っていた。




 魔術教育を終えたキーンは連隊長室から士官室の前までいき、中で待っていたソニアたちと寮に帰っていった。


「連隊長、その顔はうまくいったってことね」


「5人いた全員魔術が使えるようになったよ」


「すごい!」




 気を良くしたキーンはその日寮に帰って寮生全員に『魔力回路の開放』を行ったのは言うまでもない。


 次の休日には、クリスはじめセルフィナたちにも同じように『魔力回路の開放』を行ったところ、もともと人並み以上に魔術が使えたクリスは劇的に魔力の効果と持続力が増し、全6種の同時『強化』も使えるようになった。あまり魔術が得意ではなかったノートン姉妹も数種類の同時『強化』が使えるようになった。しかし、他者への『強化』や、自分から離れたところへの魔術の発動はできなかった。セルフィナについては、予想通り変化はなかった。




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