第274話 キーン、ボルタ兵曹長を掃除して新人教育に臨む。


 キーンは魔術の効率と技能を高める画期的な方法を見つけたつもりなのだが、まだ一人にしか試していないので、誰にでも有効な方法なのか、今のところ分からないという。


 そこで、ボルタ兵曹長がキーンに向かって、


「連隊長殿、ここで自分に試していただけませんか?

 男の自分と手はつなぎたくはないと思われるなら致し方ありませんが」


「ここなら人目がないから試してみてもいいかな。

 じゃあ、両手を前に出してください」


 ボルタ兵曹長が両手を前に出したので、キーンはその手を各々握った。


「それじゃあ、始めます」


「はい」


「……」


 キーンは右手からボルタ兵曹長の左手に魔力を送り込み、送り込んだ魔力を左手で吸い出していった。ボルタ兵曹長の身体の中で魔力がどのように流れているのかは分からないが、体中を巡っているようイメージしている。


 キーンはつないだ手を離し、


「どう?」


「何か言葉では表せないしびれるような感覚が左手から全身を駆け巡って右手から出ていった。そんな感じがしました。今は体の中の汚れが落ち、やけにスッキリして身体が軽くなったような感じです」


「感覚は人それぞれなんだ。

 じゃあ、試しに『ライト』をやってみてくれるかな?『ライト』できるよね?」


「問題ありません。『ライト』」


 薄暗い武器庫の天井あたりに煌々とした光球が浮かび上がった。


「うおおー! これが自分が灯した『ライト』。信じられません」


「なんか、すごく明るいけど、普段よりやっぱり明るいんだよね」


「これまでは暗闇を照らすくらいでした。しかも色はろうそくの炎の色でして、こんなに太陽のように黄白色にギラギラ輝いてはいません」


「じゃあ、成功したってことだね」


「スゴイことです。このことは秘密にしたほうがよくありませんか。

 これが世間一般に知れたら、大事おおごとになるような気がします」


「確かに。

 だけど、もうすぐ新人5、6人には教えることになるし」


「連隊内では仕方ないかもしれません。いずれ世間にも知れるのでしょうから、いちおう口外無用とでも言っておくよりないでしょう」


「だね」



「しかし連隊長殿、自分は10秒ほどの時間で、そこらの魔術師以上になってしまったようですがどうしましょう?」


 キーンは半分笑いながら、


「別に今まで通りでいいと思うよ。それより、他の魔術はどうかな?」


「ジェーンどのが『強化』ができるようになられたというお話でしたので、自分も『強化』を試してみます。呪文など関係なく、魔力を身体の中に巡らせて、自分の能力が高くなるよう念じるのですな」


「そう。難しいことは考えず、ただ自分が強くなることだけを考えてればいいよ」


「それでは、やってみます。強く、速く、正確に、鋭い感覚を持ち、いつまでも、そして打たれ強い。……『強化!』」


 ボルタ兵曹長の身体が、赤と紫、そして緑の3色の光の帯で包まれた。


「できました!」


「ボルタ兵曹長、今見えているのは赤と紫と緑の3色だから、力と速さと、頑丈さの3つだよ」


「それでもいままでどの強化もできなかった自分が3つも同時に発現できたとは。これぞまさに奇跡」


「大げさだなー」


「大げさではありません! ちゃんと練習すれば連隊長殿の『強化』なみの6種の強化が発動できると思います」


「頑張って」


「はい!」


「そろそろ訓練も終わる頃だから、訓練場に戻ろうか。強化したままでいいの?」


「はい。初めての強化ですから記念にこのままで。いつまで続くものなのか確認もしてみます」


「確認したら教えて下さい」


「もちろんです。それでは自分は魔術師小隊の様子を見てきます」


 武器庫を出たボルタ兵曹長は武器庫の鍵を締めた後、行進を続けている魔術師小隊のところに飛んだり跳ねたりしながら駆けていった。


「いいのかな?」



 一方こちらは魔術師小隊隊長のメリッサ・コーレル少尉補。


 いつも真面目な顔をしたボルタ兵曹長が、飛んだり跳ねたりしながら自分たちの方にやってくるのを見て目をむいた。見れば強化の光に覆われている。先日アービス連隊長が自分も含めて新人たちにかけた全6種の強化とは違って3種の強化のようだ。ということは、アービス連隊長以外のものがかけた強化だろうし、他人に対しての強化はアービス連隊長を除いてまず不可能と考えれば、自分で3種の強化をかけたことになる。


 メリッサはいままで、ボルタ兵曹長は生粋の軍人で魔術に関してはある程度はデキるにしても素人の域は超えないだろうと思っていた。しかし自分たちの方に浮かれた感じでやってくるボルタ兵曹長は自分では全くできない強化の重ねがけを行っている。


 浮かれているところには違和感ありまくりだが、事実として3種の強化の重ねがけを行っているボルタ兵曹長は魔術の達人と言ってもいい人物だ。だからこそアービス連隊の先任兵曹長だったのかと納得してしまった。


「うほん。

 そろそろ時間なので、これで上がりましょう。

 小隊はこのまま兵舎前まで行進して解散!」


「「はい!」」



 訓練場では各部隊がそれぞれ訓練を終えて解散していく。


 ソニアたち士官には専用の士官部屋待っているというので、キーンは連隊長室で、新人の魔術教育希望者がやってくるのを待つことにした。


 普通の連隊なら連隊長には副官の他に従兵も付くのだが、キーンにはどちらもいないので、連隊長机を前にして座っていてもお茶などが出てくることはない。


 しばらくそうしていたら、ドアがノックされた。


『昨日魔術を教えていただく約束をした、ポーラ・フォーゲル以下新5名です』


「どうぞ中へ」


 すでに時間外のため、私服に着替えた5人がおずおずとキーンの待つ連隊長室に入ってきた。


「「連隊長どの。昨日は申しわけありませんでしたー!」」


 5人揃って頭を下げた。


 立ち上がって彼女たちを迎えたキーンも、これには驚いてしまった。


「うん? 何が申し訳なかったのかわからないんだけど」


「気安く連隊長どのに話しかけて、あまつさえ、魔術を教えろとせがんでしまいましたー!」


「別にかまわないけど。僕もそのつもりでいたからこうして待ってたんだ」


「それでは、本当に魔術をわたしたちに教えていただけるんですか?」


「教えるつもりだよ。だけど魔術が使えるようになるとは保証できないよ」


「あ、ありがとうございます!」


「さっそくだけど、5人とも『ライト』も『ファイア』も使えないんだよね」


「「はい! 全く使えません」」


「じゃあ、その他の魔術も全く使えない?」


「「何一つ使えませーん」」


「もちろん、呪文も何一つ知らないんだ」


「簡単な呪文は昔習いましたが、全然魔術ができないので、すぐに忘れて全然覚えていませーん」


 新人たちも調子が出てきたようだ。


「そうか。それは良かった」


「良かったんですか?」


「僕にも事情があるから。

 まあ、それはいいんだけど、実際問題、僕も何一つ呪文を知らないから一緒だけどね。

 じゃあ、まずは『ライト』が使えるように成ればいいかな」


 そう言ってキーンは陽が暮れかけて暗くなっていた連隊長室の天井あたりに『ライト』の光球を1つ作り出した。


 その明かりの下で、


「あのう、連隊長どのは呪文を全然知らないんですか?」とリーダー格のポーラ・フォーゲルが聞いてきた。


「僕の場合、魔術は実際に見さえすれば、何でも真似ができちゃうんだよ。もちろん呪文なしで」


「えー! ということは、見ただけで魔術が使えるように教えていただけるんですか?」


「いや、それはできない。と思う」


 キーンの返事を聞いた新人たちはあからさまにがっかりしたようだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る