第273話 キーン、ボルタ兵曹長に『魔力回路の開放』を説明する。


 なんやかんやと話しながら訓練場にキーンたちが到着した。新人たちは魔術師小隊を含めて行進の訓練中だった。


 中隊長たちは全員、すぐにキーンによる『強制魔力循環による魔力回路の開放』を試してもらいたかったようなので、一人10秒ほどのことだし、すぐに済ませてしまおうとキーンは思っていたのだが、訓練場の前には一般人が並んでおり、キーンたちを見ている。


 さすがに衆人環視の中、中隊長たちと順に手をつなぐのはどうかと思ったキーンは、正直に、


「『強制魔力循環による魔力回路の開放』の方法なんだけど」


「うん?」


「実は僕と両手をつなげないといけないんだ」


「えーと?」


「手と手を繋いで、片方の手から魔力を送り込んで反対の手から吸い出すんだ」


「ダンスするみたいに手をつなぐの?」


「いや、普通に向かい合ってお互いの右手と左手をつなげばいいんだけど、手はちゃんと握ったほうがいいと思う。ここでみんなと順に手をつなぐのは変じゃないかな?」


「どれくらい時間がかかるの?」


「一人当たり10秒くらい」


「たった10秒と言っても、かなり変よね」


「俺もそう思う。男同士で手をつないでいるところなんて他人ひとに見られたくないぞ。早く試してみたかったけど、俺は寮に帰ってからやってもらう」


「私も」「わたしも」


「それだと、きっと他の寮生たちもやってくれっていい出すと思うけど、別にいいよね?」


「50人全員でも、10分もかからないはずだから全員やっても問題ないよ」


「じゃあ、そういうことでお願いします。連隊長殿」


「了解」


「そのまえに、僕は今日、新人で僕に魔術を習いたいって兵隊がいるんで訓練が終わったら連隊長室で魔術を教えることになってるんだ。そこで新人たちで試すつもりだけど、うまくいかなかったらなかったと言うことで。あと、みんなは先に寮に帰ってくれていいから」


「連隊長がいないんじゃ、『強制魔力循環による魔力回路の開放』できないんだから、私は士官室で待ってる」


「「じゃあ、俺も」」「「わたしも」」


 ということでみんな兵舎内にある士官用の部屋で待ってくれることになった。



 ソニアたち、第1から第5中隊長たちがはそれぞれの中隊の場所に駆けていき、まだ中隊を持っていない5人はそれぞれ新人たちの各班に向かって走っていった。


 ボルタ兵曹長はどこにいるのか探したら、魔術師小隊について行進していた。最初の号令に対する反応は悪くなかった魔術師小隊だが、他の新人たちもそれなりになってきているので、いまはそういった差はなくなっている。


 キーンは一人、訓練の邪魔にならないように隅の方に立って全体を眺めていた。キーンたちがやってきたことに気づいたボルタ兵曹長は行進を魔術師小隊にまかせて、キーンのもとに駆けてきた。


「連隊長殿、ご苦労さまです。

 午前中に、注文しておりました木製の長槍と木剣の各半分、長槍500本と木剣1000本が届きました。武器庫に運び込んであります。残りは来週になるそうです」


「訓練の方は順調そうだから、さっそく強化して変性させてしまおう」


 そういってキーンは武器庫に向かった。ボルタ兵曹長もついてきている。


 武器庫の重い扉を開き、ボルタ兵曹長の案内で、この日運び込まれた木製の長槍と木剣が並べて立てかけているところまでいく。


 キーンは64本ずつまとめて強化変性していき、ボルタ兵曹長は、まだ変性していない木製武器をキーンの目に入るように手前に移動させていく。


 結局2時間弱で1500本の木製武器が真っ黒に変色してナゾの素材製の武器になってしまった。


 更に強化していけばキーンの持つ金剛斬バジュラスラッシャーのように半透明になっていくのだろうがそこまでの必要もないし、あまり極端な武器が大量に出来上がってしまうのもなんだか恐ろしいので、そこまで変性を進める気持ちはキーンにはない。


「ふー。やっと終わった。

 身体が疲れるわけじゃないけれど、それなりに気疲れするね」


「気疲れ程度で済むというところが自分には信じられませんが。本当に魔力は減っていないんですか?」


「少しくらい減ってるかもしれないけれど、減ってないかもしれない」


「世間一般の魔術師はちょっとしたことをするだけですぐに魔力が切れてしまって、何もできなくなってしまうんですが、連隊長殿はどうなっておられるのか?」


「今まで魔力が減ったってことを感じたことがないので、自分自身のことだけど、実際のところ、どうなってるのか全くわからないんだよ」


「魔力がなくてどうなっているのかわからないより、魔力が減らないのがどうなっているのかわからないほうがいいのは確かですものな」


「そうかも。

 長槍の穂先はそこまで危なくないから鞘はなくてもいいと思うけど、木剣の方は刃は立っていないといっても、腰に下げるものだし鞘がいるよね」


「自分も鞘については失念しておりました。

 ただ、剣の鞘は寸法を合わせて作る必要がありますので、今出来上がった黒剣を1000本まとめて業者に出して、納期は2カ月くらいでしょうか」


「それも面倒だから、ミニオンの殻で作っちゃおう。すこし休憩して、それから始めても訓練終了までには終わってると思う」


「よろしくお願いします」


「了解」



 いったん武器庫から外に出て少し休憩した二人はまた武器庫の中に入っていき、先ほどと同じような感じで鞘の形に変形させたミニオンの殻を重ね合わせていき固定させることで剣の鞘を作っていった。


「ふう。なんとか終わった。訓練終了までに終わってよかった」


「訓練の後、何かありますか?」


「訓練終了したら魔術を習いたいって新人に魔術を教えるって昨日のバーベキュー大会の時約束したから」


「そういえばそうでしたな。全くの素人だそうですから、適当に教えてダメだったなで、終わってもよろしいのでは?」


「いや、それが、ちょっと思うところがあって、うまくすると全員魔術が使えるようになるかもしれないんだ。まあ、ダメかもしれないけどね」


「なんと。魔術教育まで手掛けられましたか」


「たまたまなんだけど、うちのジェーンがちゃんと『強化』を発動できるようになったんだよ」


 そこで、キーンはボルタ兵曹長に、ジェーンが『強化』を発動できた経緯などを話した。もちろん手をつないで魔術を流したことも話している。


「ジェーン殿は全くの素人ではなかったにせよ、たしかに素人でも魔術が使える可能性が広がるわけですから、それは相当すごいことではありませんか?」


「ジェーン以外に試していないから、今のところなんとも言えないんだけどね」


「なるほど、それでしたら、この自分で試して見ていただけませんか?」


 そう、ボルタ兵曹長が提案した。




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