第266話 恒例のエキシビション3、旋回エアカッター
キーンの「旋回エアカッター!」の声で旋回エアカッターがキーンの手元で発動し、的である土壁に向かって進んでいった。キーンも含めて、エアカッター系の魔術は目視できないので、魔術を認識するには飛翔経路や目標の変化を見るしかない。キーンは意識を他に向けない限り自分の発動させた魔術の位置はつかんでいるので、任意に発動させた魔術を消すことは可能だ。
何も「旋回エアカッター!」と口に出して言う必要はなかったが、その数秒後、土壁に見えない何かが命中し
旋回する刃の長さを30センチとした関係で、土壁にはきれいに直径60センチほどの丸い孔が空いている。
「旋回エアカッター自身もそれなりに威力はありますが、これをファイヤーボールにまとわせてみます」
「まずは新しい土壁を作って、
それから、ファイヤーボール」
直径10センチほどの
「対して、電撃で迎撃!」
キーンは自分の手元から放ったファイヤーボールに向かって電撃を
ファイヤーボールを含め飛行中のボール系魔術を迎撃することは不可能とまでは言えないが、普通の魔術師ではまずできない。それを彼らの連隊長は何事もないように、的の方からファイヤーボールに向けて電撃を放ち簡単に命中させてしまった。
赤いファイヤーボールは見事に電撃により撃ち抜かれその場で爆発した。
「こんな具合に、速度の遅いボール系攻撃魔術は簡単に撃ち落とされてしまいます。
さて次は本番のファイヤーボール旋回エアカッター付き!」
見た目は先程のファイアーボールと同じファイアーボールが的に向かって放たれた。
「同じく、電撃で迎撃!」
土壁から電撃が放たれファイヤーボールに命中したが、ファイヤーボールは何事もなかったように的の土壁に向かって飛んでいった。
旋回エアカッター部分が先に土壁に命中したらしく、的から一瞬だけ砂煙が上がり、すぐにファイヤーボールが爆発した。もちろん土壁は粉々に砕け散った。キーンが爆発を制御したのか偶然なのかは分からないが破片となった小石など観客の方までは飛んでいかなかったようだ。
そんな中、
魔術師小隊の面々からすると、驚きを通り越して呆れにも似た感情が起こってきた。かつて自分たちの学校を成績不良ということで放校となった眼の前の
「それじゃあ、ちょっと短かったけれど今回のエキシビションはこんなところで」
なんとなくではあるが、今日の出し物はあまり派手ではなかったため、受けが悪かったと思ったキーンは、最後のサービスで新人に強化をお試しでかけてやることにした。
「そうだ。午後からの訓練だけど、今日だけ新人たちには『強化』を体感してもらおう。新人と今日の当番兵のみんなが対象だ。新人たちは、……」
ざっと、キーンが観客を見回し、
「当番兵と一緒に固まっているようだからちょうどいい。
『強化』」
新人たちが強化の光に順に包まれていく。1000人強の兵隊たちが3分程で全員強化されてしまった。
「今かけたのは通常『強化』。実戦時は、今の強化に対して20倍魔力を込めた強化をかけるから。
それじゃあ、今回のエキシビションはこれまで」
初めて6種の強化を同時にかけられた魔術師小隊の面々も含めて新人たちはその場で飛びハネたり、衣服を通して体全体が強化の光で6色に輝いている周りを見回したりし始めた。
「連隊長殿、ご苦労さまでした。
それでは、各隊は午後の訓練を始めるように。
魔術師小隊は午前に引き続き行進。コーレル小隊長殿あとはよろしくお願いします」
ボルタ兵曹長は午後からの魔術師小隊の訓練はメリッサに任せるようだ。新人中隊長たちはソニアたちの訓練に付き合うようでそちらに駆けていった。
『強化』に浮かれて飛び回っていた新人たちも、当番兵たちに促されて午後の訓練を始めた。
「連隊長殿、『空を飛ぶ魔術はない』ということを昔聞いたことがあるのですが、先程の魔術は?」
「上が平らな半球状のミニオンを足の動きに合わせて足の下に作ったり消したりしてたんだ。階段の上り下りのようなものだからそんなに大した魔術じゃないよ」
「いえいえ、相当なものでした」
「そう言ってもらえば嬉しいけれど、こういったエキシビション以外だとあまり使う場面はないと思うよ」
「そうですか?」
「魔術を発動するには、相手が見えればいいだけだから、パトロールミニオンを飛ばせば済んじゃうから。
それで、なんでこんな魔術を考えたかというと、実は、この前アイヴィーの肩を治すためにモーデルの遺跡にいった時、デクスフェロ並みの鎧の巨人と戦ったんだよ」
「なんと」
「その時は、
頭を潰せば
「ほんの一週間でものにされたのですか?」
「ものになっていないから、空中ではまだ
「あれで?」
「あんな振りじゃあ、いくら
「なるほど。最初の霧だか雲だかも年末に思いつかれたのですか?」
「うん。溶岩池を作ってウォーターアローを打ち込むより効率的だからいいだろうと思ったんだけどね。よく考えたら、そんな暇があったら相手を斃してしまったほうが早そうなのであれも使うことがないかもしれない」
「連隊長殿。自分も休み中に少し考えたのですがよろしいでしょうか?」
「僕の魔術について?」
「はい。
連隊長殿の『強化』は、目につく限りの味方に対して『強化』がかかりますが、アレの逆で『弱体化』みたいのものを敵にかけることはできないでしょうか?
先程の霧だと敵の視界を
「なるほど、弱体化か。おもしろそうだね。この前の『黄金の獅子』の強さはおそらく『強化』50倍相当だったと思うんだけど、僕自身20倍を超えて強化してしまうと違和感が急にすごくて、実戦では20倍が限度だったんだ。もし『黄金の獅子』を半分以下まで『弱体化』できていたらアイヴィーも負傷することもなかったろうし、簡単に討ち取れていたかもしれない。
相手がそういった強敵でなく、ただの兵隊たちだったら、相手を死傷させることなく無力化できるわけか。
今まで『強化魔術』に込める
強化魔術によって強化された者は周囲の魔素を体内に吸収し、魔力に変換することで、力や俊敏性などの肉体的強化がなされているので、体力を消費するようなものではない。
これに対して、『弱体化』とはどういった魔力効果を体内で発生させるのかまず考えなくてはならない。
キーンは黙って考え込んでしまった。
ボルタ兵曹長も何を言っていいのかわからなかったので、キーンをそのままにして訓練場で訓練を続けている各部隊に注意を向けるのだった。
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