第265話 恒例のエキシビション2


 地面からもくもくと突然湧き上がった雲で連隊長の姿が見えなくなった。湧き上がる雲はすぐに空中に浮かぶ的のミニオンの殻まで覆い隠してしまい、兵隊たちからでは何も見えなくなってしまった。


 そんな中キーンは必死になって階段を登っていくのだが、雲の湧き上がるほうが断然速いし的のミニオンの殻も雲に隠されて見えなくなってしまった。


『マズい。64個でやったのは多すぎだった。的が見えないどころか、いったん意識がそれた関係で、どこにあるかも分からない。タダの殻ミニオンじゃなくてパトロールミニオンを的にしとけばよかった。これじゃあ、兵隊たちから僕自身も見えない』


『仕方ないから、雲を吹き飛ばすか? 王宮方向じゃなければ吹き飛ばしてもいいけど、それほどこの雲は大きくないはずだから放っていてもそろそろ晴れてくるか?』


 空中でキーンはしばらくじっとしていたら、なんとか雲も晴れてきて的のミニオンも見えてきた。


『あーよかった』


 的まで空中を駆け寄ったキーンは、金剛斬バジュラスラッシャーゆっくり振りかぶって振り抜いた。


 的は音もなく消えてしまったので、そこからキーンが地面まで下りていった。



 地面に降り立ったキーンは、遠目ではよくわからなかった兵隊たちもいただろうと気を利かせて、今見せた魔術の説明を始めた。


「最初に見せた雲は、ファイヤーアローとウォーターアローを同じ場所に発現させて湯気を作ったものでした。今回はサービスのつもりで64カ所同時に発現させたら思った以上の雲になってしまい自分でも的が見えなくなったので少し手間取りましたが、ちゃんと空中のまとを斬ることができました」


 ここで、キーンはいったん説明を止めた。自分では今の説明で拍手でも来るかと思ってのことだったのだが拍手は起こらず、みんなポカンとしてキーンを見ているだけだった。


『あれ? どうしたのかな? 全然受けなかった?』


 キーンは一般魔術については基本的に無知であるが、空を飛ぶ魔術のないことは知っていた。自分では単純に階段を作っては消してを繰り返しているだけの階段魔術も、見ようによっては空を飛んでいるように見えてしまうことに気づいていなかった。


 特にメリッサを始めとした魔術兵たちの驚きは相当なものだった。キーンが他者に対して『強化』をかけることもは魔術界では異例かつ常識外のことだったが、見た目はそれほど派手ではない。だが今回の空中を駆け巡る姿は派手だ。特に魔術師から見れば圧倒的に派手な魔術ということになる。


「連隊長殿、今回の魔術披露は周囲に迷惑はかからないものでしたが、魔術兵たちが尋常じゃなく驚いています。自分もこれまで連隊長殿の魔術をいろいろ拝見させていただきましたが今回ほど度肝どぎもを抜かれたことはありません」


 なんだか、反応が乏しいと思ったのは間違いで、ほとんどの者が驚きすぎて声も出なくなったようだ。せっかく披露した魔術が観客に受けたことは単純に嬉しいのだが、どこかおかしな気もし始めてしまった。




 メリッサ・コーレルもあまりのことに言葉は出なかった。魔術大学付属校ではいくら頑張ってもクリス・ソーンに追いつくことはできなかったが、それでも背中は見えていた。だが、眼の前にいるかつての同級生はそういった次元の存在ではなかった。これだけの魔術師がなぜ、魔術師小隊を必要としたのか、メリッサはふと疑問に思った。


 キーン自身はこのもっともな疑問に何とか答えることができるようになっていたことは実に幸運である。答えがない状態で、メリッサに単刀直入に魔術師小隊は何をするのかと問われていれば返事に窮するところだった。知らないところで一難去っていたわけである。キーンはなにげに運がいいのである。



 今回の出し物はほんの2分もかからなかったので、これではせっかくの兵隊かんきゃくたちに悪いと思ったキーンは、先程の霧魔術同様、魔術を複合させることでなにかできないかと考えているうちに思いついた旋回エアカッターを披露することにした。


 6枚の風のやいばが芯になるボール系の魔術の周りを回転しながらボールと一緒に対象に向かうというものだ。風の刃の長さは任意であるが、いちおう30センチほどを想定している。芯となるボールなしで発動した場合、直径60センチの回転する風の刃が目標に穴を穿つことになる。穴の深さは込めた魔力と風の刃の長さによる。壁などを突き抜けた場合は消えることなくその先に進んでいく。


 ボール系の魔術はアロー型に比べ威力は大きいものの目視できる上、速度が遅いので、キーンなら・・・・・電撃系魔術で容易に撃ち落とすことができる。もちろんガードミニオンを飛ばしておけばキーンが意識しなくても簡単に撃ち落とすことができる。


 そこでボールに風に刃をまとわせることで、迎撃に強いボールを作り出したわけだ。キーンは視界内ならどこにでも魔術を発動できるので、キーンの繰り出すボール系魔術はそもそも迎撃のしようがない。従ってこれも実戦で使うことはないだろう。


 旋回エアカッターを実演する前準備として、キーンは訓練場に穴を掘り、出てきた土を固めて壁を作った。


 観客からすれば、一瞬で大穴ができ、小山になっていた土が分厚い壁になった。これも新人たちは驚いていた。


「つぎは旋回エアカッターと僕が名づけた魔術をお見せします。

 これは、ボール系の魔術を敵の迎撃から保護するためにボールの周りに旋回するエアカッターを組み合わせたもので、低速なボール系魔術でも簡単に撃ち落とされないよう工夫したものです。

 あまり大きな音を立てたくないので、小型のファイヤーボールに旋回エアカッターを付けてみます。今回はファイヤーボールですが、ボール系なら何でも構いません」


 ファイヤーボールを撃ち落とすとか普通の魔術師では不可能なのだが、そういったことを想定して作ったということは、キーンからすればボール系魔術など簡単に撃ち落とすことができるのだろう。


「まずは、ボールなしの旋回エアカッターの威力をご覧に入れます。

 壁の後ろにいる人は危ないので少しズレたほうがいいかな。孔が空いたところで旋回エアカッターは消すからそこまで危なくはないか」



「そうだ、最初にこの土の壁がどの程度のものか見せたほうがいいな。

 どうしようか? 魔術師小隊の中で発動体無しで攻撃魔術が使える人はいるかな」


 全員の手が上がった。


「それじゃあ、壊すつもりで思いっきり、あの土の壁に向かって攻撃魔術を放ってください」


 メリッサを先頭に10人の魔術兵たちが前に出て、アロー系やボール系の魔術をキーンの作った土壁に向けて放った。


 キーンは彼らの魔術で自分が石のように固めた土の壁が壊れるとは全く思っていなかったが、よく考えると、それはそれで彼ら魔術師小隊に恥をかかせることになると気づいた。そこでキーンは魔術師小隊のひとりが放った赤い・・ファイヤーボールが土壁に命中するところに合わせて極小のファイヤーボールを土壁の中で数十個爆発させた。その結果、土壁はいい具合に壊れた。観客からわずかに拍手が上がった。


「土の壁と言ってもこの通り、かなり頑丈です」


 古参兵たちは、あの土の壁が岩石並みの強度を持っていて生半可な攻撃ではびくともしないことを知っていたがそのことは黙っていてくれた。もちろんボルタ兵曹長もキーンがなにかしたことに気づいている。


「それじゃあ、もう一度土壁を作ります」


 先程壊れた土壁が一瞬で元通りになった。


「旋回エアカッター!」


 エアカッターは目視できない魔術なので、キーンの声だけが訓練場に響いた。




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