第264話 恒例のエキシビション1


 兵舎の中には一度に1000人も入れる食堂は第1食堂だけである。10人掛けの長テーブル5つ連ねてひとかたまりにしたものが4列で1個中隊。その塊が5段からなる。その他に10人掛けのテーブルが数個置かれている。


 大隊時代は第1食堂だけを使用していたが、新人が配属された昨日より、600人入れる第2食堂と400人入れる第3食堂を開けている。新人たちと今日の当番兵はその第2食堂と第3食堂で食事をしている。新人ではあるが魔術小隊の面々だけは第1食堂で食事している。


 キーンとボルタ兵曹長は第1食堂の中で配膳口に一番近い長テーブルの端を定位置としてそこで向かい合って座り食事している。ソニアたちは自分の中隊の兵隊たちと昼食をとっているが、新しい中隊長5人にはまだ部下がいないので、キーンたちのテーブルについている。魔術小隊の面々はキーンたちの隣の長テーブルについている。


 新しい中隊長5人は男子2名に女子3名なので、中隊長間で多数決を取るような場合、少しトーマスの味方が増えるかもしれない。


 午後一番でエキシビジョンをすると発表したところ、まだキーンのエキシビジョンを直接見たことのない新中隊長が、


「連隊長、エキシビションって?」


「新人がやってくると恒例でやっている見世物なんだ。中身は僕がみんなの前で大剣の技や魔術を披露してるだけなんだけどね」


「なにそれ、面白そー」


「思い出した。とんでもないことをやっちゃったとか、前にソニアたちに聞いたことがあるけど」


「とんでもないかそうでもないかは、見る人の判断だから。

 たいしたことないと思ってみればそれだけなんだよ。いちど王宮の方に迷惑をかけたみたいだけど、それだけだから。今回は大きな音も立たないはずだし、王宮に向かっては雲を吹き飛ばす予定はないから大丈夫」


「よくはわからないけれど、楽しみにしてる」





 昼時間が終わり、兵隊たちがそれまでくつろいでいた食堂から、食事前に脱いで片付けていた防具を身につけるため自分たちの大部屋に戻っていった。午後の訓練前に連隊長がエキシビションを行うと食事中に伝えているので旧アービス大隊の面々は革鎧を着込んでニヤニヤしながら訓練場に集合した。第2、第3食堂にいた新人たちにも伝えてはいるが、新人たちは何のことだかわからないものの、当番兵たちに促され訓練場に集合した。


 キーンは恒例のエキシビションということで、今日の出し物について食事中考えていたのだが、まずは空中歩行を披露ひろうすることにした。


 全周コーンでは、ミニオンの殻を底の空いた円錐形コーンに変形させるのだが、今回キーンはミニオンを上半分が平べったい半球状に変形させた。それを足の動きに合わせて階段状に4、5段作り出し、足が離れると3歩先に段を一つ作り、一番後ろの段を消していく。空を飛ぶ訳ではないが、宙を歩くことができる。これをキーンは年末年始、短い期間だったが自宅で練習していた。今では、『強化』こみで宙を走り回ることができるまでになっている。ただ、空中では、大剣を思ったように振り回す事はまだできない。


 ボルタ兵曹長に周りに迷惑になるような出し物・・・は控えるよう釘を刺されているので、あまり派手にはしないつもりだ。それでも、2000人もの兵隊たちが見守っているので、少しはかっこよくいこうという気がしてきたのは仕方がない。


 そこで、思いついたのが霧魔術。溶岩池にウォーターアローを撃ち込むと余分な大爆発まで起きるためあまりに派手すぎる。そこで、どうせならウォーターアローとファイヤーアローを同じ場所で発現させれば、少々音は出るかもしれないが大爆発とはいかないだろう。ということで、これも少し前に自宅の裏庭で試したところ、多少の音はしたが爆発というほどではなかった。ちゃんと霧も発生している。


 この霧魔術とミニオンの殻で階段を作って宙をかける技を組み合わせ、上空に作り出したミニオンを大剣で斬ればかなり受けるだろうと思いついた。ただ、大剣を宙に駆け上がって振るのにはあまり慣れていないので、まかり間違って空中から落っこちてしまうと、強化して演技する予定なのでまさかケガはしないだろうが、かなりみっともないので無茶はせず落ち着いてゆっくり大剣を振るつもりだ。



 駐屯地の兵舎には連隊長室につながってキーンの個室もあるので今は金剛斬バジュラスラッシャーはその部屋に置いている。


 キーンも自室に戻り、革の防具を着けて金剛斬バジュラスラッシャーを持ち訓練場に出ていった。




 ボルタ兵曹長の指示で兵隊かんきゃくたちが大きく広がっている中をキーンがゆっくり訓練場の中央に歩いていく。


「それでは、新人たちの初日なので、恒例となっている魔術と剣術のエキシビションを行います。

 今回は周囲に迷惑がかからないよう、爆発系統は控えますのでご了承ください」


 そう言って手に持った金剛斬バジュラスラッシャーを鞘から抜き放ったキーンは鞘をいったん地面に置いて、20メートルほどの高さに直径1メートルほどのミニオンの殻を浮かべた。


「いま空中に作ったのはミニオンの殻です。あのミニオンの殻をこの大剣で斬ってみせます。

 いちおう強化20」


 キーンの顔が強化の光でギラギラ光った。手にも変性させた革手袋をしているので光っているのは顔だけだ。見慣れている連中にはいつものことなので何でもないが、初めて強化の光、それも顔だけギラギラ6色の光を帯びた連隊長を見た者たちは一様にどよめいた。一般の新人には連隊長の顔が輝いている事に驚いているだけだが、魔術小隊の面々はその意味が理解できるので他の新人たち以上に驚いていた。


 もちろんメリッサ・コーレルも驚いた。以前メリッサはキーンは大賢者の持っていたアーティファクトでも使って魔術を発動しているのではないかと疑っていたのだが、さすがにキーンがそういったものを使っていようがいまいが関係ないほどの武功を立てている以上、そういった詮索せんさくは無意味であることに今では気づいている。




「いつも通り、軽く素振りをしてから本番に入ります」


 そう言ってキーンはいつもの突きからの八方向の素振りを行った。もちろん強化されていない者では光り輝く光の帯が見えたと思ったら、空を斬り裂く音が聞こえただけの素振りである。


 自分たちの連隊長は魔術の天才、大剣の達人と聞いていた新人たちは、大剣の達人ぶりを実際に目にして、静かになってしまった。


「いきまーす。

 まずは、霧魔術から」


 自宅の裏庭で試したときは自分の足元の前後左右4カ所でファイヤーアローとウォーターアローを同時に発生させたのだが、今回は2000人もの観客がいるので、全周64箇所でファイヤーアローとウォーターアローを同時に発生させてみた。


 ジュン!


 ウォーターアローに対しファイヤーアローを5倍強度で発現させるのがコツだ。4倍以下だとウォーターアローが一度に蒸気にならず、蒸気になりきれなかった水がバシャリと地面に落ちてしまう。それより強いと蒸気は上がるが、爆発も同時に起こってしまう。


 思った以上に湯気が出来上がった。強化20倍下なので気にならないが湯気はかなり熱い。


 もくもくと湯気が立ち上りキーンを観客から隠してしまった。


 すぐにキーンは階段魔術を使って宙に上っていく。



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