第263話 アービス連隊7、メリッサ・コーレル


 キーンもボルタ兵曹長と魔術師小隊の小隊長のやり取りを聞いて、なんとなくではあるが、魔術大学付属校の入試の時から自分に突っかかってきた女子のことを思い出した。


 あの女子は金髪をツインテールにしていたが、目の前の女子は被った革のヘルメットの両脇からツインテールがぶら下がっている。髪の毛が長いと実戦はもちろんだが訓練でも支障が出るので、女性兵士はみんな短髪にしている。今キーンは強化していないので視力は普通状態だ。そのためはっきりと見えているわけではないが、どうも爪も伸びているようだ。他の女子魔術兵で髪の毛を伸ばしている者はいないところは救いかもしれない。


 注意するべきだが、キーンはあまり相手にしたくないし、現在の担当はボルタ兵曹長なので、彼に全てを任せることにし、成り行きを見守ることにした。言い方を変えれば丸投げしたとも言う。


 ボルタ兵曹長も髪の毛や爪などに気づいているはずだが何も言わず訓練を始めてしまった。5人の新中隊長たちは、ソニアたちの訓練を近くで見ようとそちらの方に駆けていったので、キーンは一人で指揮台の後ろに立っている。



 キーンの目の前では、ボルタ兵曹長が魔術師小隊を相手に訓練を開始した。


「ではまず基本的な号令をかけますから、その通り動いてください」


「はーい」


「返事は、『了解』。わかりましたか?」


「はーい、『了解』ね」


「『了解』だけ」


「了解」


「よろしい。

 では、1列縦隊に整列! 間隔は両手を伸ばして指先が10センチほど前の者の背中と空くくらい。

 そう」


「気をつけ!」


 全員が足を揃え、まっすぐ両手を下に伸ばして太ももの脇につけた。


「休め!」


「右向けー、右!」


「右向けー、右!」


「回れー、右!」


 ……。


 一悶着ひともんちゃくあるかと思ったが、何ごともなく魔術兵たちはボルタ兵曹長の号令にちゃんと従っている。新人の中には右と左がとっさに判断できず、まごついてしまうものがそれなりの数いるのだが、さすがにそんな者は魔術兵の中にはいなかった。


 これならすぐにでも行進訓練に移れそうだ。特に魔術兵は、体力がなさそうな感じがするのでちょうどいい。


 キーンの思った通り、魔術師小隊の号令の訓練は10分程で終了し、すぐに行進の訓練に移った。行進と言っても、初日の今日は他の新人たち同様武器などは持たず手ぶらなため、ただ整列して歩いているだけだ。ボルタ兵曹長が先頭に立って訓練場の内周りを回り始め、1周終えたところで、ボルタ兵曹長はキーンのもとに戻ってきた。


「最初は、難しい連中かもしれないと思っていましたが、素直な連中で助かりました。昼食時まで行進するよう指示しています」


「ご苦労さま。

 髪の毛を伸ばしたりしていると邪魔にもなるし訓練だとしても強化していないとケガもしそうだけど」


「あの髪の毛と爪を短くするよう注意しなかったのは、いちおう相手は上官ですし、口で言って気を悪くさせる必要はないと思い、訓練中にでも痛い目を見れば自分で気づくと思ったからです」


「ボルタ兵曹長も人が悪いな」


「ハハハハ。年の功とおっしゃってください。

 連隊長殿、新人が入ってきた初日ですし、午後からまた例のヤツをやりますか?」


「そうだなー。今日は、午後の訓練を始める前にやってみようか」


「わかりました。ただ、訓練場の外にまで影響のあるようなものは止めておいたほうが無難だと思います」


「考えておくよ」


 一般の新人の方に目を向けると、号令に合わせてちゃんと動けるように訓練を続けているが、どうも不揃いだ。逆向きに動くものはさすがにいないのだが、頭で一度考えてから行動している者も多いようで、一拍遅れるものがそれなりの数いる。今日の当番兵たちが大声でそういった新人たちに注意している。


「毎度のことながら、まさに新人ですなー」


「これが、3カ月もすればそれなりに動けて戦えるようになるところは、すごいですね」


「教える方も慣れてきましたからな。ハハハ。

 ところで、連隊長殿。

 基礎訓練の終わったあと、魔術師たちにはどのように訓練されるおつもりですか?」


「うーん。それについては休暇中も考えていたんだけど、なかなかいい方法が思いつかなくて。本当のところは魔術師たちが『強化』を覚えてくれればいいと思ったんだけど、これまで他者に対して強化系統の魔術をかけることは不可能と言われていたのには理由もあるのだろうから、どうしようかなと悩んでるんだ」


「連隊長殿。それならミニオンはどうですか? 特にパトロールミニオンを操ることができれば連隊長殿の負担も減ると思いますが」


「なるほど。魔術兵10人が各自でパトロールミニオン1つを操れば、偵察を任せられる。それはいい。ミニオンは義父ちちから教えてもらったものだから、普通の魔術師でも覚えることができるはずだものね。

 よし、それでいこう」


 やっと、懸案けんあんが解決したキーンは口元がほころんだ。



 しばらくボルタ兵曹長と話をしているうちに、午前の訓練時間が終わったようで、兵隊たちが兵舎の中に戻っていく。その中で魔術師小隊から一人女子が抜け出てキーンのもとに駆けてきた。


「あのー、連隊長、挨拶が遅れて済みませんでした。

 魔術師小隊小隊長のメリッサ・コーレルです。小隊員ともども、よろしくお願いします」


 そう言ってメリッサがちょこんとキーンに向かって頭を下げた。


 下手に出られて改まって挨拶されてしまうと、何を言っていいのか難しいので、キーンは無難に、


「気にしてないから。コーレル少尉補、こちらこそよろしく。

 しかしきみが、魔術大学に進まず、軍に入隊してこの連隊にきたとは驚いた」


 そのメリッサは少し顔を赤らめて、やや早口で、


「『魔術大学を出て魔術師団に入り下手な部隊に配属されるより、アービス連隊に配属される方がよほど安全だ』ってお父さまが勝手に決めたから」


「後悔させないよう努力するよ」


「あ、ありがとう」


 メリッサ・コーレルはそう言うと先に兵舎に戻っていった魔術師小隊員たちを追うように駆けていった。




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