第262話 アービス連隊6、魔術師小隊2


 年が明け、1月4日。


 新人たちがアービス連隊の駐屯地に入営する日である。その日は三々五々駐屯地にやってくる新人たちを、今は全員下士官となっている古参兵たちが案内し、部屋割りや班分けなどをして終了している。新たな中隊長5人は他の中隊長たちと同じく自宅から駐屯地にやってきている。今回の年末年始ソニアは実家に帰ったようだ。


 1個魔術師小隊10名もアービス連隊に配属された。その10人は短い間ではあったがキーンと同期だった魔術大学付属校の今季の卒業予定生だ。この10人は付属校の卒業式まで公務による休学扱いになる。軍本営から送られてきた魔術兵の名簿には名まえの他、座学と実技の学年順位などが記されていた。キーンはその名簿を確認はしてみたものの名まえを覚えている者はいなかった。もちろん、名簿からは誰の顔も思い出せなかった。



 翌日、1月5日。


 キーンは自宅を朝早く出て駐屯地に向かった。中佐昇進と連隊長としての辞令は昨年末軍総長から手渡されている。同じくソニアたち5人の中隊長はそれぞれ中尉に昇進している。この5人の昇進辞令はキーンが兵舎の連隊長となる予定の部屋で手渡している。キーンは、追試の時間をゲレード少佐にやりくりしてもらってそういった時間を作っている。


 新たな中隊長5人については年末に軍学校校長から少尉任官辞令が渡されている。この5人は、4月以降、アービス連隊の正式な中隊長となる。5人の少尉任官とアービス連隊への配属を知った残りの同期生たちは大騒ぎをしたが、成績順だったこともありそのうち、『頑張れよ!』『同期の恥になるような真似だけはするなよ』などと励まされていた。



 今年の軍学校の始業式は1月5日なのだが、キーン以下中隊長と新たな中隊長たちは公休扱いで軍学校は欠席している。


 訓練場には指揮台が置かれ、その前に今までの大隊員たちが整列し、その隣に1000名の一般兵の新人、そして10名の魔術兵が並んだ。


 もちろん旧アービス大隊の兵隊たちの整列は見事なものだが、その隣に立っている1000名の一般兵についてはなんとなく整列しているような、していないような感じで固まっている。魔術師小隊の10名は魔術大学付属校を成績優秀で卒業しただけありちゃんと整列している。


 配属したての新人がまともに整列できないのはいつものことなので、ボルタ兵曹長も黙っていた。これまでの中隊長5人と新たな5人の中隊長たちは兵隊たちに相対するように指揮台の左右に並んでいる。


 指揮台の隣に立つボルタ兵曹長が、指揮台の後ろに立つキーンに目配せし、大きな声で、


「これより、連隊長殿からお言葉がある。全員傾聴けいちょう!」


 新品の指揮台の上に上がったキーンが、2000名ほどの連隊員たちを一度見回して口を開いた。


「今日からアービス大隊は連隊に昇格し新たな一歩を踏み出すこととなった。これまで大隊を支えてきたみんなは、これまで以上に気を引き締めてもらいたい。

 新たに新兵としてこのアービス連隊に配属されたみんな。これから厳しい訓練をこなしていくことになるが、この部隊ではまず訓練でも実戦でも大ケガなどはしない。まして戦死などありえないので安心してくれていい。ほかのどの部隊と比べても安全だ。連隊の前身であるアービス大隊の先般のボスニオンにおける活躍軍から認められている。その戦いでは、敵の超戦士『黄金の獅子』により負傷者が出てしまったが、その負傷者も全員当日中に全快している。いずれきみたちも経験するだろうが、『強化』中であれば、敵兵が弓兵や魔術兵含め普通の兵・・・・であれば決してケガなどしないので安心してくれたまえ。その分訓練は厳しいかもしれないが、それは自分たちのためと思ってくれればいい。

 もとアービス大隊のみんなはわかっていると思うが、今回配属された新兵たちが号令通りに動けるようになれば、新人を含めて中隊を再編成するのでそのつもりで。

 新人たちも聞いていると思うが、今週の週末には新人歓迎ということでバーベキュー大会を開くので楽しみにしてくれ。

 それと、魔術師小隊は1カ月程度、他の新人と同じように基礎的な訓練することになるが、その後は魔術師小隊としての訓練を行っていくことになる。

 以上」


 年末は追試で忙しかったこともあり、年始は年始でジェーンの勉強と魔術を見ていた関係で、時間のなかったキーンには、魔術師小隊としての訓練方法について何もアテはない。今月中になんとかひねり出す必要がある。


 キーンが挨拶を終えて指揮台から下りるとき、魔術兵の先頭に立つ金髪の女性魔術兵と目があった。先頭に立っているということは魔術師小隊の小隊長なのだろう。名簿にあった名まえは忘れたが、どこかで見たような気がしないでもない。


 魔術師小隊の小隊長は今のところ少尉補だが士官待遇だ。キーンたちと歳も同じはずなのでうまくやっていかなくてはならないが、朝の集合前にキーン以下の士官たちに挨拶あいさつにも来なかったところを見ると、少し心配ではある。いかんせん軍人としての教育を受けていないであろう魔術大学付属校出身者は軍人という意味では今日配属された新人たちと基本的には同じなので、そういった諸々もろもろを今の段階で求めても仕方がないと諦めた。


 キーンの『お言葉』の後をついで、ボルタ兵曹長が、


「それでは第1から第5中隊は今日の当番兵を残して、各中隊の訓練開始!

 新人は昨日教えた第1から第10までの10班に分かれて整列!」



 第1から第5中隊の兵隊たちは10名ずつの当番を残して、さっと訓練を開始するため、各所に移動していった。


「新人各班に5名の当番兵が手取り足取り・・・・・・面倒をみる」


 新人たちの間に今日の当番兵50名が入っていき、もたついている新人たちを移動させながら、10班を作り上げ、それぞれ号令通りに身体を動かせるよう訓練を始めた。このあたりは慣れたものである。午前中いっぱいこの訓練を続け午後からは行進の訓練が始まる。



「魔術師小隊については、1カ月間ですが、不肖ふしょう私、ボルタが訓練のお手伝いしますのでよろしくお願いします」


 魔術師小隊の小隊長は、卒業したての軍学校の卒業生が任官するときと同じく少尉補待遇、その他の魔術兵は曹長待遇だ。なのでボルタ兵曹長も言葉は丁寧になっている。


「ボルタさん、私がこの小隊の小隊長を務める少尉補メリッサ・コーレル。コーレル伯爵家の次女なの。こちらこそよろしくね」


「はい!」


 新たに軍学校からやってきた5人は少尉である。その5人はキーンの横に残って新兵たちの訓練や、第1から第5中隊の訓練を眺めていたが、ボルタ兵曹長と新任の魔術師小隊の小隊長のやり取りが耳に入ってきた。階級的には兵曹長のほうが少尉補より下なのかもしれないが、相手は連隊先任兵曹長である。現在、連隊には副連隊長相当の大隊長も副官もいない以上、実質アービス連隊のナンバー2である。「軍学校を出ているわけでもないから、その辺は難しいのかもな」

などと言って5人が5人とも苦笑いしていた。


 そもそも、下士官最上位の兵曹長より上の士官であるという自負があるなら、今日のうちに連隊長であるキーンのところに挨拶に来ても良かったと思うが強制できるようなものでもないので誰も黙っていた。



[あとがき]

忘れた方も大勢いらっしゃると思いますがメリッサ・コーレルは、ほぼ250話ぶりの登場。


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