第261話 アービス連隊5、魔術師小隊1


 年末が迫ってきた。これまでアービス大隊では近衛兵団に事務的なものを見てもらっていたが、連隊に昇格することと今後のこと・・・・・を考えて、3名ほど事務官が軍本営から送られてきており、経理や人事、駐屯地の細々こまごました仕事を受け持つことになった。考課表なども各評価者が事務官に提出して、そこでまとめられた考課表を連隊長となるキーンが最終確認した上で軍本営に送ることになる。



 新人が配属されるのは年が明けて5日目ということだった。アービス大隊では軍総長より金一封を受け取っており、ボルタ兵曹長と事務官たちは新人が配属されて最初の休日に新人歓迎バーベキュー大会を開くために準備を進めている。2000名を有する連隊に昇格するにあたり、まかないなどの増員もすでに駐屯地に配属されている。




 ジェーンは魔術の練習を続けているが、『強化』の発現には至っていない。キーンがジェーンに発動体を買い揃えようかと言ったところ、兵士が発動体を持つ余裕はないはずなので、いらないと断っている。


『強化』ができなくてもジェーンには『滑り止め』をかけているので、キーン自身はジェーンの軍学校受験に対してなにも心配はしていない。受験の手続きは年が明けてからだが、キーンとアイヴィーとで必要書類などの用意は終えているので、あとは提出するだけだ。書類に書いたジェーンの名前は『ジェーン・アービス』としている。これがジェーンのサルダナでの正式名となる。


「キーンお兄さん、お兄さんが簡単そうに『強化』するから、私も簡単に『強化』できると思っていたけど、全然できない」


 軍学校の実技の試験は、20キロの砂の入った背嚢を背負っての1キロ走なので『強化』ができれば楽勝だと思っていたのだが、完走できずに途中棄権でもしてしまうと、いかにゲレード少佐が取りなしてくれたとしても合格は難しいかもしれないとキーンも考えてしまった。


「ジェーン、砂を入れた背嚢を背負って1キロ走れるかい?」


「なんとか完走だけはできるようになったけど、最後の方は歩くような速さになっちゃう」


「歩いてもいいんだよ。途中で棄権さえしなければ」


 キーンも少し安心したが、たしかに小柄なジェーンでは20キロも重しの砂の入った背嚢を背負っての1キロ走は相当きつい。なんとかならないか? ジェーンが自分に強化をかける分には問題ないがキーンがかけてしまうとたしかに目立ってしまう。


『そうだ! 試験当日、ジェーンが背負う背嚢の中になるべく小さなミニオンを作って、上に吊り上げてやれば重さを軽くできる。これだ!』


 なかなかいい方法を思いついたキーンは、うれしくなってしまった。入学試験当日は休日だったはずなのでこの作戦は実行可能である。


 とはいえ、そういった方法で入学できても、入学後は苦労することになるので、やはり『強化』ができた方がいい。自分自身なにも考えずに魔術が発動できてしまうキーンは、人に教えることが苦手であるというか、セルフィナ以外にはうまく教えることができない。


 キーンは今まですっかり失念していたようだが、年が明ければ、新人1000名だけでなく魔術師小隊として同年代の魔術師が10名やってくる。


 魔術大学付属校の3年生など魔術師といっても名ばかりで、魔術が多少出来るだけの新人10人だ。一般兵なら部下の兵隊たちに任せることができるが、魔術兵については自分が面倒を見ざるを得ないことに気づいてしまった。


――マズい! これは非常にマズい。10人に対して何を教えようか? 最初の1カ月は他の新人と一緒の扱いでいいけど、その後はなにか別のことを考えなくてはいけない。


――いやいや、そうじゃない。魔術兵に何をやらせたいのかしっかり決めて、それに沿って訓練しなくちゃ。


――そうか、うちに配属される魔術兵たちが『強化』をかけることができるように成れば、その魔術兵たちを他の部隊に派遣して、その部隊に配属されている魔術兵に『強化』を教えることができる。そうすれば僕がいなくてもサルダナ軍が『強化』される。これだ!


――ということは、ジェーンには悪いけど、ジェーンに色々教えて、それを今度くる魔術兵たちに試してやろう。10人もいれば一人くらい早く『強化』を使えるようになるだろうし、その一人が他の魔術師にコツ・・を教えれば、全員が『強化』を使えるようになるのにそんなに時間がかからないかもしれない。



 キーンは気づいていないのか、忘れてしまっているのか、自分以外に対して強化関連の魔術を発動できないことは、現在の魔術界では常識である。キーン、そしてセルフィナだけがその常識の例外なだけだ。これまで、キーンが魔術を教えたことがあるのは、セルフィナとクリス、そしてジェーンの3人だけだ。


 ジェーンについてはキーンが魔術を教えた成果は今のところ出ていないが、セルフィナとクリスについては大いに成果が上がっている。と、キーンは自己評価している。セルフィナは間違いなく魔術の天才だし、クリスは魔術の秀才だ。そのことはキーンの頭の中にはなかった。さらに、一般魔術師の魔力の枯渇問題もキーンの頭の中からすっかり抜け落ちていた。やはりキーンが普通の・・・魔術兵に対して魔術を教えることには無理があるのかもしれない。


 自分が魔術兵たちに対してちゃんと魔術教育を施せると想像することはいたって簡単だが、果たしてキーンは魔術界の常識をくつがえすことができるのか?



 年末、軍学校の1号生徒は軍学校での最後の試験を受けた。キーンももちろん試験を受けたが、今期もギレアに出陣していた関係で、授業に満足に出ていなかった。いつものように試験勉強など全くしていなかったキーンは、試験の内容のうち3分の1は全くわからなかった。座学の順位は学年最下位である。その結果、怒涛どとうの追試が年末数日間にわたって行なわれた。


 ゲレ―ド少佐がキーンの追試担当となったのだが、


「アービス、年が明ければ中佐になるそうじゃないか。だからといって追試は追試だ。いい思い出になりそうだな。アハハハ」


 3日間にわたりキーン一人が追試を受け、それでやっとキーンは開放された。あと2日で新年である。




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