第260話 アービス連隊4


 自宅から寮に戻ったキーンは、翌朝早めに学舎に向かい1号生徒担当のゲレード少佐の教官室を訪れた。目的は、ジェーンのためにコネを最大限に使おうというものだ。バーロムから王都に出てきたときから2年半ちょっとで、見違えるほどキーンは世慣れたのである。


「ゲレード少佐いらっしゃいますか?」


『おう。アービスか。中へ入れ』


「失礼しまーす」


 キーンが部屋に入るとゲレード少佐はお茶を飲んでいるところだった。


「教官、おはようございます」


「おはよう。朝早くからなにかあったのか?」


「お願いがあって参りました」


「ほかなならぬアービスの頼みならば、できることなら頼まれてやる。言ってみろ」


「はい。実は私の養女が来年軍学校に受験するのですが、教官のお力でなんとか受からせていただきたいのですが」


「なんだ、そんなことでいいのか。簡単だ。任せておけ。

 入学はさせてやることはできるが、実力もなくただ入学するだけでは、その後が大変だぞ。その辺りはどうなんだ?」


「頭のいい子ですし、身体は小さいですがなんとかなると思います」


「アービスがそう思うのなら、大丈夫だろう。

 そういえば、お前の養女というのは、ダレンのデクスフェロの操縦者だった子どもだったよな?」


「はい。そうです」


「軍学校に入りわが軍の軍人に成ればダレンと戦うこともあるだろうが、その辺は大丈夫なのか?」


「そのことは本人に確認しました。問題ありません」


「ならいい。任せておけ。実力で合格すればそれまでだが、点数が足りないようなら、来年の枠を1名増やすだけだ。アービスが編入したときと同じだな。アハハハ」


「それでは、教官、よろしくお願いします」


 キーンが頭を下げて教官室を出ようとしたところで、ゲレード少佐に呼び止められた。


「アービス。

 ここだけの話だが、私もお前たちと一緒にここを卒業することが決まった。次の勤務先は部署は違うが古巣の軍本営になる。軍直轄連隊長・・・殿、その時は・・・・よろしくな」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」



 ゲレード少佐の教官室を出たキーンは上機嫌で教室に向かった。


『意外に簡単だった。ジェーンの気が緩んじゃいけないから、このことは言わないでおこう。こういうのも滑り止め・・・・というのかな?』



 その日の座学も、いつも通りこなしたキーンは、午後からソニアたちと連れ立って訓練場に向かった。その途中6人で歩きながら、


「新しくくる5人が誰か、やっぱり気になるよね」と、ソニアが切り出した。


「俺たちのときと同じで、成績順だろ」とトーマス。後の3人もうなずいている。


 そこでキーンが、


「セントラムに戻って駐屯地に最初に顔を出した次の日の朝、校長に挨拶にいったんだけど、その時誰か欲しい生徒がいるかと聞かれたんだよ」


「なにそれ。キーンくん、今まで隠してたんだ」


「隠す必要もなかったんだけど大した話じゃなかったからみんなには話さなかっただけ」


「なんて答えたの?」


「『みんな優劣つけがたい同期ですので、だれが配属されても問題ありません』って返事しておいた」


「言ってることはそのとおりだと思うけど、確かにそれじゃあ意味ないわね」


「キーンは最近口が上手くなったよな」


「「そう思う」」


 キーン以外の4人がトーマスの言葉にうなずいた。


「思ったことを言ってるだけで、そんなことはないと思うけどな」


「キーン、口が悪くなるより、口が上手くなる方がよっぽどいいんだから、めてるんだぜ」


「そうかい?」


「そうなんだよ」


「まあいいや。それで、話は変わるけど、

 今朝けさゲレード少佐に用事があって、教官室にいったんだ。そのとき少佐から聞いたんだけど、少佐も僕たちが卒業したら軍本営に異動するんだって」


「へー、そうなんだ。私たちは軍本営直轄だから、ゲレード少佐にこれからも縁がありそうだよね」


「そういうのを『腐れ縁』っていうのかな?」と、トーマス。


「トーマス、あなたは口がだんだん悪くなっているわよ。そんな事を言っていると、トーマスが将来異動してゲレード少佐の部下になるかもしれないわよ」


「それはちょっと。これからは、気をつけよ」


 6人はそんな話をしながら訓練場に到着した。ソニアたちはそれぞれ自分の中隊のもとに走っていき、キーンは全体を見ているボルタ兵曹長のところに走っていった。黒玉は騎兵連隊に貸し出したままになっているのでここにはいない。アービス連隊がモーデル解放軍となるときには、騎兵連隊に譲渡してもいいとキーンは思っている。


「大隊長殿、ご苦労さまです。

 2度の実戦を経たせいか、なかなか訓練に迫力が出てきました」


「確かに良い動きをしてるね」


「自分の同期の者が言っていましたが、また金一封が大隊に出るようです」


「この前軍総長のところに挨拶あいさつにいったときにはその話はなかったから忘れてたけど、貰えれば嬉しいよね」


「前回と同じ金額らしいですが、今回はどうしましょうか?」


「ほんとうは、今の1000人で使ったほうがいいんだろうけれど、年が明けて新人が1000人ほどくるから、歓迎会でもしようか?」


「また、バーベキューですな」


「今回は歓迎会だから、部隊員だけでいいと思う」


「わかりました。まだ先ですが少しずつ手配しておきます」


「よろしく」


 キーンは、遺跡の倉庫にあった金銀の山のことがあって気が大きくなっているのも確かである。金のインゴットを何本か持って帰っていれば、実際にふところが温かくなっていたのだが、残念なことに現状気持ちだけ温かだった。



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