第259話 キーン、ジェーンに魔術の手ほどきをする。


 キーンはなんとか話を引き伸ばしたのだが、とうとう話も尽きてしまったので、仕方ないけれど、ダンスの練習のため席を立ちかけたところで、クリスがなにか思いだだし、話を始めてくれた。


「そうそう。

 今思い出したんだけど、今度うちの学校を卒業する生徒のなかで成績優秀者を10名選抜してキーンの部隊に入れるんですって。わたしにも話があったんだけど、当然断ったわ」


「あら、クリスお姉さま断ったんですか?」


「だって、わたしセントラム大学に進もうと思っているし、そうでなくても婚約者がいるところへ入ったら変じゃない」


「確かに」


「すっかり忘れてたけど、僕もそのことを軍総長に言われてた。その10人で魔術師小隊を作るんだって。いちおう全員士官待遇みたいだから少尉になるんじゃないかな」


「キーンさんがいるのに魔術師小隊ですか?」


「軍では、僕のところに優秀な魔術師を入れれば何か吸収できると思ってるみたいなんだよ。軍総長によると、将来魔術師団を背負って立つ人材を育てたいとか」


「キーンさんが教えれば、きっとその10人は『強化』を覚えて、サルダナ軍になくてはならない人材になると思います」


「セルフィナ、その10人のうち一人でも他者に対する『強化』を使えるように成ればね。でも、いちおう魔術大学付属校で実技、座学ともに成績トップのわたしがキーンに指導されても他人に対する『強化』なんて全く使えないからなかなか難しいと思うわよ」


「そうかなー?」


「だって、セルフィナはキーンにはたしかに及ばないかもしれないけど間違いなく天才だもの。はっきり言って、魔術大学付属校の生徒と言ってもキーンやセルフィナに比べれば、わたしを含めてタダの凡人よ」


「……」


 結局それからソーン邸の本館でダンスの練習をし、食事を挟んで、午後もダンスの練習をしてキーンは自宅に帰っていった。もちろん気持ちだけぐったり疲れての帰宅である。自宅に帰って夕食を済ませたら寮に戻らなくてはならない。




 クリスたちとダンスの練習レッスンをしてすっかり気疲れしたキーンは、自宅に戻ってシャワーを浴び、今は食堂のテーブルをアイヴィーとジェーンと3人で囲って早めの夕食をとっている。


「キーン、セルフィナさんはモーデル解放軍についてなんと言っていましたか?」


 アイヴィーにも、アービス大隊が連隊になり名まえを変えてモーデル解放軍なる話はしているので、セルフィナがどう返事をしたのか気になったようだ。


「ちゃんとその気があるようだった。本人はモーデル解放軍の先頭に立ちたがっていたけれど、安全ではないので、このまま学生を続けておくようみんなでなだめておいたよ」


「モーデル解放軍としてキーンの強化した2000名もの兵隊たちがモーデルに向かえばそこまで苦労せずモーデルからエルシン勢力を取り除くことができると思いますが、戦い以外の面でも気を抜けませんから注意してください」


「セルフィナさんの護衛のサファイア・ノートンさんが付いてきてくれるらしいから、心強いよ」


「あの人なら、モーデルの宮殿内のことをわかっているでしょうから大丈夫でしょう」


「あと、ジェーンには話していなかったけど、聖王宮の地下にいた鎧の巨人の話もしたんだ。ジェーンはその話を聞いても平気かな?」


「私なら平気」


「なら良かった。モーデルの宮殿の地下にデクスフェロによく似た感じだけど大きさは5割増くらいの鎧の巨人がいたんだよ」


「そうなんだ。何かデクスフェロと関係があるのかな?」


「名まえがデクスシエロってそこにあった銘板に書いてあったから、関係があるかもしれない。だけど中に乗り込むための出入り口はなかったんだけどね」


「ふーん」


「で、その話をセルフィナさんたちに話したら、アイヴィーの予想通り、あの巨人はモーデルの軍事アーティファクトで、動かなくなって300年も経つんだって。その間にモーデルが今の国まで小さくなったんだって」


「やはりそうでしたか」


「だれも動かし方を知らないらしいけど、動かすことができればエルシンだろうがソムネアだろうが恐れることはないんだろうけどね。あのときはあまり詳しく見なかったけれど、モーデル解放軍として聖王宮に入ることもあるだろうからその時は詳しく調べてみるよ。

 そう言えば、ジェーンの軍学校への受験勉強はどんな感じ?」


「勉強の方はアイヴィーに教えてもらいながら頑張ってる。体作りはまだまだみたい」


「今日、クリスに聞い話だけど、

 クリスは今の魔術大学の付属校を卒業したらセントラム大学に進むんだって。勉強の方は頑張ってるみたい。このまえ僕の凱旋記念と婚約発表をした時の最初の司会をしていたクリスのお姉さんは、いまセントラム大学の学生ということだけど、そのお姉さんが言うには、受験の手続きだけちゃんとしてれば、なんとでもなるって」


「それはそれは」


「ジェーンもそんな感じでなんとかならないか誰かに聞いてみようかな?」


「キーン。キーンはそんな感じで軍学校に編入しましたが、それはキーンにそれなりの実力があったおかげで問題なく軍学校の学生としてやっていけただけです。そういった方法で入学しても学力や体力が水準に満たなければ、本人が苦労することになります」


「軍学校の場合、入ってしまえば、落第することなく必ず3年で卒業できるんだけどね。軍学校では試験に落第はないんだよ」


「そうなの?」と不思議そうにジェーン。


「だって、合格するまで何回でも追試があるし、実技も決められたことができるまでいつまでも練習させられるから」


「キーンなら大丈夫でしょうが、身体が弱ければ身体を壊してしまいます」


「ジェーンは身体が弱いの?」


「背は低いけど身体は丈夫」


「なら大丈夫。そういえば、ジェーンは魔術が使えたっけ?」


「『ライト』と『ファイア』くらいはできるけど、それ以外は全然できない」


「発動体を今度用意してみようか? あれがあると魔力を意識することが簡単になるそうだから、それで訓練していけば少しずつうまくなるよ」


「だって、キーンお兄さんはそんな物使わないんでしょ?」


「僕の場合は爺ちゃんのマネだったから使ってなかったけどね」


「なら、私はお兄さんのマネをしてみる」


「よーし、それならあんまり時間は取れないけれど、ちょっとだけ今教えてあげるよ」


「ヤッター!」


「入学試験までに『強化』ができるようになっていれば実技は楽勝だから、それだけ頑張ってみようか?」


「はい! 先生」


「それじゃあ、様子見のため最初は『ライト』で明かりをともして見せてくれるかい?」


「はい! えーと、『ライト!』」


 ジェーンの声と同時にテーブルの上に小さな明かりが灯った。


 ジェーンがにっこり笑って「できた」


「なかなかいいね」


「まずは、感覚の確認をしようか。

『ライト』を灯す時に、明かりが灯るところに向かって魔力がすっと抜けていく感じってあったかな?」


「うーん。意識しなかったからわかんない」


「それじゃあ、今度はそういったところを意識して『ライト』をやってみよう」


「明かりがついたままだけどいいのかな?」


「そこは気にしなくていいよ。同じところに明かりを灯すつもりで『ライト』で明かりつければ魔術は上書きされるから」


「ふーん。意識する、意識する、体の中の魔力を意識して外に出ていくところを意識する。

『ライト!』

 あれ?」


「ジェーン、意識しようという思いが強すぎて失敗だったようだよ。もう一度」


「はい。

『ライト』

 あっ! なんか感じた気がする」


「何回も練習していけば、感覚はもっと簡単につかめるようになるから」


「はい」


「十分意識できたとして、つぎは、その魔力を外に向かわせずに、身体からだ全体に巡っているって思うんだ。

『魔力が身体を巡って、身体を強くする』そう強く思っていると、本当に身体が魔力で強くなるんだよ。それが『強化』なんだ。こんな具合にね『強化!』」


 キーンの最後の言葉と同時にキーンの身体が6色の光の帯で包まれた。


「自分を力強く、速く、巧みに、疲れにくく、丈夫に、最後に感覚を研ぎ澄ませる。これで6種の強化が一度に発動するんだ」


「いつも見てるけど、凄い。キーンお兄さんが今言っていたことを一瞬でやっちゃったんだね?」


「慣れてくると意識しなくてもできるようになるんだよ。多分だけどね」


「まずは『ライト』から、勉強の合間に試してみる」


「そんなに頑張らなくてもいいけれど、短い時間で回数こなしていけばいいよ」


「わかった」


「そろそろ僕は寮に戻るよ」


「キーン、荷物は玄関に出しておきましたから」


「いつもありがとう」


「キーンお兄さん、来週には『強化』ができるようになってるからね」


「できなくても気にしなくていいから。じゃあ」




 キーンは席を立って、玄関に向かった、アイヴィーとジェーンもキーンを見送りに玄関に。


「いってきまーす」


「「いってらっしゃい」」



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