第258話 キーン、セルフィナに説明する。2


「あっ! そうだ、思い出した。思い出せてよかった」


「キーン、無理して思い出さなくてもいいのよ」


「アイヴィーのケガを治すためにモーデルの遺跡にいったことは手紙に書いたと思うけど、その遺跡でのことを話すよ」


「キーンのお義父とうさんがアイヴィーさんを見つけた場所にいって、そこでアイヴィーさんのケガを治したんじゃなかったの?」


「そうなんだけど、続きがあるんだ」


「うん?」


「まず、最初にアイヴィーが昔入っていたって言う箱の中にもう一度入ったら、そんなに時間もかからずアイヴィーの肩はすぐに治ったんだ」


「それは、手紙に書いてあったわ」


「手紙には書かなかった続きがあるんだよ」


「なに?」


「実は、アイヴィーがいたという部屋の他に別の部屋があったんだ。いきには通路がなかったんだけど、帰り道にその通路が開いたらしい。

 それで、その通路の先にあった部屋に入ったんだけど、そこは金属のインゴットが積まれた倉庫だった」


「そうなんだ」


「で、その金属なんだけど、金、銀、銅、その他僕の知らない金属もたくさんあった」


「金、銀、銅のインゴットって、すごいじゃない」


「すごいと言えばすごいんだけど、そのインゴットが小山のように積み重ねられてて、一山だけでもものすごい数のインゴットがあったんだよ」


「ものすごい数って?」


「縦30センチ、横10センチ、高さ5センチのインゴットが底に100個、一段上がるたびに1個減っていって一番上が1個だから1から100まで足した数。それが奥行き10段。1から100まで足すと5050だから50500個のインゴットになる」


「金の山も同じ大きさなの」


「インゴットはどの金属も同じ大きさで、山の積み上げ方も同じ。そういった山が数え切れないくらいあった。

 セルフィナさんのために役立てることができるんじゃないかなって思ったんだ」


「キーンさん。私のために、本当にいいんですか?」


「だって、一人で使えるようなものじゃないし、国のために役立つのならそれに越したことはないから」


「ありがとうございます」


「キーンって前から思ってたんだけど気前はいいわよね。お金はいくらあっても困るもんじゃないし、国ともなればその金銀銅でお金を作ることができるから、インゴットとして売ってしまうよりいいかもしれないわ。そういったことは、メアリー姉さんが詳しいから、今度会ったらたとえ話で聞いてみる。そういえば、メアリー姉さんは来春セントラム大学を卒業するんだけど、卒業したらお父さまの秘書になるんだって。メアリー姉さんは将来は侯爵になるわけだから、お父さまみたいに財務卿になると思うわ。

 それでキーンの話はそれだけ?」


「いや、まだ続きがあるんだ。

 その倉庫を一通り見て回って、通路を引き返して元の場所に戻ったら、また新しく通路が現れたんだ」


「まさかその通路の先にも金銀があったとか」


「いや。そうじゃなかったんだけどね。

 今までの通路も5、6キロあってかなり長い通路だったんだけど、その通路は下り坂で30キロほどあったんだよ」


「30キロって、かなりよね」


「最初の2時間は歩いたんだけど、どこまで通路が続くのか分からなかったんでそこからアイヴィーと二人で走って1時間くらいかかったから」


「モーデルってそんなに大きな国じゃないから、30キロもいけば相当よね」


「僕たちの入った遺跡はモーデルの北の山の中だったんだけど、そこから30キロ南に下ったんだ。アイヴィーによると、おそらくモーデルの聖王都の地下だろうって」


「そんなところまで」とセルフィナ。


「うん。それで、30キロ先は扉とかなにもない行き止まりだったんだけど、正面の壁はそれまでの通路と違ってもろそうな石組みだったんだ。それでその先がどうなっているか壊してみたんだよ。壊したのは肩の治ったアイヴィーだけどね」


「……」


「予想通り、石壁は簡単に壊れて崩れたんだけど、壊した壁の先は、直径で20メートルほどの丸い部屋だったんだ。中に入って上を見上げるとかなり上に青空が見えたんだよ。要はとてつもなく大きくて深い井戸の底って感じかな。それでその丸い部屋の正面の壁がくぼんでいて、そこに鎧の巨人の像が立っていたんだ」


「その鎧の巨人こそ、モーデルの宮殿に眠る軍事アーティファクトだと思います。私は見たことはなかったのですが、父上へいかの話ではだれも動かすことができずに300年間眠っているとか。そのアーティファクトさえ動かすことができればモーデルは過去の栄光を取り戻せるとのことでした」


「そうなんだ。

 実は、巨人の足元に『天空の覇者:デクスシエロ』と書いてある銘板があって、その下に謎の文字で碑文が書かれていたんだ。

 アイヴィーにその文字が読めないかと聞いたら読めるって。アイヴィーが読んでくれた文言もんごんは正確には覚えていないけれど、『巨人が空を飛んで下界をにらめば、何者もモーデルに逆らえない』って意味だったと思う」


「その巨人を動かすことができれば、モーデルからエルシンを追い出すとかの話じゃなくて、もっと大きな話になるわ」とクリス。


「クリスの言う通り、碑文の話が本当ならば、エルシンもソムネアも退しりぞけて、モーデル帝国を再興することができそうだ。そうなると、セルフィナさんは、皇帝陛下になるわけか」


「こ、皇帝こうてい。私が皇帝……」


「ねえ、セルフィナは見たことないと言っていたくらいだから、そのアーティファクトの動かし方はわからないでしょうが、だれか動かし方を知っていないかしら」


「知っているとすれば父上へいかくらいしか思い浮かびません」


「もし聖王陛下が動かし方を知っているとすると、動かし方だけでは動かせないということだから、やはり巨人を動かすことは簡単じゃないでしょうね」


「もう少し調べておけばよかったな。動きそうになかったからすぐに帰っちゃったことが悔やまれる」


「キーン、それは仕方ないわよ。

 今度モーデル解放軍としてモーデルにいったら聖王宮にもいくでしょうから、そこでじっくり調べればいいわ」


「そうだね。井戸の石壁に沿って階段があったから上から下りることもできると思う。今度は上から井戸の底に下りてよく調べてみるよ」


「ただ闇雲に調べてみてもなにもわからないと思うけど。

 それよりエルシンが自国に持って帰らなかったことが不思議ね」


「あの大きさの巨人を井戸から出すことができなかったんじゃないかな。ロープで吊り下げるにしても1本じゃ足らないし、そもそも井戸の底から地面まで、200メートルはあるってアイヴィーがいってたから」


「200メートルもあるんじゃとてもじゃないけれど井戸から出せないわね。だけど、エルシンはその巨人が動けばモーデルが復権するかもしれないと知っているのかしら。そのことを知っていて、動かすことができないとなると、わたしなら、二度と日の目を見ないよう井戸の中に石や土砂を放り込んで埋めてしまうけどな」


「確かにクリスの言うとおりだね。

 僕なら、井戸の上から下を覗き込んで巨人が見えれば魔術で引き上げることは簡単なんだけどね」


「ねえ、セルフィナ」


「クリスお姉さま、どうかしましたか?」


「キーンがその巨人を自由にしていい?」


「だれも動かせないのなら、どうしようといいんじゃないでしょうか。そのそもキーンさんは私の異母兄弟のお兄さんで、王子なわけですし」


「すっかりその事を忘れてた。

 お許しが出たので、わざわざ外から階段で降りなくて済むからいったん井戸から出して様子を見よう。

 だけど動かせたらいいなー。

 試しに『動け! デクスシエロ』とか言ったら僕が吸い込まれて動いたりして」


「なにが起こっても不思議じゃないからそんなこともあるかもね。

 まだお昼には時間があるから、さっそくダンスの練習レッスンよ」


「えっ、これから?」


「そう。これから昼食を挟んで午後も練習レッスンよ」


 がっくり肩を下ろすキーンだった。


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