第257話 キーン、セルフィナに説明する。1


 キーンが1号生徒の教室に入ると、ほとんどの生徒が登校していた。


 何やら機嫌がよいキーンが教室に入ってきたところを見た生徒が、


「キーン、朝からなにニヤニヤしてるんだ?」とたずねてきた。それくらいはっきりわかるらしい。


「さっき校長に挨拶あいさつに行ったら、補習の心配はしなくていいって言われたから」


「そんなことでそこまで嬉しいのか?」


「だって、いまは午後からすぐに訓練場にいってるから、訓練が終わって教室に戻ってそれから補習となると夕食が遅れるし」


「ハハハ。夕食が心配だったのか。キーンらしいと言えばキーンらしい」




 キーンは授業の前に担当のゲレード少佐が顔を見せるかと思っていたが、それはなく、普通にその日の最初の座学が始まった。



 午前中の座学がなにごともなく終わったところで、キーンたちはすぐに食堂にいき、昼食を済ませて訓練場にむかった。普段の生活に戻ったようだ。



 こうして、普段どおり数日が過ぎ、次の休日になった。


 キーンは前日自宅に戻り、自宅からクリスの屋敷に向かった。クリスからは余裕があれば久しぶりにダンスの授業があると手紙の返事を受け取っていたので、なんとか余裕のないよう話を長引かせようと思っていた。


 約束の時間は午前9時の10分前にソーン邸の門に到着したキーンは、侍女に案内されて、そのままセルフィナたちのいる離れに連れて行かれた。


「アービスさまがいらっしゃいました」


 侍女の声で、離れの中から別の侍女が玄関に現れて、キーンを中に案内してくれた。


 普段は居間に通されていたが、わざわざ話があると断ってからの来訪だったためか、今日の話は応接室に通された。クリスに秘密にする必要はないので、クリスにも同席してくれるよう手紙に書いている。


「おはよう」


「キーンおはよう。お久しぶり」とクリス。


「キーンさん、おはようございます」「「おはようございます」」とセルフィナたち。


「何だか無茶をしたみたいだけど元気そうで良かった。アイヴィーさんも元通りって言うから安心したわ。もうあまり無茶はしないで」


「敵がいきなり現れたから、今回は仕方なかったんだけどね。あの時は実感がなかったけれどアイヴィーのおかげで命拾いした」


「キーンさん、クリスお姉さまも心配してましたよ」


「ごめん」


「まあ、こうして無事に帰ってきたから許してあげるわ。

 それで、セルフィナに話があるってことでしょ。わたしが聞いてもいいてことはどういった話なのかしら?」


「クリスに直接は関係ないんだけれど、いずれ話すことになるだろうから一緒のほうがいいかなと思ったんだよ。

 それで、セルフィナさん。いちおう確認しておきたいんだけれど、セルフィナさんたちはまだモーデルに帰りたいんだよね?」


「もちろんです」


 セルフィナの言葉にノートン姉妹も黙ってうなずいた。


「そうでなかったら話がややこしくなったんだけど、気持ちが変わっていないんだったらよかった」


「ややこしくなる?」


「いや、なんでもない」


 ここで、そんな気はなくなったと言われたらキーンにとって一大事だったので、キーンはすっかり安心した。


「順を追って話していくよ。

 まず、先の戦いでエルシンの3人いる超戦士『黄金の獅子』の一人を僕とアイヴィーで斃したんだ」


「その話はうかがっています」


「うん。それで、エルシンとしても、『狂戦士』ではサルダナの光の騎兵隊を斃せないので、またギレアに攻め込んでボスニオンを攻略しようとすればどうしても『黄金の獅子』を出さざるをえないけど、また失う可能性もあるのでうかつには出せない。ここでまた一人『黄金の獅子』を失ってしまえば、ソムネアとの国境が危うくなるからね。

 そういうことなので、軍では、エルシンの再度のギレア攻略戦は当分先のことだと見込んでるんだ」


 セルフィナもクリスもうなずいている。ノートン姉妹はじっと黙って話を聞いている。


「年が明けると、僕の大隊が連隊に昇格して、新たに1000人新人が配属されるんだ」


「そういえば以前そんなうわさがあるってキーンが言ってたわよね。ホントだったんだ」


「そう。ホントだったんだよ。文字通りの新人なのでこれまで通り訓練していくしかないんだけど、半年もあればなんとかなるかな」


「それで?」


「半年くらいしてアービス連隊・・が部隊として動けるようになったら、連隊がそっくりそのままモーデル解放軍に出向する予定なんだ」


「モーデル解放軍とは?」


 ノートン姉妹の姉のサファイヤが怪訝けげんな顔をしてキーンにたずねた。


「セルフィナさんたちは知っているだろうけど、モーデルではエルシンから嫁いだ正妃が男子を生んだそうで、セルフィナさんからその男子に嫡子を変えたそうなんだ」


 その言葉にセルフィナがうなずいた。


「その子が聖王陛下の後を継ぐ前に、セルフィナさんをモーデルの正式な後継ぎにするためセルフィナさんを旗頭とした軍を作ろうとサルダナ軍本営が考えたんだよ。その軍の名まえがモーデル解放軍。中身はアービス連隊が名まえを変えただけだけどね」


 今のキーンの言葉を聞いたノートン姉妹の妹のルビーが目を大きく見開き、


「サルダナ軍が殿下のために軍を出してくれるということですか?」


「うん。そうすればモーデルがエルシンに完全に乗っ取られずに済む上、新モーデルは今後サルダナに便宜べんぎを図ってくれるだろうという打算もあるとは思うけど。

 ということなので、セルフィナさんの意向をまず最初に聞いたわけなんだ」


「わかりました。私はいまセントラム大学の付属校に通っていますが、学校は辞めてキーンさんとモーデルに帰ります」


「セルフィナ、なにも学校は辞めなくても休学でもいいのよ」と、クリス。


「いえ、一度モーデルに戻ればセントラムに出ることは容易ではありませんから」


「セルフィナさん。セルフィナさんが従軍しなくても、モーデルからエルシン勢力を追い出したらそこで聖王都に呼ぶから、それからでいいんだよ」


「いえ、私も何かのお役に立てるはずです」


「うーん。

 まだ先の話だからそこらへんを詰める必要はまだないか。できればセントラムにいてもらいたかったけど」


「殿下、アービスさまもそうおっしゃっています。従軍されたいお気持ちはお察ししますが、戦場では殿下の護衛も難しくなりますし、兵士たちも気兼ねします」と、サファイア。


「……。わかったわ。よく考えておく」


「殿下、私が従軍しますのでそれで満足してください」


「姉さん、姉さんだけが従軍するの?」


「殿下の護衛が必要でしょう」


「うっ。わかった。でも姉さんがついていく必要はあるの?」


「モーデルの地理、特に王宮内に詳しい者が必要でしょう」


「姉さんに負けたわ。もしかして姉さんこんな事もあろうかと、前から考えていなかった?」


「フフ。年の功とでも思ってなさい」



「サファイアさん、いずれにせよ夏以降の話ですから。

 そういえばさっきからクリスが黙っているけれど」


「来年の夏か。わたし、その頃何しているのかなーって思ってた」


「魔術大学の1年生じゃないの?」


「うーん。どうしようかなって悩んでるの。いちおうセントラム大学に受験しようかとも思って勉強は前からしてたの。キーンには話してなかったかな」


「魔術は止めるの?」


「だって、キーンとこれからずっと一緒なんだし、わたしが魔術を学ぶより他のことを学んだほうが将来キーンの役に立つと思ったの」


「そうだったんだ。クリス、ありがとう」


「どういたしまして」


「でも、セントラム大学に受かりそうなの?」


「セントラム大学にいるメアリー姉さんに聞いてみたのだけれど、受験さえすればなんとかするっていってたわ」


「ハハハ。『なんとかなる・・』じゃなくて『なんとかする・・』か。それはいい。使えるコネは使わないとね」


「そういうこと。だけどあまりみっともないことはできないからそれなりには頑張るつもり」


「僕も応援するよ」


「キーン、ありがとう。

 セルフィナへのお話はそれでおしまい?」


「えーと、おしまいかな?」


「キーンがわたしに聞いてどうするのよ。

 お話が終わったのなら、本館の広間でいつもどおりダンスの練習よ。キーンは長いことダンスしていないからかなりなまってると思うから、今日はみっちり練習するわ」


「えっ!?」





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