第255話 アービス連隊2

[まえがき]

2022年4月16日13時

『第250話 バーロムへ』の中に、商業ギルドを訪ねる前に「テンダロスの墓を訪ね王都に出てからのことを報告した」の一文を挿入しました。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 キーンは休暇を早々に終えてセントラムに帰還したため、軍総長に帰還の報告に行ったところ、軍総長からモーデル解放軍なる話を聞かされてしまった。



 軍総長執務室を辞したキーンは、これでセルフィナのために表立って働けることは有り難かったが、万が一セルフィナがモーデル帰還を断ったらそれこそ大問題だと考えていた。



――軍本営に報告にいっただけだったのに、大変なことになっちゃった。これはなんとしてもセルフィナさんに先頭に立ってもらうしかない。


――今の話に驚いてしまったけれど、連隊の中隊長として5名同期が来てくれればありがたい。


――明後日は休みだから、セルフィナさんに会ってよく話をしないといけないな。




 大隊の訓練場に戻る間そのことについていろいろ考えたが、セルフィナの今後がひとえに自分にかかっていることに気付き責任の重さをずっしりと感じると同時に、決意を新たにもした。このときキーンは魔術師小隊が魔術大学付属校の生徒、しかも一度は自分の同級生だった面々が配属されることをすっかり忘れていた。




「大隊長殿、どうされました?」


 訓練場に帰ってきたキーンがいつもと雰囲気が違うのでボルタ兵曹長が尋ねてきた。


「軍総長に挨拶に行っただけなんだけど、エライことになってしまった」


「エライこととは?」


「いずれ、発表されると思うけれど、それまでは他言無用で」


「もちろんです」


「まず、年明けには、うわさ通り新人が1000名配属され、大隊は連隊に格上げされる。士官が足りないので、ソニアたちの時と同じように軍学校から僕の同期を5名中隊長としていただけることになった」


「それでしたら隊の運営も今まで通りですから楽ですな。ですが大隊長殿、それだけでエライ事というほどじゃありませんから、まだお話の続きがお有りですな?」


「実は、新人が配属されて訓練が行き届いて動けるようになったら、連隊まるごとよそに出向になる」


「出向というと、第1から第3兵団のいずれかに貸し出されるというわけですか? ルクシオン攻略を考えれば第1兵団でしょうか?」


「将来そういうこともあるかもしれないけれど、モーデル解放軍という軍に出向になる」


「モーデルですか? モーデルの姫君がこのセントラムにいらっしゃるとかいううわさは聞いたことがあります」


「そうなんだよ。

 それで、嫡子だったその姫君の名まえはセルフィナ殿下というんだけど、エルシンからやってきた正妃に男子が生まれたため廃嫡されたんだ。それでセルフィナ殿下を旗頭にしてモーデルからエルシン勢力を追い出してしまおうという腹らしい」


「なんと。

 それで、モーデル解放軍の規模はどの程度のものなのでしょうか?」


「殿下と、殿下の護衛のほかは僕たちだけ。年が明けてできるアービス連隊が名まえを変えてモーデル解放軍になるらしい。補給などはサルダナ軍が面倒見てくれると思うけどね」


「ほう。アービス連隊だけでことに当たれるなら気兼ねもありませんし、身軽な分動き易いかもしれませんな。

 うまくことが運べば、出向とは言え大隊長殿はモーデル解放軍の実質的なトップですからモーデルの大貴族になられるかもしれませんな」


「まあ、そういったこともあるかもね。いくらモーデル聖王国に権威があっても小国は小国だから大貴族といってもね」


「そこはそれ、気持ちだけでもうれしいじゃありませんか」


「そうかも知れないけど、とにかくセルフィナ殿下の運命が僕たちにかかっているわけだから気を引き締めていかないとね」


「もちろんです。そうなると、不思議なもので新人がくるのが待ち遠しくなりますな。

よーし、鍛えてやるぞー!」


「ほどほどにね」



 午前中の訓練が終わり、キーンも兵舎で兵隊たちと昼食をとった。アイヴィーの肩はすっかり良くなったとみんなに説明したところ、みんなホッとしたようだった。


「大隊長殿、まだ先のことでしょうが、そのうち、お義父上ちちうえと同じように、大隊長殿とアイヴィー殿を主人公とした芝居がセントラムの劇場で演じられそうですな」


 キーンは想像しただけで顔が赤くなってしまった。


「いやいや、よしてください。それは絶対ありません」




 午後に入り、しばらくしたところでソニアたちが訓練場に現れた。


「大隊長!」


「大隊長がここにいるってことは、アイヴィーさんはなんとかなった?」


「うん。大丈夫。元通りに治った」


「よかったー。いままで、大隊長に聞いたことなかったけれど、アイヴィーさんてアーティファクトなんだよね」


「うん。僕は生まれたときからアイヴィーと一緒だったから気にしたことはなかったんだけど、どうもそうみたい。義父とうさんがむかし遺跡でアイヴィーを見つけたんだって。今回はその遺跡にいって、昔自分がいたという箱の中に入ってしばらくしたら元通りになってた」


「そうなんだ」


「もう少し休んでても良かったのに真面目よね。校長にはキーンがアイヴィーさんの負傷を治すために休暇をとったって伝えておいたから学校の方は大丈夫よ」


「軍学校のことはすっかり忘れてた。ありがとう。心配なのは補習だけだけど、まさかゲレード少佐は補習するって言ってなかったよね?」


「本人に聞いたわけじゃないからわからないけれど、。大隊長はもはや学校なんて関係ないから補習はないんじゃないかな」


「よかった。僕も、もう少し休もうかと思ったんだけど自宅うちにいてもすることがないから」


「休んでいる間、私たちのことが心配だった?」


「それもある」


「訓練はいつも通り。問題ないから安心して。といっても王都に帰って1週間も経っていないけどね」


「了解」


「それじゃあ、私たちは中隊の訓練をみてるわ」



 ソニアたちが各々の中隊に向かったところで、ボルタ兵曹長が、


「中隊長のみなさんには、アービス大隊の今後のことは知らせなくてよかったんですか?」


「寮に帰ってから話すよ」


「新しい中隊長の人選も軍学校ではすでに行なわれているのでしょうな」


「軍総長が僕に話したってことは、そういうことなんだろうね。前回同様成績順だろうから人選ってほどでもないだろうけどね」


「そういえば、大隊長殿は、軍学校内で苦手な生徒とかいないのですか?」


「そうだね。最初にいた魔術大学の付属校の生徒とはクリス以外馴染めなかったけれど、軍学校の生徒で苦手な生徒はいないな。一緒の寮で3年近く寝食をともにしているわけだから、よほどでなければ気心は知れるから」


「軍学校は軍隊以上でしょうから、そういうものなんでしょうな」


「そういうことだから、成績順だろうとなんだろうと誰がきても問題ないと思うよ」



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