第18章 アービス連隊

第254話 アービス連隊1

[まえがき]

ここまで、読んでいただきありがとうございます。

フォロー、☆、応援等ありがとうございます。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 キーンは王都に帰った翌朝には大隊の駐屯地に向かった。黒玉は先のボスニオン戦以来騎兵連隊に貸し出したままになっているため、訓練場にはいない。


 キーンが訓練場に到着したときには、兵隊たちは各中隊の先任曹長の号令のもと、朝の訓練をこなしていた。



「大隊長殿、おはようございます」


「ボルタ兵曹長、ただいま」


「大隊長のことですからご存知だったのでしょうが、大隊は支障なく本隊に先立って王都に帰還し訓練を行っています。

 アイヴィー殿の肩の方はいかがでしたか?」


「うまく治ったよ。心配してくれてありがとう。

 僕はこれから軍本営に王都に戻ったことを伝えてくる」


「了解しました。

 大隊長殿、先程も申しましたが遠征部隊本隊はまだ王都に帰還していませんので、総大将を勤めたボーア副軍総長閣下もお戻りではありません。帰還は4日後の予定です」


「了解。じゃあ、軍総長に挨拶あいさつにいってくる」




 キーンが王宮内の軍総長執務室を訪れると、トーマ軍総長に応接セットに座るよう勧められた。


「アービス少佐。アイヴィー殿の傷を治すために休暇をとっていると、ボーア大将から聞いていたが」


「はい。アイヴィーの傷もえ昨日王都に帰りました。本日より職務に復帰いたします」


「アイヴィー殿の傷が癒えたことはよかった。もう少し休暇をとっていてくれても構わなかったのだがな。

 さて、アービス少佐もうわさくらい聞いていると思うが、年が明ければアービス大隊をアービス連隊に格上げし、1000名新人を配属する事になっておる。

 その段階で、アービス少佐は連隊長に昇格し、中佐に進級する。

 3月になれば、きみは軍学校を卒業して文字通り軍人になる。4月の人事で他の連隊長同様、大佐に進級だ。頑張ってくれたまえ」


「はい。ありがとうございます」


 また新人がくることが確定してしまって、そこまでありがたくはなかったが、キーンはちゃんと礼を述べておいた。


「それでだ。連隊となると、きみを含めて今のアービス大隊の士官6名では足りないだろうし下士官も50名ほどでは足りなくなるだろう」


「はい」


「といって、アービス少佐の部隊員は少佐を含め14歳から16歳の兵隊がほとんどだ。下士官についてはどうしようもないが、年が明けて1月から新人の配属と同時に3月に卒業する軍学校の生徒5名を新たに連隊に配属しようと思う。まあ、通常連隊長ともなれば少佐か中佐の副官がつくのだが、騎兵連隊同様いい人材が見つからんからそこは我慢してくれたまえ。どうかね?」


「ありがとうございます。軍学校の同期がきてくれればありがたいですが、他の部隊への新任士官の配属が滞ることはいいんでしょうか?」


「再来年からは軍学校の卒業生も増えるから、それでなんとか埋め合わせるつもりだ」


「了解しました。それでは失礼します」


「待て待て、まだ話は終わっとらん」


「申し訳ありません」


「以前、魔術兵が欲しいと話していたろう?」


「はい」


「魔術中隊となると40名の魔術師だ。連隊10個中隊に通常1個魔術師中隊が付くが、アービス連隊に1個魔術師中隊は過剰だろう。魔術師の数もいないしな」


「そうだと思います」


「とはいえ、アービス少佐に魔術師をつける意味合いはあると思うわけだ。これはアービス連隊のためと言うより、将来の魔術師団を背負って立つような人材をきみの下で鍛えてもらいたいということだ。まあ、今の魔術師団は、魔術師大学付属校を放校となったアービス少佐の魔術の活躍で影が薄くなっているがな。そこを立て直す意味もある。魔術師団長タルボット少将の考えだがな」


 キーンは放校の話が出たところで頭をかいた。


「ということなので、年が明けた段階で、1個魔術師小隊10名をアービス連隊・・につけようと思う」


「了解しました」


「それで、その10名だが、いま魔術大学付属校で3年生の学生をてようと思っている。通常魔術大学を出て魔術士官になるのが常道なのだが、今回の措置は魔術大学では得られない経験を積むことで、3年後(注1)には魔術大学出の魔術士官以上の待遇を約束している。そういった意味で優秀な生徒たちが配属されるから期待してくれたまえ」


「はい。ありがとうございます」


 付属校の3年生と言えば、キーンのかつての同級生だ。クリスは別として、そんなに優秀な生徒がいただろうかと首を傾げたが、キーンはなにも言わなかった。



「それでだ、アービス連隊の当面の人事についてはこんなところだが、もう一点言っておくことがある」


「なんでしょうか?」


「今回、アービス少佐がエルシン軍の切り札と思われる『黄金の獅子』を見事討ち取ってくれたことで、3名しかいない『黄金の獅子』の1名が欠けたわけだ。エルシンとしてはソムネアとの国境をおろそかにはできないし、これ以上『黄金の獅子』を失う訳にはいかないだろうから、ギレア方面ではしばらく動きはないだろう」


「そうですね。『狂戦士』だけでは光の騎兵隊を斃せませんし、残った2名の『黄金の獅子』はソムネアとの国境からは動かしづらいでしょうから、ギレア方面への出兵は当分ないと思います」


「うむ。

 その前提でのことなのだが、今度配属される新人が一通り動けるようになったら、アービス連隊をモーデル解放軍に預けようと思っている。実際はアービス連隊がそっくりそのままモーデル解放軍になるわけだがな」


「えーと?」


「順を追って話そう。

 まず、モーデル情勢なのだが、ベルタン聖王陛下がエルシンから正姫を迎えていたのはアービス少佐も知っていただろ?」


「はい」


「その正姫が3カ月ほど前に男子を生んだそうだ。

 同時に、セルフィナ殿下を廃嫡し、その男子を嫡子とした」


 軍総長から説明を受けていたキーンだが、その男子は自分の異母弟であることは全く頭の中になかった。


「まだ乳児を世継ぎにですか?」


「そうだ」


「聖王陛下にもしものことがあったら、その乳児が聖王に?」


「そうなるが、その場合はエルシンから摂政が送られるのだろうな」


「なるほど」


「それで名実ともにモーデルはエルシンの属国に成り下がる。まあ、モーデル同盟がついえて以降、実質的にはエルシンの属国ではあったがな」


「それで、モーデル解放軍とは?」


「セルフィナ殿下をいただいいて、モーデルを開放する軍だな。開放といっても、エルシン勢力をモーデルから一掃したあとセルフィナ殿下をモーデルに帰国させ、セルフィナ殿下がモーデル聖王国の正当な後継者であることを内外に認めさせるということだ。

 それで、新人がものになるにはどれくらいかかりそうだね?」


「新人がものになるには少なくとも3カ月。欲を言えば6カ月。6カ月あれば問題なく戦えるようになると思います」


「わかった。来年の6月から7月、モーデルに向け1個連隊が進軍できるよう軍も準備しておく。

 まだアービス連隊はできてはいないが、4月から、アービス連隊はモーデル解放軍に出向ということにする」


「了解しました。

 このことは、セルフィナ殿下にはお話になっておられるのですか?」


「いや。まだ話していない。

 だが、わが国が後ろ盾になることを嫌がるわけではあるまい。アービス少佐の口からある程度話しを通しておいてくれたまえ。その後正式にセルフィナ殿下に提案する」


「セルフィナ殿下にもその気はあるようでしたが、万が一現在は気が変わってしまい、殿下がこのお話を断ったらどうなりますか?」


「そのときは、アービス少佐、きみが旗頭はたがしらになってくれればいい」


「えっ!」


「きみは、聖王陛下の実子なのだろ? その権利は十分ある」


「わかりました。セルフィナ殿下がモーデルで返り咲けば、連隊はお役御免になるのですか?」


「モーデルが安定するまではモーデルにいてもらうことになるだろうな」


「わが国がセルフィナ殿下を助ける意味合いが良く分からないのですが?」


「モーデルは国は小さいかもしれないが格式がある国なんだよ。聖王の言葉には重みがある。

 わが国が今後発展していくために、聖王の言葉を利用したいということだ。例えば、聖王が『ダレンを討て!』とわが国に命じれば、それだけでダレンを攻め滅ぼす口実になるうえ、わが軍の士気は上がる。さらに第三国も介入が難しくなる。そういうことだ」


「ダレンを討つのですか?」


「まずはルクシオンだが、いずれはな」


「分かりました」


「話はそれだけだ」


「失礼します」




 トーマ軍総長はボーア副軍総長と相談した結果、キーンをこれまでつなぎとめておこうとしたが、それでもモーデルのためにサルダナを出るだろうと考え、そのとき双方が嫌な思いをしなくて済むよう、ここでキーンにを売っておこうと考えてのことだった。



注1:

魔術大学は3年制をとっている。


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