第253話 古文書


 屋根裏の床の下に隠されていた小箱の中から取り出した本は見た目が新しく、とても古文書には見えなかった。装丁は革とは違うヌルっとした感触のものだった。


「この本、新しい本みたいで、とても古文書のように見えないけど、なんだか普通の本じゃないみたいだよ。

 中はどうなってるかな?」


 キーンがその本を開いてみると、見慣れない文字がぎっしり書かれていた。紙の材質も一般的なものではなく、これまで見たことのないツルツルの紙だった。


「アイヴィー、書いてある文字は全く読めない。紙の材質は見たこともないものだし、どうも本物だったみたい。アイヴィーはこれ読める?」


 キーンから渡された本を手にしたアイヴィーは首を振り、


「いえ、私にも読めません。書かれた文字に似たものは見たことはありますが、意味は全く分かりません」


「アイヴィーに読めないような本を爺ちゃんは読めたんだ」


 キーンはアイヴィーから本を受け取りパラパラめくりながら、


「おっ、絵が書いてある。絵というよりこれは模様だな」


 その先をめくっていくと、顔の造作はないが感じはアイヴィーによく似た人形の非常に精巧な絵が描いてあった。


 さらにめくっていくと、モーデルの聖王都の井戸の底にいた鎧の巨人、デクスシエロと思われる絵があった。


 絵はそれだけだったので、キーンは模様の書いてあったページに戻って、


「アイヴィー、この模様はなんだかわかるかい? どこかで見たような気がするんだけど、どこだったけなー?」


「キーン、これはロドネア全体の地図です」


「ほんとだ。学校で習ったロドネアの地図はこの絵の左側3分の2だけだったから分からなかった。ロドネアの東側はこんな形だったのか」


「真ん中から少し左側にある丸はモーデルの聖王都、そのすぐ上にある四角は私が眠っていた部屋と金属の倉庫だと思います」


 地図の上には丸、四角、三角のしるしが描かれており、更に印の上になにかの記号が描かれていた。三角のしるしはセロトの中央辺りにあった。


「そしたら、この三角形が、アイヴィーの『鍵』を見つけた遺跡みたいだね」


 キーンが地図の上に描かれた三角形を指で叩いた。


「変わったしるしは他に描かれていませんからそうなのでしょう。おそらく印の上の記号は数字で、三角、四角、丸の順に1、2、3と書かれていると思います」


「そうか。最初に1番にいっていないと2番の中に入れないからそうなんだろうね。

 爺ちゃんは2番で『鍵』の小箱を置いてきたからその先に進めなかったんだ」


「そうですね。あの『鍵』を持ってあの部屋をでたことで、倉庫への通路が開いたのでしょう。それで倉庫に入ったことで、デクスシエロのいた井戸への通路が開いたのだと思います」


「爺ちゃん、惜しかったんだ」


「キーンがテンダロスのやり残したことをやり遂げたわけですから、テンダロスも喜んでいると思います」


「そうだよね。

 1番の遺跡にいってみたいけど、場所が悪くてすぐには行けないか」


「三角の描かれた場所はセロトの中央辺りですから、いけないこともありませんが、面倒かもしれません」


「だね。僕たちなら簡単に逃げることができるから、捕まるようなことはないと思うけど、面倒は起こしたくないものね」


「急いでいかなくてはならないものでもありませんから、将来の予定ということでよいのではありませんか?」


「僕もそれで十分だと思う。

 これで、ここに帰ってきた目的は達成できたから、午後はゆっくりして、明日予定通り王都に帰ろうか?」


「ジェーンも待っていますから、そうしましょう」



 簡単な昼食を食べ終え、午後からアイヴィーは庭の手入れを始めた。ちゃんと手入れはされていたが自分でも手を加えたくなったのだろう。


 キーンの方は、2日後の昼過ぎにセントラムに帰り、午後にはジェーンを迎えに行くとキャリーミニオンに手紙をもたせてクリスのもとに送っている。



 キーンは手紙を書いた後、古文書の文字をなんとか解読しようと居間の長椅子に横になって眺めていたが、その程度のことで解読できるはずもなく、そのうち眠くなったようで夕方まで寝てしまった。



 翌朝、前日までに殆どの戸締まりを終えていた二人は簡単に朝食を取り、屋敷を発ってセントラムに向かった。途中で一泊して、その次の日の昼過ぎ二人はセントラムの屋敷に戻った。


 着替えを済ました二人はソーン侯爵邸に向かったのだが、クリスは魔術学校から帰っていなかったし、セルフィナもセントラム大学の付属校から帰っていなかったので、ソーン家の家令がジェーンを連れてきてくれた。


 ソーン家の家令に「ありがとうございました。侯爵閣下やクリスさんによろしくお伝え下さい」とアイヴィーが無難に礼をいい、ジェーンともども頭を下げた。


「アービスさまはすでに当家のご親戚ですから、お気になさらず。

 それでは、お気をつけて」


「失礼します」




 屋敷への帰り道で、


「アイヴィーがケガをしたっていう話を聞いてびっくりしてたけど、良くなったと聞いてほんとに安心した」


「キーンと一緒にちょっと遠出して直してきたけど、帰る途中でバーロムの屋敷に寄ってきたの」


「いいなー」


「来年ジェーンは学校だから、夏まで待たないといけないな。夏になれば夏休みで1カ月以上休みになるから、その時僕も休みをとって、一緒にバーロムに行こう」


「楽しみだけど、学校の入学試験に受からなくちゃ」


「ジェーンなら大丈夫。と言いたいけれど、どんな感じだい?」


「うーん、筆記試験問題はなんとかなりそうだけど実技試験が厳しそうな気がする」


「そうか。実技といっても軍学校は体力勝負だから女の子には厳しそうだよね。よーし、そのときは僕が強化してやろう。そしたら実技は楽勝だ」


「キーン、そんなことして大丈夫なのですか?」


「軍学校は何でもありだから大丈夫」


「何でもアリはアリでもそれは自力のことではありませんか?」


「何でもアリは何でもアリだよ」


「それならそれでいいですが。

 それで、キーンは明日からどうします?」


「せっかく休みをとったわけだからもう少し休んでいたいけれど、大隊も駐屯地に戻っているし、様子も直接見たいから明日の朝から大隊の方に顔を出して、そのまま軍学校に戻るよ」


「わかりました。私はバーロムのハネリーさんに屋敷のことについてお礼の手紙を書いておきます」



[あとがき]

これで17章は終了し、次話より『第18章 アービス連隊』が始まります。

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