第252話 屋敷にて2
アイヴィーが朝食の準備のため地下の隠し倉庫から1階に上がったので、キーンは一人で平積みにされたテンダロスの蔵書の確認を始めた。
一冊手にとって中を軽くめくり、少しだけ読んで、確認し終わった本の平積みの上に置いていく。
これまで確認したテンダロスの蔵書のほとんどは魔術関連だった。禁呪関連のものもたくさんあったが、特に興味を引くようなものはなかったためすぐに確認済みとした。
「どうも蔵書関係じゃなさそうだな。爺ちゃんの部屋にあった本で見た目に古そうな本なんてなかったし。
うん? これは?」
キーンが次に手にした本は、本というより冊子に近いもので、革の表紙に簡単に紙束が
パラパラとめくってみると、手書きで書かれた文章が目に入った。
「これって、爺ちゃんの字?」
少し読んでみると、それはテンダロスの日記ようなものだった。日記といっても日付は飛び飛びだったので手記といった方がいいかもしれない。
『xx月xx日
キーンに儂の凄いところを見せてやろうと儂オリジナルの五分岐エアカッターを見せたらマネしおった。せめてもの救いは最初は分岐できんかったことぐらいで、それもすぐマネされてしもうた。
なんなんじゃー!』
……。
『xx月xx日
キーンに魔術を見せたらなんでもマネしよる。しかも魔力が途切れんときた。
どうなっちょるんじゃー!
これは、アレじゃ。禁呪指定魔術は見せてはならんな。間違って発動でもしたら偉いことになりそうじゃ。本も見んように言っとかんと』
……。
『xx月xx日
わしも忘れちょったが、キーンのヤツ最初から発動体を使うとらんし、呪文も唱えとらんかった。
訳が分からん!
じゃが、これこそが天才なんじゃろうな。儂が若かったら嫉妬したハズじゃが、この歳になって自分の息子がこれほどの才能があったことが心底嬉しいぞい』
……。
キーンは、読んでいるうちに涙を流していた。
キーンがそうやってテンダロスの日記を読んでいたら、アイヴィーの声がした。
『キーン、朝食の準備ができました』
「今いく」
キーンはアイヴィーと食事しながら、
「さっき、爺ちゃんの日記を見つけたんだ」
「そうでしたか。どんなことが書いてありました」
「まだちょっとしか読んでないけど、ほとんど僕のことだった」
「そうでしたか。テンダロスは日記や手記を書くような人ではありませんでしたが、キーンがいてくれたことで晩年のテンダロスは幸せだったのでしょうね」
「よかった」
食事が終わり、キーンはすぐに地下に下りていった。アイヴィーは台所の片付けと洗い物をして地下に下りていった。
二人して本を確認し、奥のキャビネットの中も一通り見たがそれらしいものを見つけることはできなかった。
「古書の
「そうだね」
「捨ててはいないでしょうから、どこかにあるはずですが。
テンダロスの書斎で目に付くものはここに運んだのですが、もう一度書斎を見てみましょう」
「うん」
テンダロスの書斎に入ったキーンは大きく息を吸い込み、
「なんだか、爺ちゃんの匂いがするような」
「そうですか。本棚の本も今は下の倉庫ですし、飾り物や机の上のものや引き出しの中のものも運んでいますから、私には殺風景なだけに見えます」
「それでも、何となくね」
キーンたちがテンダロスの机の引き出しの中や本棚の下の物入れなどを開けてみたが、やはりそれらしいものは何も見つけることができなかった。
「おかしいですね」
「あとありそうなところと言ったら?」
「二階はキーンの部屋と客間と物置ですし、あとは屋根裏くらいですが、あのテンダロスが屋根裏にいったとはとても思えません」
「どうしても必要ってわけじゃないし、屋根裏を簡単に調べてみてそれで諦めようか」
「そうですね」
二人は二階に上がり、屋根裏部屋へ続く急な階段を登った。この屋敷はテンダロスがセントラムから引っ越すにあたって商業ギルドを通じて新築したものだったためそれほど荷物はなかったことと、屋敷の中に物置部屋が何個かあるので、屋根裏部屋に荷物を置くようなことはなく、空っぽで何も見当たらなかった。
「空だったね。僕もここにはあまり入ったことなかったけどちゃんと窓があるんだ。せっかくだから窓から外を覗いてみるか」
キーンが北側の窓まで歩いていき、そこから外を眺めた。
「こっち側は道と林しかなくて見るものないな」
キーンは南側の窓から外を覗くと、
「こっち側からだと庭も見えるし湖も見えていい景色だよ」
アイヴィーもキーンと並んで外を眺めた。
「眺めがいいですね」
しばらく二人で外の景色を眺めていたが、
「そろそろ下りようか?」
「そうですね。私はお茶の準備をしますから、キーンは居間に下りててください」
アイヴィーが階段の方に歩いていくと一カ所だけ床を歩いた感じが違う床板があった。見れば他の床板はそれなりの長さで揃えられているが、その部分だけ継ぎ足したように短い床板がハマっていた。
「キーン、この床板は他とは違うようです。外してみましょうか?」
「できる?」
「問題ありません」
アイヴィーが右手の人差し指を30センチほど伸ばしてその短い床板の端に突き立てて、コネるようにしたら床板が浮き上がってあっさり取り外すことができた。
キーンは子どもの頃からアイヴィーの指が自在に伸び縮みするところを見慣れているので違和感はまるでない。
「中に小箱が入っています。
釘が表側には打ってありましたが、釘の先は下まで出てなかったようで、この床板はハマっていただけだったようです」
アイヴィーが見つけた小箱には鍵穴があった。
キーンはアイヴィーから渡された小箱の蓋を開けようとしたがやはり鍵がかかっているようで蓋は開かなかった。
「鍵がかかってる。アイヴィー、開けられる?」
「簡単です」
アイヴィーがキーンから小箱を受け取り、右手の人差し指を5センチほど伸ばして先端を鍵穴に入れた。
何かがこすれる音がして最後にカチリと音がした。
「アイヴィーの指って便利だよね」
キーンが小箱の蓋に手をかけると簡単に蓋は開いた。
「あった!」
小箱の中には1冊の意外としっかり装丁された本があった。
「なんで、こんなところに隠してたんだろう?」
「分かりません。ほかの貴重品より大事だったということでしょうか。私の知らない間にテンダロスがこんな細工をしていたことのほうが驚きです。私に隠す必要などないでしょうに、私が一人でバーロムに買い物にいった間に細工したんでしょう。意外とテンダロスは器用だったようですね」
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