第14話 キーン、最初の授業を受ける。


 正門を出たところでクリスと分かれたキーンはまっすぐアイヴィーの待つ自宅に帰っていった。


「キーン、入学式はどうでした?」


「つまらなそうな話が始まったから、聞くのを止めて頭の中を整理していたら、いつのまにか式が終わってた。だから入学式についてはよくわかんない。だけどクリスと一緒のクラスになったよ」


「それは良かったですね。もうすぐ昼食ですから少し待っていてください」




 翌日の朝。


 クリスが自分の大剣を見たいといっていたので、大剣『龍のアギト』を布に包んで登校するキーン。背中の小型リュックにはノートと筆記用具、それとアイヴィーの作った弁当が入っている。小型リュックとノートと筆記用具は王都内の学校指定の文房具屋で購入したものだ。キーンは筆記用具を使わなくても魔術で筆記可能なのだが、みんなとそういったところは揃えていた方が良いだろうと思い直し購入したものだ。



 家を出て、数分歩けばもう学校の裏門だ。守衛の人に挨拶あいさつしてそのまま学校の中に入る。


 始業時間には十分間に合うつもりで家を出たのだが、すでに1-Aの教室には生徒たちがほとんど登校しており、席についていた。各自が持参した杖は、大きなものは机に立てかけて、小さなものは机の上に置いているようだ。教室内を見回したところ、まだ登校していないのはクリスだけだった。


 教室の階段を上って、後ろの自席にいこうとすると、前の方の席から一人の女子が立ち上がってキーンの前までやってきた。


「あら、さすが実技トップの方は余裕ですこと」


 例の金髪ツインテールの女子がキーンに絡んできた。名前はもちろん憶えていない。彼女が言っている言葉の内容は理解できなかったが、何か嫌なことを言われていることだけはキーンにも理解できた。


 キーンは彼女の相手をしても仕方ないと思い何も言わず、無視して階段を上って自席のある教室の後ろの方に歩いて行った。


 背中の後ろで先ほどの女子が、


「優等生は、……」とか言っているのが聞こえたが、放っておいた。


 キーンが大剣を机に立てかけ、荷物を足元に置いて席に座っていたら、しばらくして、教室の扉が開き、クリスが教室に入ってきた。



「キーン、おはよう」


「おはよう」


「わたしが一番最後だったのかしら。まだ始業には時間があると思うけど、みんな学校に来るのが早いのね。あら、布を巻いてそこに立てかけているのはもしかしたら、きみの大剣?」


「クリスが見たいっていったから持ってきたよ」


「ありがとう。もうすぐ先生が来ると思うから後で見せてね」


 クリスの言葉から間を置かず、担任のフィッシャー先生が教室に入ってきた。


「みなさん、おはようございます。

 きょうからさっそく授業が始まります。この学校では出席などはとりませんから休むことも遅刻することも自由ですが、実技科目を含め各期末テストで一度でも不合格だと進級できませんのでそのつもりでいてください。なお三科目以上不合格ですと落第ではなく放校処分となります。

 今日の午前中は、私の基礎魔術詠唱の授業です。この学校に入学したみなさんならみんな覚えているはずの呪文を、これから復習の意味で板書ばんしょしていきますから、各自のノートに書きとってください。書き取り中には間違っても詠唱はしないでくださいね」


 授業が知らぬ間に始まってしまった。


 フィッシャーは前置きの通り基礎的な詠唱の文言もんごんを教室の前の黒板に書いて行き、それを生徒たちが一生懸命自分のノートに書き写していく。


「みなさん。今日は基礎的で簡単な呪文ですが、そのうち徐々に複雑な呪文になっていきます。今からきれいな字、読みやすい字でノートをとるよう心掛けてください。そのノートはみなさんの一生の宝物になるはずです」


 先生の言わんとすることはよく理解できるが、そもそも呪文などは一つも覚えていないし、まして詠唱など今まで一度もしたことのないキーンである。黒板に書かれた最初の呪文をノートに書き写してみたものの、いったい自分は何をしているんだろうとふと疑問に思ってしまった。


 呪文の不要な自分が呪文を苦労して覚える必要が果たしてあるのだろうか? たいして哲学的でもない思惟しいに頭を悩ませているうちに、黒板に書かれた呪文をノートに書き写すのが面倒になったキーンは、また頭の中で魔術部品の整理を始めてしまった。


 ……。


「キーン、キーン。授業は終わったわよ? ぼーっとしたけれども目は開いていたから寝てはいなかったみたいだけど、最初の呪文以外ノートに書き写していないじゃないの?」


「おっ! 気付かせてくれてありがとう。ちょっと頭の中を整理してたんだ」


「きみ、大丈夫? わたしのノート貸してあげるから写す?」


「ありがとう。でも写さなくても平気だから」


「すごい自信ね。きみは実際のところいくつくらい呪文を覚えてるの?」


「全く、一つも覚えていない。それに今まで呪文を唱えたことすらないよ」


「きみ、何言ってんの? 言っている意味が全く分からないわ」


「僕は呪文を唱えなくても魔術が使えるんだよ。ほら」


 そう言って、キーンは自分の右手の人差し指をクリスの方に向けて、小さな火を灯してみせた。


 目を丸くするクリス。


「大賢者の養子というだけじゃ説明できない。きみ、何者なの?」


「うーん。わかんない」


「まあいいわ、もうお昼だから、お弁当を食べに行きましょうよ」


「ここで食べちゃダメなの?」


「ここでもいいけれど、天気もいいし外で食べない?」


「今日は荷物があるから」


「そうだったわね。それじゃあ食事の前にキーンの大剣を見せてよ」


 キーンは大剣『龍のアギト』に巻いた布をほどいていく。中から現れた真っ黒い剣身の大剣を見たクリスが一言、


「これ、すごく禍々まがまがしいのね。持ってみてもいい?」


「刃先を手で触っても切れはしないけど、少し重たいよ」


 キーンが片手で大剣の剣身を持って、クリスに持ち手の方を向ける。


 クリスが片手で受け取ろうとしたので、


「両手で持った方がいいと思うよ」


 あわてて、両手で大剣の持ち手をつかむクリス。


「ゆっくり手を離すから気を付けて」


 少しずつキーンが大剣から力を抜いていくと、それに連れられて大剣の持ち手を持ったクリスの両手が下がっていく。


「キーン、わたしじゃ全然持てないみたい。もういいわ、ありがとう」




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