第15話 キーン、魔術実技授業を受ける。
クリスはキーンの大剣『龍のアギト』を両手で持って支えようとしたが、あまりの重さにギブアップしてしまった。
「きみ、こんなのを振り回すのが好きって。振り回す前に持ち上げられる人なんてほとんどいないんじゃない?」
「そうなのかな? うちのアイヴィーなんか簡単に持ち上げることができるし、振り回すこともできると思うよ」
「だって、
「そういえば、この前もクリスはアイヴィーのことをそんなふうに言ってたけど、アイヴィーがどうかしたの?」
「えーと、キーンくん? きみ本当に何も知らないの?」
「知る?」
「えーとね、大賢者テンダロス・アービス、きみの亡くなられたお
「初めて聞いた。クリスありがとう。じいちゃんもアイヴィーもすごい人だったんだ」
「キーン、なんだかきみも相当すごい人になりそうよ」
「だとうれしいな」
「この大剣じゃ誰も動かせはしないからここに置いていても平気だと思うわ。校庭に出て食事しましょうよ」
「じゃあ、そうしようか」
キーンは大剣をまた布にくるみ、机に立てかけて、クリスと二人で弁当を持って教室を出ていった。
校庭に出て、校舎前の芝の手入れされた日当たりのいい場所を見つけて、お弁当を二人で食べながら、
「ねえ、きみのお弁当はもしかしてアイヴィーさんが作ったの?」
「そうだよ」
「すごくおいしそうね。アイヴィーさんは料理も得意なのね」
「そうだと思うよ。クリスのお弁当もおいしそうに見えるけれど」
「これはうちの料理人が作ったものだわ。確かにおいしいけれど、
「クリスはアイヴィーのことを尊敬してるのかい?」
「もちろんよ。二人の冒険が絵本にもなっているし、この国の子どもたちであなたのお
「そうなんだ」
……。
「そろそろ教室に戻って午後の実技の準備しましょう」
「そうだね」
二人で教室に戻ったのだが、教室の中が騒がしい。キーンたちの座席の周りに人が集まってきている。
何かあったのかと思って、階段を上って行くと、生徒たちが道を空けてくれた。
空けてくれたその先には、金髪ツインテールの女子が床に腰を付いて足を投げ出して座っていた。その足の脇には巻いていた布が幾分ほどけてしまったキーンの『龍のアギト』が転がっていた。
「ここを通ったら、あなたの大剣がいきなり私に倒れかかってきたのよ! この足を見てよ、
『龍のアギト』はしっかりと机に寄りかからせて置いていたので、人がそばを通ったくらいで転がるわけはないとキーンは思ったが、
「ごめん」と一応謝っておいた。
「こんな大剣を学校に持ってきてあなた何考えているの?」
それに対して、横合いからクリスが、
「この大剣はアービスくんの発動体なの。あなた、しっかりそこに立てかけたあった大剣を触ったんじゃないの? そうでなければその大剣が転がるわけないもの」
「何言ってるの。そんなわけないでしょう!」
「あらそう。それなら不運だったのね。おかわいそうに」
「あなた、私を誰だと思っているの? 私はコーレル伯爵家の者なのよ」
「それが? 言っておくけれど、わたしは、ソーン侯爵家の者よ。まあ三女だからそんなには偉くはないけど」
「ウッ。ふん!」
そう言って、金髪ツインテールは
「あの人、何なのかしら? 足も捻挫したって言ってたけれど普通に歩けるじゃない」
「なんだか、あの人、僕のことを嫌っているみたいだね」
「きみったら他人事のように言って。でも面白い。ウフフ。
一年生の実技は試験で使ったあの試験場だからそろそろ行きましょう。きみは忘れずに
「忘れないよ」
キーンは床に転がっていた『龍のアギト』を拾い上げて、自分の杖を手にしたクリスと一緒に教室を出て訓練場に向かった。
訓練場に入ると、すでに教官が待ち構えていたが、まだ授業開始前なので椅子に座って寛いでいるようだった。
「おっ! きみがアービスくんか? 噂は聞いていたが、なるほど」
教官が訓練場に入ってきたキーンをみとめて話しかけてきた。ただ、なにが『なるほど』なのかはキーンには分らなかった。
「どうも、キーン・アービスです」
「わたしは1年生の実技を受け持つバーレルだ。期待してるぞ。
みんな集まったようだから、そろそろ始めるとしよう」
実技教師のバーレルは中肉中背の30代に見える
「初日の今日は、肉体強化の実技を行う。これは周りに迷惑がかかるようなものでもないので、暇があればいつでもどこでも
これを続けていれば、魔力も増えるし技能も上がる。魔力が増えれば持続時間が長くなり、技能が上がれば、強化の強さが増してくる。まさに継続は力というやつだ。
肉体強化の呪文を知らなかった者も、午前中のフィッシャー先生の授業で習ったはずなので大丈夫だろう。
今日は肉体強化からだが、持続時間の記録は大切だ。ここに1分の砂時計が人数分あるから、各自持っていって、持続時間を計って覚えておくように。
……。
行き渡ったようだな。それじゃあ、少し広がって。……、
始め!」
生徒たちは砂時計を足元に置いて、発動体の杖を持ち思い思いのポーズで呪文をブツブツ唱えだしたのだが、キーンは午前中の授業を最初だけしか聞いていなかったので、肉体強化の呪文はもちろんわからない。
仕方がないので、タイミングを見て総合強化魔術『強化』を発動することにした。『強化』とは、幼いころ『つよくなれ』と名付けていた魔術で、連続して全6種の強化魔術を発動する魔術のことである。
生徒たちの中で呪文を唱え終わった順に魔術が発動し体がうっすら緑に輝き始めた。そこで砂時計をひっくり返し持続時間を計っていく。半分くらいの生徒が魔術を発動し、砂時計をひっくり返したあたりを見計らって、キーンは心の中で『強化』と唱えた。その際、発動体ということにして持ってきた『龍のアギト』は床の上においたままだった。
すぐに『強化』が発動し、キーンの体が、白、赤、紫、黄、緑、青の6色に順に輝き始めたので砂時計をひっくり返している。その6色の光は混ざり合い波打ちながらキーンの体を覆っている。
最初のころの『つよくなれ』より数倍強力な強化が発動しており、この状態だと通常の物理攻撃魔法はほぼ無効になるのだが、そういった経験のない本人はあまり自覚していない。
キーンの体を覆う6色の光を見て、周りの生徒たちだけでなく、担当教官のバーレルも目を剥く。
「アービス、『肉体強化』の魔術をかけろとわたしは言ったはずだが? これはなんだ?」
「えーと、強化魔術を6種重ねがけしました。そのなかに『肉体強化』も入っています」
「……。確かに入っているようだが、ほんとに6種も重ねがけしているのか? ……、おおっ! 全強化魔術が発動している。こんなことをしたら一分ももたんだろう。……、うーん、全く衰えんな。アービス、これはどのくらいもつんだ?」
砂時計の砂が落ち切ったのでキーンは律義に砂時計をひっくり返しておく。
「さあ?
そんな会話をしているあいだにも、他の生徒たちの一度発動した肉体強化魔術が切れていく。
「あと気になったんだが、アービス、おまえの発動体はそこの大剣なんだろ、持たなくていいのか?」
「持つのを忘れてました」
「ということは、発動体が不要だってことか?」
「そうとも言えます」
「なにー!? まあいい。発動体を使わなければいけない規則はないからな。ところで、アービス」
「はい」
「おまえ、呪文を唱えていなかったよな?」
「覚えていませんので、唱えられません!」
「なにー!? じゃあどうやって魔術を発動させてるんだ?」
「だいたいの魔術は思っただけで発動できます」
「だいたいというと?」
「禁呪以外は全てだと思います。おそらく禁呪も一度見れば発動させることはできると思います」
「一度見ただけで、呪文も発動体もなしで、どんな魔術でも発動できるのか?」
「はい。今まで一度でできなかったことは、
「五分岐エアカッター? おそらくエアカッターが五つに分かれて飛ぶのだろうが、俺でもそんな
キーンが黙っていると、
「うーん。アービス、今でもお前は魔術大学の席次が一番の者を軽くしのいでいる。わたしがおまえに言えることは、おまえにとって実技の授業は不要ってことだな。それでも、授業料は払っているんだから、これからは見学のつもりで出席しておけ」
「……」
「わかった。座学と違って実技の授業は本来出席は必須なのだが、おまえは今学期、明日からの実技の授業も期末試験も参加してもしなくても最高点を付けておいてやる。ということで、午前中の座学だけはしっかり授業を受けておけよ。ちゃんと勉強しておかないと、座学の期末試験で落とされるからしっかりやれよ」
「はい? あ、ありがとうございます」
もう実技の授業には出ても出なくてもいいと言われてしまい困ってしまうキーンだった。
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