第11話 クリス・ソーン


 クリス・ソーンは名門ソーン侯爵家の三女。祖父にあたる先代侯爵に溺愛されている。


 世間からはわがままいっぱいに育てられた令嬢と思われているが、ほとんど両親や他の家族にわがままを言ったことはなく、いたってまじめで気立ての良い少女である。


 これまでで一番大きなわがままは、将来は魔術師になると言ったことくらいで、自分ではわがままだったと思っていたが周囲は全くわがままだとも思わず、すんなりと家族中で認められ、家庭教師もつけられて魔術大学付属校への受験勉強を進めることができた。


 付属校での実技試験は例年同じ試験内容なので、受験前に自己評価が可能である。


 従って、そこで足切りにあって不合格になるような者は最初から受験しないのだが、一発でも多くまとに当てることができればその分あとの筆記試験が楽になるため、裕福な家庭の子女は魔術の座学のほかそういった練習を自前の庭などに設けた簡易の練習場などを使い日々練習を行っている。


 もちろんクリス・ソーンもその一人で、200点満点の40発の命中はさすがに無理だが、今では35から37発はまとに命中させる自信があった。筆記試験はいくら不出来であっても9割はとれると家庭教師にも言われているため、必ず合格する自信を持って受験に臨んだわけである。


 ただいろいろ偶然が重なり、受験の申し込みが遅れたため、最後の受験票番号の受験生となってしまった。


 受験票の順番など別に意味はないものと割り切っていたが、実技試験の開始順が受験票の番号順だったため長い時間待たされることになったのはクリスにとって予想外だった。


 知っている子が何人も今回の受験に臨んでいたのだが、知っているだけで別に親しいわけでもないので、一人で順番の最後列に立って試験の始まることを黙って待っていた。



「あなたバカなの?」


 何か自分のすぐ前の男子と女子が言い合っている。言い合っているというより、女子の方が一方的に男子に何か言っているようだ。


 特に興味はないが、その女子の名前だけは知っている。コーレル伯爵家のたしか長女のメリッサ・コーレルだ。


 彼女は秀才とのうわさをよく聞いていたが、内容を聞くと自分より明らかに劣っている。


 クリス自身は自分のことを秀才などとは思っていなかったので、メリッサ・コーレルは周りに甘やかされて育ったのだろうと勝手に想像していた。


 クリスは祖父に溺愛されていると自覚はしていたが決して甘やかされて育ったわけではないと自分では思っている。



 メリッサ・コーレルが相手をしている男子はクリスの知らない男子だった。おそらく地方からの受験生だろう。見た目はそれなりでどちらかと言えばハンサムな部類と思う。ただ、頭頂部が人より少し高いような気がするが、気になるほどではない。他人に対してその容姿を評価することなどめったにしたことのないクリスであるため、その評価があてになるのかというと、疑問符が付くのは仕方がない。


 そのうちメリッサがその男子を無視したので、今度はその男子がクリスの方を向いてじっと見つめている。


 なんとなくその男子が気になったので、クリスはその男子に声をかけたところ、臆面もなく自分に興味があるという。


 クリスもその男子が実に興味深いと思い、名前を聞いたところ、


「キーン・アービス。きみの名前は?」


 簡単に教えてくれた。クリスは少し意地悪かもしれないが、受験に受かったら教えてあげると答えておいた。


 クリスが見たところキーンは杖を持っていない。聞けば魔術の発動体など持っていないという。そのあたりはよくわからないが、大天才でもない限りこの歳で発動体なしでの攻撃系魔術の発動はほぼ不可能なので、ああ、この男子は記念受験組だったのだと思ってしまった。


 二人で話をしていたら、すぐに試験の順番になったようで、クリスは試験場に入場できた。



 受験番号順に試験場である魔術訓練場に入り、石の床の上に引かれた横線に沿って受験生たちが横に広がり、試験官の説明通り正面の的を見据えて、試験開始の合図に備える。


 クリスも、杖を目標の的に向けて構え、いつでも詠唱開始できるように構えている。


 クリスのすぐ隣りに立つキーンは、力を抜いて軽く右手を挙げている。そこで、試験官の、


「始め!」の号令。


 クリスは一番得意なウォーターアローの呪文を高速で唱え始める。


「水よ集いて、矢となり」


 そこまで唱えたところで、


「……10」と言うキーンの声が聞こえた来た。


 そのあと、クリスは呪文の続き「的を穿て!」と詠唱し、ウォーターアローを発動させたときには、自分の的の隣のキーンは的に次々とファイヤーアローが着弾し、ドドドドドドドドドド。と低い音が響いてきた。


 なに? いったい今のは何? 確かにファイヤーアローだったはずだけど、連射? そんなことができるの?


 今は試験の最中なので、クリスはそれ以上のことは考えず、再度呪文を詠唱し始めたのだが、今度は、隣のキーンから「ファイヤー100」と言葉が聞き取れた。そしてキーンの手のひらから、ファイヤーアローが一直線になってあとからあとから的に向かって飛んでいく。


 クリスが二発目のウォーターアローを撃った時には、キーンの的は壊れてしまったようで、キーンの放ったファイヤーアローがはるか向こうの訓練場の石壁にあたっていた。


 彼は天才だったんだ!


 キーンは早々に合格が言い渡されたようだ。しかも、先日亡くなったという大賢者テンダロス・アービスの養子だった。驚きながらもそれを横目にクリスはウォーターアローの呪文を唱え続けた。


 それでも『止め』の合図があった時、クリスは三十六発のウォーターアローを的に命中させており、キーンがいなければ受験者中一位の成績だった。



 試験場を出たところで、クリスがキーンに向かい、合格を祝福し、約束通り自分の名前を教えた。


「それじゃあ、入学したらよろしくね、キーン・アービス」


「ありがとう。こちらからもよろしく、クリス・ソーン」


 そう言って二人は別れた。


 いままで、クリスは男子に対して興味を持ったことなど一度もなかったのだが、生まれて初めて男子に、それもキーンに興味を持ったようだ。


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