第10話 入学試験2。キーン合格する


 キーンたち最後の組が試験場に入って行った。


 試験場は倉庫のような建物で、天井が高く奥行きもある。壁や床は石づくりで結構しっかりした作りだった。試験官に連れていかれた先には、床に太めの白線が引かれていた。


 実技試験の内容などキーンは気にしたこともなかった。ただ単に『試験場に行って試験を受ける。実技なのだから、魔術を使うんだろう』くらいにしか考えていなかったので、試験官による試験の説明をちゃんと聞いている。


「試験内容は、受験勉強をしてきたみんなならすでに知っていると思うが、呪文詠唱の速さ、正確さ、魔力量を総合的に計る試験だ」


 もちろん、試験勉強など一度もしたことのないキーンにはどんな試験かは分からない。


 試験官が説明を続ける。


「前方30メートル先に見える、まとに向かってファイヤーアローまたはウォーターアローを撃ち、時間内に的に命中したアローの数を係りの者がカウントする。得点は的に1発命中すれば5点、40発命中すれば満点の200点。120点、24発以上命中させないと失格だからそのつもりで。これまで満点を出したことがあるのは、きみたちも知っているあの大賢者テンダロス・アービスだけだから、あまり満点を意識する必要はない」


「順に白線の手前に並んで。白線から前に出ないように。時間は3分だ。『始め』の合図で詠唱を初めて、『止め』の合図で終了するように」



「それでは、始め!」


 足元の白線の後ろに立った生徒たちが、ファイヤーアローなりウォーターアローの呪文を唱え始めた。



 まとのすぐ手前、ほぼゼロ距離で的にファイヤーアローを打ち込んでも良かったが、それだとファイヤーアローと違う魔術と試験官に判断されるかもしれないと少し考えたキーンは、手元からファイヤーアローを発射することした。


 キーンは呪文など知らないので、呪文を唱えることなく右手を挙げて的に向かって、まずは、


「『ファイヤー10』」


 右手から、10発のファイヤーアローがまとに向かって走り、


 ドドドドドドドドドド。と全てまとの中心に命中した。その際まとの中心部はすこしえぐれてしまったが、そのことはキーン以外誰も気づいていなかった。


 キーンの後ろで、命中数をカウントしていた係りの者もあまりのことに呆然ぼうぜんとしていたが、とりあえず縦四本に横一本の記号を二つ、手にした評価表に記入した。


 そのころやっと、他の受験生たちのファイヤーアローやウォーターアローが的に向かって放たれ始めた。


 キーンとしては10発のファイヤーアロー程度で抉れてしまう的だと、ファイヤーアローを三分も当ててしまうとまとが壊れてしまうだろうと思ったが、ここは数を競う試験ということだったので気にしないことにした。


 今のファイヤー10で3秒ほどかかったが、ファイヤー100なら30秒もかからないだろうと思い、


「『ファイヤー100』」


 ドドドドドドドドドド……。


 途中で的の中心部に孔が空いてしまい、ファイヤーアローがずっと先の訓練場の石造りの壁にむかって飛んでいき、そこに、


 ドドドドドドドドドド……、と音を立てて着弾していった。訓練場の壁は少なからず抉られたのだが、まとなどよりも厚みがあったようでまだ貫通には至っていないようだ。


「受験番号207、キーン・アービス。きみは満点合格だ。これ以上試験を続けると訓練場が破壊されてしまう。大賢者テンダロス・アービス以来だ。おめでとう。

 あれ? きみが大賢者の養子とかいう受験生か。なるほど、さすがだ。きみはすでに合格しているので午後からの筆記試験を受けずにこのまま帰ってもいいし、受けてもいいがどうする?」


「それでは、うちの者に合格を早く知らせてやりたいので、このまま帰ります」


「アハハ。わかった、それでは明後日の試験結果の発表時には入学手続きがあるのでちゃんと学校に来るんだぞ」


「はい」



 そんな話を試験官としているあいだも、他の受験生たちは必死になってファイヤーアローやウォーターアローを的に向けて放っていたのだが、なにせ、呪文の詠唱に時間がかかるため数をこなせない。


 慌ててしまって詠唱を間違える者もいるし、30メートル先までアローが届かないものもいる。そのうち魔力が枯渇こかつしてそれ以上何もできなくなってしまう者も出始めた。


 金髪ツインテールの女子も一生懸命杖を突きだして呪文を唱えている。唱え終わると杖の先からファイヤーアローが的に向かって飛んでいき、シュッと音を立てて消えた。どのファイヤーアローもそんなもので腹に響くような重低音が響くことはないようだ。


 試験前に幾分親しくなった黒髪の女子も、杖を突きだして呪文を唱え、杖の先からウォーターアローが的に向かって飛んでいった。こちらも金髪ツインテールの女子のファイヤーアローと同じように的に命中しシュッと音を立てて消えた。いくぶん彼女の詠唱はほかの受験生よりも速いような気がしたが、五十歩百歩ではある。


「それでは、止め!」


「一応全員足切りの24発はクリアしたようだ。おめでとう。午後からの学科試験もその調子で頑張るように。それではそのまま係りの者に付いて退出してくれ」




 試験場を出たところで、あの黒髪の少女がキーンに向かい、


「きみの方が先に合格しちゃったようね、おめでとう。わたしの名前はクリス・ソーン。きみが大賢者の養子なうえに天才だったとは思いもよらなかったわ。さっき、頭が悪いとか言っちゃったけれどごめんなさいね。それじゃあ、入学したらよろしくね、キーン・アービス。今度会ったらわたしのことクリスって呼んでいいわ」


「ありがとう。こちらからもよろしく、クリス・ソーン」


 そのまま、キーンが正門に向かって歩き去ろうとしたところで、


「待ちなさいよ! あなた」


 キーンが振り向くとあの金髪ツインテールの女子がにらんでいる。


「なに?」


「あなたがどんなインチキをしたのかは分からないけれど、いい気にならないで!」


「いい気? インチキって言葉の意味が分からないけれど、僕が合格して気持ちよく感じたらいけないの?」


「もういいわ」


 そう言って金髪ツインテールは行ってしまった。少し離れたところからその様子を見ていたらしいクリス・ソーンが笑っていた。




 正門を出て、学校の塀の外側をめぐる道を自宅に帰る道すがら、キーンはクリス・ソーンのことを考えていた。


 生れて初めて同い年くらいの女子と会話して非常に楽しかった。実は金髪ツインテールの女子の方が最初に会話した女子だったのだが、キーンはそのことは無視することにしている。


「クリス・ソーンも合格すればいいなー。そしたら同じ学校に通って、いろいろ話もできる。楽しそうだなー」


 キーンに思春期が始まったのかもしれない。


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