第9話 入学試験1。キーン、初めて女子と会話する


 いままでテンダロスの蔵書を読みあさっていたキーンだが、真面目に勉強という形での学習をしたことは、テンダロスとアイヴィーに読み書きと算数を教わったくらいしかない。入試用になにか勉強をした方がいいかもしれないとは思うものの、何をどう受験用に勉強していいのか分からなかった。そもそもどういった教科が試験にあるのかも気にしていなかった。


 ということでキーンは試験前にもかかわらず、家の周りを歩き回って自宅周囲の土地鑑ができ上ったあとは、王都内を一人で歩き回って市内観光を楽しんでいた。アイヴィーもそんなキーンを放っておいて好きにさせていた。



 魔術大学の付属校は一校だけ王都内にあり、入学すると落第や退学にならない限り、三年間の教育の後、魔術大学にほとんどのものが進学する。魔術大学の卒業生の大半は軍人になり、10名ほどがそのまま魔術やその他の研究の道に残る。そのどちらでもない少数のものが民間の商会、その他に就職している。


 付属校は一学年40人のクラスが二つ、80名が定員ということになっているが、毎年留年するものが数名いるため、一学年の生徒は82、3名ほどになる。




 今日は入学試験当日。


 キーンはアイヴィーを自宅に残し、試験会場の付属校にやってきた。昼からの筆記試験に備えて手提げ袋の中にアイヴィーが作った、パンに具材を挟んだものの入った弁当箱と革製の水筒、それに筆記用具を入れている。キーンは水なら魔術で作れるし文字も魔術で紙に書き込むことができたが、入試でもあるし人前であまり魔術を披露しない方がいいとアイヴィーが言っていたので水筒と筆記用具も持参した。


 試験開始時刻が近づいてきたようで、係りの職員の指示に従って、受験生たちが実技試験の試験会場となる1年生用の魔術訓練場前の広場に集まっていく。


 今年度の受験生の数は200名ほどなので、倍率は2.5倍。11歳から13歳までのものが受験資格を持つ。


 試験官を務める数人の教師が、集まった受験生を試験番号順に整列させ、20名ずつを引き連れて魔術訓練場に入って行く。7、8分の間隔で次の20名が訓練場に入って行くため、終了までに1時間半ほどの時間がかかることになる。


 キーンは受験の申し込みが遅かったため、受験番号は207。当分試験が始まらない。広場でぼうっと立っていても仕方がないので、他の受験生たちを観察することにした。


 見たところ、受験生のうち男子が4割、女子が6割といったところ。魔術の特性は女性の方が高いそうなので、やはり受験生も女子が多いようだ。


 実技試験を待つ受験生たちは近くの者と話をする者、緊張した面持ちでじっとしている者と様々だが、みな一様に長短はあるが杖のようなものを持って、なぜかそれほど寒くもないのにローブを身に着けていた。


 キーンは受験生たちの持つその杖が魔術を外部・・に発動するにあたり補助的役割をする魔道具だということは文献から得た知識で知ってはいたが、テンダロスの屋敷になかったこともあり、一度も触ったことがなかった。


 ローブについてはなぜみんなが着ているのか、理由は皆目分からなかった。



 キーンはもちろんこれまでも同い年くらいの女子を街で見かけることはあったが興味もないし用事もないためいつも素通りしていた。


 そのため、あまり女子と話したことはないというか、これまで一度も同い年近辺の女子と接したことのないキーンなので手持ち無沙汰でもあるし、ついつい自分の前に立つ金髪ツインテールの女子をじろじろ上から下までガン見してしまった。


 彼女は、細めで短めの杖、いわゆる勺杖しゃくじょうを右手に持ち、えんじ色のローブを身に着けており、ローブについたフードは外して背中側に垂らしていた。


 キーンのぶしつけな視線に気付いた少女がツインテールを遠心力で左右に広げながら振り向き、


「なにじろじろ見てんのよ!?」


「きみを」


「あなた、何よ!?」


 ガン見は見られた相手からすれば嫌なものだろうが、そういった配慮など他人ひとと接した経験の乏しいキーンには不可能なため、相手の言葉の意味が全く分からなかった。従って、


「僕は、受験生」


 と、自分が何であるか答えてしまった。


「わたしをバカにしてるの!?」


「バカにする? それはどういう意味?」


 そういった言葉を聞いたとこもないしテンダロスの蔵書でも読んだこともないキーンには意味の伝わらない言葉だったようだ。


「あなたバカなの?」


「だからバカって何?」


「もういいわ!」


 それっきりその少女は前を向いてしまった。キーンはなぜだか分からないがその少女を怒らせてしまったということだけは理解できた。なんだか非常に気まずい気はするものの何を言っていいのかも分からないので、放っておくしかなかった。


 次に目が行ったのは、自分の後ろ、列の一番最後に立っていたやや小柄な黒髪の長髪少女。艶のある黒髪が肩の下あたりまで流れている。彼女を見ていたらにっこり笑われた。


「きみ、わたしに興味があるの?」


「そうだと思う」


「あら、きみのようにハンサムな男子に興味を持ってもらってうれしいわ。きみの名前はなんていうの?」


「僕の名前はキーン・アービス。きみの名前は?」


「わたしはここの試験に必ず合格するから、きみがもし合格したらそのとき教えてあげるわ。どう、これできみもがんばれるでしょう?」


「ありがとう。はげましてくれたんだね」


「どういたしまして。きみのような素直な男の子は嫌いじゃないわ」


「ぼくも、素直な人は嫌いじゃないよ」


「うふふ。隣りの列がさっき試験場に入って行ったから、わたしたちももうすぐよ。がんばってね。あれ? きみ、杖を持っていないようだけれど忘れたの?」


「杖は使わないんだ」


「ふーん、他の発動体を持っているのね。杖以外というと珍しいけれど指輪とか? あら指輪でもないようね。何かしら?」


「発動体というのが魔術の補助魔道具のことなら僕は持っていないよ」


「それじゃあどうやって魔術を使うの?」


「普通に」


「きみ、前の人が言っていたけど、頭が悪いのかしら?」


「頭は普通だと思うよ」


「まあいいわ、ほら試験官がやって来たから私たちの番よ」



「それでは、最後の組。受験番号201番から208番。ついて来るように」


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