第54話 幼馴染みがなぜか俺の隣で寝ていた件

「雨、か」


 朝が来た。

 雨が屋根を穿つ音が耳に心地良い。

 

 なんとなく気怠く身体を起き上がらせる元気がないのは、昨日それなりに酒を飲んだからだろうか。腕すらも持ち上がらない。それどころか圧迫感さえある。


 昨日は妙にお酒が進んだのもある。ずっと気を張っていたのもあり、酔いの回りも通常よりは早かったことは覚えている。

 確か昨日はあの後美月と深夜まで飲み明かして、それから……疲れてたから……そのまま……?


「あれ、どうしたっけな」


 ごろんと未だ覚醒しきっていない頭を捻らせる。

 すると、ここにあるはずのない甘い香りがふと鼻を撫でた。


「……くぅ、くぅ……くぅ」


 目の前には一人の美少女がいた。

 長いまつげに、透き通った白い素肌。

 頬にかかる黒髪に触れると、少女は「んんっ」とくすぐったそうに目を強く瞑る。


「……? ……??」


 思わず二度、目を擦る。

 満を持して目を開けるも、その光景は変わらない。

 

 ――その少女は美月だった。


 国民的アイドルが、俺の腕を枕に可愛らしい寝息を立てている。

 美月は決して離すまいとしているのか俺の腕にぎゅっとしがみついていた。

 俺の腕に美月の温かい吐息と体温がダイレクトにのしかかる。



 ……理解が、とても追いつかないな?



 美月の今の姿は以前のようなモコモコの寝間着姿とは異なっており、俺の着ていたヨレヨレのシャツを雑に身につけている。

 ヨレヨレになった首元から簡単に覗ける彼女のふっくらとした双丘に、更に理解が追いつかなくなる。


「……あ、和くんだぁ。おはよぉ。あたま、カチカチするねぇ」


 澄んだ瞳には、困惑しきっている俺の姿が写り込んでる。

 それくらいの至近距離だ。


 少し困ったような笑顔で美月は眉をひそめる。恐らく二日酔いだ。美月は二人きりでいる時は若干年齢が下がるのだが、酔った時はもっと下がるらしい。

 意識明けの美月はもぞもぞと布団の中で足を動かし始めた。


 ふにっと柔らかい太ももが当たる。

 素肌だ。素肌の感覚だ。

 もう分からない。俺には何も分からない。


「昨日はありがとね。えへへ、いっぱいヨシヨシしてもらえたからとっても良かったねぇ」



 ――……ヨシヨシとは。



 屈託のない笑顔で美月は俺の腕に再度しがみつく。

 優しい慈愛に満ちた瞳で、彼女は俺を真正面から見つめる。

 あまりにも整ったその可愛らしい顔立ちが、今は非常に憎いまである。


「和くん、昨日のお昼はとっても頑張ってたからね、疲れちゃったんだよ。よーしよーし」


 美月の細い腕が伸びてきて、俺の頭を優しく撫でる。

 温かくて、甘くて眠いその香りに思わず瞼が閉まりそうになる。


 というか、コイツまだ少し酔ってやがるな……!


「なぁ、美月」


「ん、どしたのー?」


「……何がどうしてこうなってるんだっけ」


「あれー? 覚えてないんだ。あんなこと・・・・・までしちゃったのに」


「……アンナコト」


 思わず片言のオウムになってしまう俺がいる。

 美月はまだ寝起きなのか、変わらず目がとろんとしている。

 美月は、枕の横でにんまりと幼子のような笑みを浮かべたまま、「それはねー」と眠さとイジワルさから、勿体ぶるようにして俺の腕をぎゅっと握る。


 ――と。


 ブルルルル、と。

 ふいに枕元に置いていたスマートフォンに電話着信が掛かってくる。

 ひとまず息をついて、電話に出る。


『もしもし、白井です。和紀くん、今お電話大丈夫ですか?』


 電話の主は白井さんだ。相変わらず、キリッとした声だ。

 と同時に、全身にヒヤッとした何か・・が迸る。


「……もちろんです」


 俺は短く答える。だが状況を飲み込んでいない美月は、「ねー、だぁれー?」と、未だ寝ぼけ眼で俺の耳元に顔を近付けた。


『なるほど、美月さんもご一緒なんですね。……何でこんな朝早くにご一緒なんでしょう?』


 凍てつくような声色だ。


「あー、白井さんだー。おはよぅございます!」


『……美月さん、寝起きですか?』


「ふぇ? ……そんなこと、ないですよぉ?」


『寝起きじゃないですか……! 和紀くんの家で祝勝会、とまでは聞きましたし許可はしましたが。まさかとは思いますが、ねぇ、和紀くん?』


「……何というか、その……何もなかったと、思いた――」


 すると、美月は何の悪気もなく俺の耳元に顔をくっつけて、のんびりとした声で電話の向こう側に話し始める。


「きーてくださいよ、白井さんー。昨日ですね? わたしの作った料理を食べようとしたら和くんに止められてですね、その時机の上のお酒こぼしちゃって、わたしの服がなくなっちゃったんですよー。それでそのまま寝ちゃったんですよ。実は和くんって、とってもおっちょこちょいなんですよー、えへへ。閉まってある換えのお着替えを着せてもらったけど、和くんの匂いがしてとっても幸せなんです、えへへ~」


 布団の中で目を細めてゴロゴロ転がる美月。

 なるほど、美月が何故か俺のシャツを着ていたのはそういう経緯からか。


 ……意識がはっきりしてきて、少しずつ思い出してきたぞ。


 そういえば昨日、あれから美月が自分で精製した黒焦げ料理・・・・・を何が何でも食べようとしていたのを全力で止めていたんだ。

 あんなものを食うのは明らかに身体に悪いからな。

 それでも酔った美月が「でーきーたーのー! 食ーべーるーのー!」とムキになって食べようとしている所で酒こぼして、机の上やら美月の服やらを拭いたり何なりしている内にお互いヘトヘトになってそのまま布団で眠りこけてしまったわけだ。


 一日中頭をフル回転させていて疲れていたからか、酔った美月を隣の部屋まで帰すということがそもそも重労働すぎて、諦めたんだっけな……。


 そう言いつつ、よしよしと頭を優しく撫でながら抱きついてくる美月。

 ……何というか、また俺も眠くなってきた気がする。

 少しずつ、瞼が重くなり始めていた。


『ま、まぁ……美月さんがそう言うのならばそうなのでしょう。美月さんは、今日いっぱいは休養日にしていますから、ごゆっくり』


「ふぁ~い」


『では、和紀くんも。ひとまずは、昨日はお疲れさまでしたということで。……。……和紀くん?』


「和くん、二度寝しちゃいましたね。ふふふ、かーわいいです」


『……まぁ、彼も慣れないことばかりで頑張っていたみたいですから、今日のところは大目に見ます。美月さんも、くれぐれもハメを外しすぎないようにお願いしますね』


「はーい。おやすみなさーい」





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