【セナ視点】 日本一のアイドルと秘密会議を行った件
ガララララ、と。
建付けの悪い扉を開けば、スキンヘッドに無精ヒゲという完全に"輩"な大男がこちらを見つめてくる。
だが、人が分かった途端にその強面をくしゃくしゃにして笑うその姿は、いつもの優しい店長だった。
「おぉ、らっしゃい! お目当てのヒトは奥で待ってるぜ。ご注文は!」
「豚骨醤油のキムチチャーハンセット一つ、お願いするっス」
「毎度! ってぇ、先パイくんの分はどうするよ、カガリちゃん」
「今日は来ないっス」
「はぁ! そうかい珍しいこともあったもんだなァなぁおぃ!」
あまりの大声に、思わず耳を塞ぎたくなってくる。
「藤堂さーん、ちょぉっとうるさいんですけどー。もうちょっと静かにできないんですかー!?」
「おぉ! ごめんよみちるちゃぁん!! ほら、来たぜカガリちゃんがよぉ!」
奥の席に座る人物が注意をするも、改善はしない。
どうやらこちらから言っても意味がなさそうだ。
そんななか、貸し切り状態の店の奥からは一つの透き通った声が聞こえてくる。
声の方向に進んでいくと、「やっほ~」とひらひらと手を振りながらラーメンを啜る、ミスティーアイズ不動のセンターにして日本一のトップアイドル、佐々岡みちるの姿があった。
「まずは、優勝おめでとう。格好良かったじゃん、先輩くん」
「そりゃそっスよ。何せ先パイっスからね」
「セナちゃんは相変わらずだね~。で、どしたの? 急に話って。これ、藤堂屋裏メニューのトードーギョーザでも食べながらさ?」
香雅里が座るや否や、みちるは餃子を一口含んだ。
「……いただきますっス」
香雅里は勢い任せにひょいぱくと餃子を放り込んで、ほとんど噛まずに飲み込んだ。
「みちるさん」
「はぁい?」
「これ、覚えてるっスか」
そう言って香雅里が机に出したのは、みちるの所属事務所――プロダクション・エイジの名刺だった。
それは、みちると香雅里が初めて会った時にもらったもの。
奇しくもそれは今ここにいる藤堂屋での出来事だった。
「うん、覚えてるよ」
みちるは少し驚いた様子で箸を止める。
香雅里は居住まいを正して、みちるにぺこりと頭を下げた。
「単刀直入に言うっス。カガリを、プロダクション・エイジに入れてくださいっス」
ぎゅっと握った拳に力が入る。
みちるは、ぽつりと呟いた。
「理由は、やっぱり先輩くん?」
「っス」
香雅里の頷きに、みちるは唇をきゅっと噛みしめる。
「そっか。セナちゃんは頑張ったよ。えらい。まーね、あれはヒキョーだもんね」
「見てたんスね」
「そりゃそうだよ。この佐々岡みちるが素直に勝てなかったって認めちゃうくらいには、あの二人の世界は別次元の強さだった」
「まぁ、そっスよね」
「それに、先輩くんはこの私をTRUE MIRAGEの前座にしてくれちゃったんだよ、信じられる? 次会った時は、百倍にして返してあげなきゃね」
「……千倍返しでも良いんじゃないスかね」
ぼそりと告げる香雅里に、みちるは困り顔になるものの何も言わなかった。
少しの間を置いた後に細い腕で、香雅里の頭を優しく撫でる。
「えっと、私はほら……恋愛とかしてこなかったからさ。セナちゃんの落ち込みとか、ショックとかは分かってあげられなくて、ごめんね。でもさ、こう……何て言うのかな、あはは」
みちるは、焦るような身振りと手振りで香雅里を何とか励まそうとする。
当の香雅里はと言うと、さっそく届いたラーメンを勢いよくズズズと啜って、「やー。優しっスね~」と呑気に一言呟いてから、みちるを真っ正面から見つめた。
「お気遣いありがたいんスけど、もう大丈夫っス。ショックとか、落ち込みとか、そういううのはもうさっき全部限界まで泣いて置いてきたっスから」
「……ぉおう?」
みちるは素っ頓狂な声を上げて動きを止める。
「カガリは、先パイのおかげでこの大学に進もうとしたっス」
ラーメンから出る湯気を見つめつつ、香雅里は続ける。
「先パイの音楽を聞いたおかげで、カガリは目標が出来たし、それは今もあまり変わりはしないっス」
――先パイに神がかった曲を作ってもらって、それに神アツな詞を乗っけて――思いっきり、最強に気持ち良く歌いあげて全世界の人類を熱狂させるのがカガリの夢っス。
かつてみちるの前で堂々と宣言した言葉が、再び脳裏に甦る。
「だけど、今日……気持ち良くピアノ弾いて、それに乗った演者がいて、観客を湧かせる先パイの背中を見て思っちゃったんスよね」
香雅里は決意を込めた眼差しでみちるを見つめた。
「カガリが全部を作って、弾いて、歌う。そんでもって、先パイよりずっと多くの人を湧かせて、燃えさせたら……先パイどころか、あの二人をカガリだけで超える超絶凄い音楽家になれる。いや、越えてみせてやるって」
香雅里の宣言に、みちるは目を丸くしていた。
「先パイに後悔させてやるっス。自分が火を付けた奴が、どれだけ凄まじい奴だったかって。それがカガリの目標になってくれてた先パイに対する、最大の
グッと拳を握って語る香雅里。
すると、じっと黙って聞いていたみちるが、ふいに「あっはははは」と吹き出し始めた。
「いやぁ、いいね。セナちゃんは私の思ってるより何倍も強い女の子だ。凄く
目尻に涙さえも浮かばせたみちるは「にしし」と口角を上げて、机から身を乗り出すようにして香雅里に迫る。
「私にはさ、どうしても足りなかった所があるの。何だと思う?」
「に、日本一のCD売上げと人気まで手に入れてるみちるさんに、足りないものっスか……? ……想像、つかないっスけど」
「覚えておいて、私は――アイドルやるために恋を完全に捨ててる。だから人を好きになるとか、人を愛するとかが分からない。家族愛とか、スタッフさん、ファンへの愛は持ってるけどそれは多分、本当の恋とは程遠いものだと思うの」
「……っス?」
「でも、セナちゃんは人を本気で好きになって本気で打ち砕かれた。私にはないモノをセナちゃんは持ってる。これは創作家にとっては最強の武器になると思う」
「なるほど……っス」
「
言って、みちるは香雅里に手を出した
「一緒に倒そうよ。一途に恋する女の子を、私たちの
あまりの気迫に、今度は香雅里が目を丸くしてしまう。
「……やっぱ、日本一の人っスよね。正直、燃えない理由がないっス」
香雅里は一息ついた後に席を立ち上がる。
みちるが差し伸べてきた手を握り返すと、彼女は煌びやかなウィンクで笑った。
「なんたって、アイドルはビジネスだからね! 改めて香雅里星菜ちゃん。プロダクション・エイジにようこそ。私があなたを日本No2にしてあげる!」
「残念ながらカガリは、作って弾いて歌うシンガーソングライターとして、東城美月も、みちるさんも全部越えて行くっスよ」
「……その意気! 望むところだよ!」
古びたラーメン屋には、二人の少女の決意の炎が燃え上がっていた。
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