第三章 相棒
第26話 プロチームとの対戦開始!
大会二日目は僕達一般ゲーマーチーム対BoDプロチームによる決勝戦と、在日米軍チーム対アスリートチームの三位決定戦だ。
常識的に考えて僕達がプロチームに勝てるはずがない。
個人技では歯が立たないだろう。
だから、僕達は前日、しっかりと作戦を練ってきた。
相手はいくらプロだろうと、BoD歴半年。
eスポーツの正式種目に採用されてからBoDを始めた人達だ。
つまり、敵は半年が12人で六年。
けど、僕とアリサのBoDⅡ歴は三年。ふたりで六年だ!
シリーズのプレイ経験では負けていない。
僕たちは前日と同じ部屋でゲーム開始の時を待つ。
「ん? なんか妙な視線を感じる……。あ……」
相手チームのゲーム台に、昨日僕を殴った奴が居る。
プロチームの突砂リーだ。
斜め前だから、ゲーム台の隙間から忌々しい顔が見える。
人を馬鹿にしたようなニヤニヤ顔をしている。
「くっ……」
殴られた胸がいまさら痛むわけでもないのに、何故か息苦しくなってきた。
僕の異変を察したのか、ジェシカさんが隣にやってきた。
「どうした、カズ」
「あ……。大丈夫です。緊張して喉が乾いたかなって」
「ん、飲む?」
ジェシカさんがカーゴパンツのポシェットからペットボトルを出して揺らした。
中身が明らかに減っているので、受け取れば間接キスだ。
気恥ずかしいし、本当に喉が渇いているわけではないので、僕は首を横に振る。
「ん。適度に緊張しておけよ」
「はい」
ジェシカさんが見送った後、何気なくアリサを見ると、目があった。
けど、すぐ逸らされてしまった。
まだ、昨日のことで不機嫌なのかもしれない。
でも、朝食は同じテーブルで食べてたから、そんなに怒ってないと思いたい。
まさか、僕が朝食のことを、ビュッフェではなくバイキングと言ったのを怒っているのだろうか。
そんな些細なことで……って、あり得そうだ。
せっかく仲直りしたのに、昨日は気まずくてほとんど会話できなかった。
でも、アリサはゲーム中で活躍すれば、すぐに機嫌を回復してくれるはず。
スタッフの合図により、ゲーマーチーム対プロチームの戦いが始まった。
ルールは前日と異なり、本拠地制圧戦だ。
マップ上の中立拠点の奪い合いではなく、相手陣営の拠点を制圧することになる。
雪合戦のルールに近いかもしれない。
自陣を護りつつ、相手陣営を攻め落とせば勝ちだ。
運がいい。
通常の制圧戦では勝ち目は薄いが、本拠地制圧戦ならアリサの個人技が生きる。
極端な作戦を立てるなら、アリサひとりに攻めさせて残り全員で防衛に回ることだって可能だ。
アリサなら、プロにも負けない……!
僕はそう信じている!
勝てる可能性がある!
マップは近代的な都市。
高層ビルが建ち並び、幅の広い川が中央を北と南のエリアに分断している。
北端にゲーマーチームが操作するソ連軍の拠点があり、南端にBoDプロチームが操作する米軍の拠点がある。
要所になるのは三箇所。
先ずはマップ中央の橋。
見晴らしが良く幅が広いので、戦車も入り乱れた混戦になる。
次に川を直行する地下道。お互いの陣地付近に入り口があるが、入り口が相手陣地側から見えやすいという欠点もある。
この二箇所がソ連軍陣営に近いので、ソ連軍が有利なマップと言える。ソ連軍が開幕と同時に戦車で中央の橋を占拠すれば勝ちは固いだろう。
最後にマップ南西にある放送施設。
ここは数分に一度、味方プレイヤーのミニマップに敵の位置を表示したり、爆撃支援を要請したりできる。
橋と地下道がソ連軍拠点に近い分、放送施設は米軍付近に設置されている。
使用タイミングがはまれば、敵に大打撃をあげることが可能。
つまり、ソ連軍が有利だけど、米軍に一発逆転のチャンスがあるマップというわけ。
ロード画面が終了し、ソ連軍の本拠地にゲーマーチームの12人が出現した。
「アルファーチーム! オレのケツを美女の尻だと思ってついてこい!」
「Sir! Yes sir! 美女のパンツに食いつきます! サー!」
ほら、ゲームが始まれば上機嫌。
アリサは僕の悪乗りに、同じノリの返事してくれた。
チームメイトの男性陣2名は「お、おう」と微妙な反応。
しまった。
普通の人には、反応に困るであろう下品な言動だった。
少し気をつけよう。
「ではブラボーチームとチャーリーチームのみなさんも、前日の作戦でお願いします!」
アルファチームは、僕、アリサ、男性プレイヤー2名。
ブラボーチームはジェシカさんとモジャモジャに、男性プレイヤー2名。
チャーリーチームは声優陣4人。
本当は今日の試合ルールが本拠地制圧戦になったら、僕、アリサ、ガチさんの最強チームで攻めて、残りのメンバーで防御に徹する戦術をとりたかった。
けど、それは却下されている。
イベントスタッフの要望で、声優は同じチームに固める必要があったのだ。
動画配信は、ゲーマー声優が和気藹々と戦争ゲームをしているところを映したいそうだ。
仕方ないので、僕、ジェシカさん、ガチさんという、分隊の指揮を執れる人をリーダーにして、四人分隊を三つに。
ジェシカさんは操作は初心者かもしれないけど、ゲームの経験自体は長いから、戦術には詳しい。状況判断も的確だろう。
ジェシカさんの知識は勝敗を決める要因になるはずだ。
僕はチームメイトの乗った移動用車両を操作し、地下道入り口に急行。
車両は乗り捨て、僕を先頭にして四人で地下鉄駅に降りる。
「ストップ」
僕は立ち止まり、仲間に停止命令を出す。
耳を澄ますと、硬質なブーツがコンクリートを踏む音が近づいてくるのが分かった。
敵が接近中だ。
(……早い。地下鉄駅の拠点は僕達の本拠地の方が近いのに、到着がほぼ同時。相手は相当、やりこんでいるな)
移動は迅速だ。
けど、相手は僕達をBoD素人と思って油断しているはず。
昨日、初心者でも上級者と渡り合える戦術は練習してきた。
何処まで通じるか……!
「いま!」
僕達は一斉に閃光手榴弾を投げた。
硬質な爆音と共に画面がホワイトアウト。
投擲と同時に背を向けた僕ですら、画面が白く染まって見難くなっているのだから、直撃を食らった敵チームは完全に視界を失っているはずだ。
投げる技量だけなら、上級者も初心者も大差がない。
手榴弾の投擲で最も重要なのは、使用タイミング。
敵は、貴重な閃光手榴弾をまさか一斉に投げてくるとは思いもしなかっただろう。
爆発物を温存したまま死ぬくらいなら、さっさと投げろ、が僕の方針!
「A1、A2、攻撃開始!」
コールサインA1が僕、A2がアリサだ。
方向感覚を失って慌てふためいている敵兵を、僕とアリサが撃つ。
敵は発煙手榴弾を投げたがもう遅い、ピョンピョン跳ねたり伏せたりしても無駄!
僕とアリサが敵を次々と撃ち倒していく。
「よし、いける! 手筈通り!」
作戦はシンプルだ。FPS経験の少ないA3とA4は僕とアリサのバックアップ。
ふたりともFPSは未経験なんだけど、アクションゲームやMMORPGで連携することに慣れている。
後衛からの援護を快く引き受けてくれた。
「よし。作戦成功! 敵が二分隊も地下鉄駅に来ていたのは予想外だけど、勝った!」
アリサが5人を、僕が3人を倒したので、Aチームをひとりも損なうことなく地下を制圧した。
作戦が完全にはまって、無傷でプロを倒してしまった!
凄いんじゃね?
ねえ、マジで凄いんじゃね?!
「突砂の蛇野郎がいなかったのはラッキー。まあ、もしいたら、意地でも僕がフルボッコにしてやるんだけどね」
ズンッ……。ズズッ……。
地下の決着と時を同じくして、頭上から重い爆発音が振ってきた。
天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。
BチームとCチームが、橋の周辺で戦闘を始めたのだろう。
「上は2倍の人数がいるから、なんとかなると信じよう……。アリサ、行こう」
「OK」
僕とアリサは、A3とA4を置いて先に進んだ。
A3とA4は地下に残り、照明を破壊しながら、暗がりで敵を待ち伏せてもらう。
FPSに不慣れなふたりは、視界を悪くした地下に残ったほうが活躍できるはず。
地下道はマップの南北をつなぐ重要な位置だから、無人にはできない。
一回こっきりの大技だが、いざとなれば天井を崩して、敵を生き埋めにもできる。
タイミングさえ外さなければ初心者のふたりでも敵を全滅させることが可能だ。
最悪ふたりが殺されたとしても、殺されたというキルログが出れば、僕やジェシカさんは見逃さない。
すぐにフォローに入れる。
FPSは相手を撃ち殺す技量が重要だと思われがちだけど、あるレベルを超えてくると、操作テクよりも戦術が重要になってくる。
キルログを意識していれば味方がどこでどうやって殺されたかが分かり、敵が何処にいて何処へ向かっているのかが予想できる。
僕のキルレートは0.6で、BoDⅡプレイヤーの中では雑魚だった。
けど、ラウンド終了時の得点で上位に食い込むことは何度もあった。
撃ち合いでは負けても、試合では勝つ!
操作テクニックでプロプレイヤーに負けていたとしても、経験では負けていない!
完全に作戦がはまり、1ラウンド目は僕達の勝利だ。
隠密行動をしていた僕とアリサのふたりが速攻でプロ側の拠点から旗を奪ったのだ。
成績画面だとプロチームは軒並みキルレート20前後で、得点も高い。
一方、日本チームは僕とアリサ以外は全員0キル20デスという悲惨な成績。
しかし、それは、たとえ何回殺されようとも敵の前に立ち、拠点を護りきったことを意味する。
キルレートを気にしているプレイヤーは死を恐れるあまり消極的なプレイをする場合がある。
特に今回のような拠点制圧戦では、どこに敵が潜んでいるか分からない以上、プロでも初心者に背後から切られる可能性は高い。
おそらく敵プレイヤーは僕達を侮っていたし、僕達に殺されることを恐れて、積極的に攻めることができなかったのだろう。
さらに、同じ理由で、命を捨ててまで旗を護る覚悟もなかったのだろう。
結局、プロはチームの勝利より自分の成績を優先してしまったのだ。
やっべ……。
僕とジェシカさんが中心になって考えた作戦が見事に的中しすぎて怖い。
休憩時間になると、ジェシカさんがやってきて、手を掲げた。
「Hey!」
「うっ……」
ハイタッチを求めてきていることは明らかだったので、応じた。
快音がして、掌がビリッと痺れる。
直後、何故か脹ら脛にも鈍い痛みが走った。
「痛い!」
「カズの馬鹿! アホッ!」
アリサの理不尽な蹴り攻撃は、ジェシカさんが仲裁してくれるまで続いた。
「ごめんごめん。アリサもカズとハイタッチしたかったんだな」
「違うもん!」
アリサは否定して、さっさと自分のゲーム台に戻ってしまった。
今のラウンドは、隠密行動で無口だったからなあ。
アリサの不満が溜まってしまったのだろう。
いつもみたいな連携が決まったときの爽快感はなかったし、撃ちまくりの大暴れもなかった。
突撃馬鹿のアリサは不完全燃焼だろう。
隠密行動もFPSの楽しさの一つだと思うんだけどなあ。
命がけのかくれんぼみたいで、僕は脳汁噴き出しまくりで楽しいんだけど、アリサは撃ちまくりたいんだろうなあ。
次のラウンドでは敵から油断はなくなるだろうし警戒を強めてくるだろうから、さすがに隠密行動で拠点を取るのは無理だろう。
アリサ好みの激しい銃撃戦になるはずだ。
勝ったら、真っ先にアリサと喜びを分かち合おう。
「うっ……」
モニターに向き直ったら、妙な気配がした。
背中に冷たいものを入れられたような、ゾワッと肌が泡立つ感じだ。
僕は嫌な風みたいなものを感じる方を、怖い物見たさで見てしまった。
ゲーム台の隙間からプロチームの突砂リーが僕を見ていた。
馬鹿にしたような笑みは消えている。
獲物を狙う蛇のような視線が僕を突き刺してきた。
(のまれるな。怖くない。怖くない!)
暴力沙汰になれば勝てないけど、ゲームだったら、話は別だ。
怖がる必要なんてない!
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