第25話 決戦前夜
ホテルに到着し、ジェシカさんと合流した。
ジェシカさんはホテルの添えつけらしき浴衣を着ていたが、全く似合っていなかった。
美人だからといって、なんでも着こなせるというわけではないらしい。
胸の直ぐ下で帯を結んでいるから、大きな膨らみがくっきり浮かび上がっていて、目のやり場に困る。
「何だよ、じろじろ見て。一緒に風呂に入りたかったのか?」という難問では出題者の意図を理解できずに「うん」と答えてしまった。
出掛けた直後に走って汗をかいていたから、「一緒に」の部分を失念して、素直に答えてしまったのだ。
話題を逸らして宿泊費を聞いてみたら、ゲーム機より安かった。
Virtual Studioよりも高い金額を勝手に想像して怯えていた自分の、世間知らずさが恥ずかしい。
「浴衣って言うとアリサが怒るから、ガウンって言えよ」
「あ、はい」
僕達は他の人と合流する前に、ホテルの一階にあるコンビニで差し入れの飲み物やお菓子を買った。
何処にでもある普通のコンビニなのに、美人のお姉さんと一緒なので、物凄く緊張して居心地が悪い。
店員のお兄さんが、僕達の組み合わせを見て首を捻っていた。
で、目的の部屋に向かう途中にも、ジェシカさんは僕の心臓に悪い悪戯をしてくる。
僕のスマホを使って自宅に電話し、母さんに「和樹君と二年前からお付き合いをさせていただいているジェシカ・サンチアゴと申します」と、初めて聞く丁寧な口調で挨拶した。
お付き合いって、ゲームのことだよね?!
未成年が夜中に外出したから、ジェシカさんは成人の義務として保護者に連絡してくれたんだろうけど、母さんが変な誤解をしかねない。
気の休まらない通話が終わり、ようやく目的地に着いたときは、僕の全身は妙な汗で熱くなっていた。
ドアを開けると、にぎやかな光景が目に飛びこんでくる。
バスケットコートほどの広さの部屋には畳が敷いてあって、浴衣を着た数人のグループがテレビに向かったり、膝を突き合わせて雑談したりしていた。
見覚えのない顔もある。
大会出場者の知り合いらしき人も何名か居るようだ。
「あれ? アリサが居ない?」
金髪で目立つ子だから、部屋を一瞥しただけで不在だと分かった。
「ん、ああ。あいつなら、すぐ来るよ」
「えっ」
「オレがお前を迎えに行くタイミングで、着替えに行ったの。仲直りは済んでいるんだから、逃げたわけじゃないって」
「あ、いや」
「ともかくさ、FPS経験の少ない人にBoDのコツを教えてあげてよ」
「うん」
僕は安請け合いをしたことをすぐに後悔した。
ジェシカさんに従って向かったところには、女性ばかり四人も居た。
多分、高校生、高校生、大学生、大学生だ。
やばい。無理だ。
初心者にFPSのセオリーを教えることはできるけど、女性四人の輪に入るのは無理だ。
大学生風の大人しそうな人なら、まだギリギリなんとかなるかもしれないけど、高校生ふたりが茶髪だし、おしゃれな服装だし、中学生のアリサにすら緊張するレベルの対女性能力では対応できないのは明白だ。
「オレはあっちの連中と練習してくるから、あとは頼んだ! じゃな!」
「え、あ、うっ……」
ジェシカさんはさっさと僕を置いて行ってしまった。
なんという罰ゲーム!
ジェシカさんは僕に嫌がらせをするような人だとは思えないけど、どうして……あっ。
ジェシカさんが持っていった方のコンビニ袋は、アルコールが入っている方だ!
あ。ああ……。
部屋の面子は、男と女でも、中級者と初心者でもなく、アルコール飲む人と、飲まない人で別れているんだ!
へたれな僕の交戦規定には、複数の女性と相対したときの行動指針が載っていないから何もできずにフリーズしてしまった。
けど、女性陣が気を利かせてくれた。
昼間の自己紹介で僕が途中退室していたので、改めて自己紹介をしてくれたのだ。
驚いた。
みんなアニメの声優だった。
名前を聞いたけど、知らなかったのは申し訳ない……。
みんなゲームイベントのゲストとして呼ばれたらしい。
確かに、僕みたいなのが十二人も集まってゲームしているだけじゃ、動画を配信しても面白くない。
声優四人がゲームを実況していれば、ゲーム会社の企画としては十分なんだ。
意外なことに青葉美空さんがガチのFPSプレイヤーだった。
昼間の対戦でひとりだけ上手だったGameEvent01は彼女とのこと。
女性との会話で、しかも相手が有名人だから気後れしちゃうけど、共通の話題があるなら、なんとかなるかもと油断した矢先に。
「カズさんって、あの土煙さんですよねー。私、ファンでーす」
「ふひっ」
不意打ちを食らった僕は肺から小刻みに息を吐きだすしかなかった。
僕は狼狽するしかないんだけど、女性達は「土煙ってなーに」と勝手に盛り上がってくれた。
やめてっ。
僕の黒歴史を掘り起こさないで!
止めたいけど、僕には女性に向かって声を荒らげる度胸はない。
昔、BoDⅡのオンライン対戦でイキってた僕は、攻略Wikiで《土煙のカズ》って名乗っていたんだよ……。
というか声優の青葉さん、なんでそれ知っているの?
ガチプレイヤーかよ!
社交辞令なんだろうけどガチさんが「午前中凄かったですー。ゲームフレンド登録してくださいー。こんど一緒に遊びましょーよー」なんて言ってきた。
僕はニヤケまくっていたと思う。
頬がふわふわ浮きそうだ。
無言だと気持ち悪がられるから、僕からも何か話そう。
気になっていたこともあるし。
「あの、ギリースーツを着てたのは、誰ですか? イベントの一環なんですか?」
僕は、はーいって返事がすぐにあると思っていたんだけど、四人は顔を見合わせている。
「ギリースーツって何?」
「ほら。全身緑でモジャモジャしていた子いたよね? サバゲショップとかAnazonで売っているやつじゃなくて、あれ、自作だったよ」
「あ。あの青春の子」
「あの子なら、おうちに帰ったよ」
さすがガチさんは当然のようにギリースーツという言葉を知っていた。
「青春って、なんですか?」
「あの子ね、好きな子の趣味に合わせて、あんな格好をしているんだって」
「す、凄い趣味の人がいるんですね……」
「今朝、偶然、その好きな子が出かけていくのを見ちゃって、慌てて追いかけてきたんだって」
「凄いよね。で、勢いに任せて着いてきちゃったんだけど、ストーカーみたいだから顔を合わせるにはいかず、あんな格好をしちゃったんだって」
「サバゲーの本を見ただけで自作しちゃったんだって。凄いよねー」
「な、なるほど」
世の中にはヤバイくらい行動力に溢れた人がいるんだなあ。
一昔前に流行った森ガールなら兎も角、ギリースーツガールなんて好きになる男子は居ないと思う。
「痛っ」
ようやく女性陣との会話も慣れてきたと浮かれていたら、お尻に痛みが走った。
振り返ると、いつの間にかアリサが居て、肩を強ばらせていた。
「カズの馬鹿!」
アリサの顔は真っ赤で、眉が吊り上がっている。
あれえ……。
仲直りしたはずなのに、なんで怒ってるの?
「お尻の穴を狙うようなつま先キックはどうかと思うんだけど……」
もう夜だというのにアリサは何故か、お出かけするかのような私服だった。
青いシャツと呼ぶと怒られそうだから、ブルー・ウインド・チュニックと名づけてみた。 ギリ、ユニクロで揃えられる一番オシャレな服というか、国産RPGのヒロインが着ていそうな服だ。
すばやさが2くらい上がりそう。
「きゃーっ。可愛い!」
アリサの登場は青天の霹靂だった。女性達はアリサに群がった。
(ありがとうアリサ)
女性四人との会話は居心地が悪かったから、解放してもらえて楽になった。
僕の代わりにアリサはおろおろして困り果てている。
すると、離れた位置に居た酔っ払い、ではなく、ジェシカさんが大きな声で助け船を出してくれる。
「アリサ、緊張してたらもったいないぞ。その人、ピュアローズだぞ」
「はーい。戦場に咲く可憐な花、ピュアローズでーす」
ガチさんが横向きのピースサインを頬に当てる決めポーズ。
アリサは目を白黒させた。
「え? え?」
顔を真っ赤にしたジェシカさんが匍匐前進でやってくる。
浴衣が乱れて、なんか胸元がエッチぃ。
地肌が白いから、アルコールを摂取して赤らんでいるのが分かりやすい。
というか、早ッ。
浴衣美人が匍匐前進するというシュールな光景は一瞬で終わってしまった。
「ほらほら、アリサ。ピュアフラワーの皆さんにBoDを教えてあげなよ。このまま明日になったら、ダークヴァイオレットに負けちゃうぞ」
「う、うん……」
ジェシカさんが間に入ってくれたら、急に場の空気が変わった。
声優さんが四人もいるのに、ジェシカさんがあっと言う間に場の中心になる。
というか、浴衣が乱れているから女性陣がジェシカさんを取り囲んで身だしなみを整えている。
気まずいから僕は視線を逸らした。
衣擦れの音と一緒に「腰、ほっそーい。胸、おっきーい」とか「脚長ーい」とか聞こえてくる。
女性の目から見てもジェシカさんは綺麗なのか。
やはり、世界三大美人を答える設問で回答したら、正解になるな。
それからはジェシカさんが会話の流れを誘導して、人見知りな僕でさえ、初対面の女性達にゲームを教えることができた。
物怖じして口ごもりそうになると、絶妙なタイミングでジェシカさんがフォローを入れてくれたのだ。
ガチさんは経験者だけあって飲みこみが早い。
というか、教えることはほとんどない。
むしろ、僕がⅡとⅤの仕様の違いや、マップの特徴を教えてもらった。
他の人とも改めて自己紹介をし、翌日のための打ち合わせをした。
みんなの特技を活かす作戦も立てられたし、もしかしたら、明日はプロチームといい勝負になるかもしれない。
プロチームの弱点は、分隊間の連携だ。
ただ、アリサが少し不機嫌だったのだけは気になる。
ジェシカさんは「気にするな」って言っていたけど、少しだけ気になる。
僕達が一緒に並んでゲームをする機会なんてもうないかもしれないんだ。
だから、明日は絶対に勝ちたい。
勝って、最高の思い出を作りたいんだ!
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