第13話 もうすぐ試合開始だよ!

 ゲームの試合会場は暗幕を降ろした視聴覚室みたいな部屋だった。


 ゲーム台が二列に並んでいて、モニターの明かりが部屋を縦に割るようにして光の道を作っている。


 一見すると幻想的な光景だ。

 けど、進むにつれて、深夜こっそり親に内緒でゲーム機の電源を入れるような、いけないことをしている感が背筋を這い上がってくる。


 モーションセンサー用の専用マットだけでなく、銃型コントローラーも各種用意されているようだ。


 やっべ、嫌なことがあったばかりだけど、わくわくしてきた。


 大会初日の今日は、午前中に僕達ゲーマーチームとプロスポーツ選手チームが対戦し、午後に在日米軍チームとBoDプロチームが対戦する。


 二日目の明日に、勝利チーム同士が戦い、優勝が決まる。

 初戦がスポーツ選手チームなのは幸いだ。


 いくらリアルでの身体能力が高くても、ゲーム自体は初心者だろう。


 ゲーマーVSアスリートという対立はゲームイベント的には美味しい構造かもしれないけど、結果は見えている。


 ゲームはゲーム。僕達の圧勝だろう。


「Hey! カズ、下痢みたいな顔してるよ? ハンカチは多めに持ってきた?」


 薄暗い室内を奥に向かう途中、アリサが弾むようにして振り返った。

 アリサも、たくさん並んだゲーム機を見て興奮を隠せないようだ。


「持ってきてないけど……」


「えっ。私に負けて泣くんだから、百枚は持ってこないと!」


「あー。そっか。僕に負けて泣くアリサに貸すハンカチを持ってくるべきだったか……。ごめんね」


 何かさっきの一件があってから、リアルでもアリサとの会話が随分と楽になった。

 ゲームに熱中してオンラインのノリで接したから、だいぶ、慣れたみたいだ。


 アリサは、むーと唸りながら奥に向かおうとする。

 すると、僕の後ろに居たジェシカさんがさっと前に出た。


「アリサ、ストップ!」


 ジェシカさんはアリサの肩を掴む。


「使う場所は決まっているから。オレらは手前四つ。九から十二番」


「えー。奥がいい……」


「奥は動画配信で映るけどいいのか?」


「アリサ、手前でいい!」


「じゃ、アリサは九番のゲーム台な。家で使ってた銃が置いてあるはず。十番にゲームパッドが置いてあるはずだから、それがカズな」


「あ。ほんとだ。十番目、ゲームパッドだ」


「オレが十一番目。もじゃもじゃガールは十二番な」


「は、はい。……って、もじゃもじゃガール?! 私は冬つ――」


 デデンデッデデン♪


 うわっ。びびったあ。室内のモニターが一斉に点灯して、《Battle of DutyⅤ》のテーマ曲が流れ始めた。


 やべ。

 テンション上がってきた。

 僕とSinさんが普段と同じゲーム環境で戦ったら、絶対、強い。

 大活躍してやろ。


 ……ん?


 というか当たり前のようにスルーしちゃったけど、ジェシカさんも参加するの?


 BoDやってたのはアリサだよね?


 ジェシカさんも上手いの?


 操作の力量は不明だけど、少なくとも僕とボイスチャットをしていたのだから、ゲーム知識や戦術眼はあるはずだし、初心者よりは強いかも。

 

 さて、対戦の準備をするか。


 ゲーム台にはパッドが二つ置いてある。

 ゲーム機メーカーが出しているやつと、サードパーティーが出している周辺機器だ。

 僕はメーカー純正のを使う。


「おお……新品。スティックの表面に滑り止めの凸凹が残ってるし、ボタンがカチカチしてる」


 家で使っているコントローラーはスティックの親指が当たる部分が、すり減ってツルツルしているんだよなあ。

 一部のボタンはスカスカだし。


 もう、ゲームパッド自体があまり市場に出回っていないから、買うのも一苦労なんだよなあ……。

 通販サイトだと定価より高いし、家電店だといつ行っても品切れ中の札が出ているし。


 持ってきたUSBメモリをゲーム機に挿す。

 これで、ここでもKazu1111というゲーマーIDが使える。


 折りたたみのパイプ椅子があったので、ゲーム台の前に置いて座った。


 隣を見るとアリサがテレビに向かって手をぶんぶん振っている。


 モーションコントローラーのセンサーに自分の姿を登録しているのだろう。

 つか、スゲエ。

 アリサの前、周辺機器の特殊コントローラーがめっちゃ置いてある。


 ハンドガン型コントローラー 9,800円。

 アサルトライフル型コントローラー 14,800円。

 確かそれくらいのお値段。


 あれ?

 スナイパーライフル型のコントローラーって、BoDⅤの初回限定版59,800円に付いてくるやつ?

 テレビを叩いて壊す人が続出したという、悪名轟くスナイパーライフル型コントローラー……実在したんだ。


 何処かから大会のスタッフがルールを説明しているのが聞こえるけど、僕はついアリサに見とれてしまった。


 アリサは手慣れた様子でアサルトライフル型コントローラーをテレビに向かって構え、足踏みをし、さらにはアヒルみたいにお尻をふりふりしている。


「スケール感、おかしい……」


 アサルトライフル型のコントローラーはM16A4をモチーフにしているらしく、長さは約1メートルだ。

 アリサの身長は140センチメートルくらい?

 ライフルを構えているというより、ライフルに抱きついている感じ。


「Nnn……」


 アリサはセンサーの調整に満足したらしく、嬉しそうに鼻から息を吐いた。


 視線に気付いたアリサがニコッとほほえみ、お尻を僕に向ける。


「Hey. Fucking A My ass hole!」


 ……意味分かって言っているのかな。

 かわいらしい声なのに、ピー音に差し替えたいくらい下品な内容だ。


「オッケー、ブロ……」


 一応返事したけど、僕の表情は引きつっていただろう。


 アリサの言葉を多少無理してお上品に訳すなら『オレのケツを舐めろ』になる。

 これは『ケツを舐められる位置に居ろ』という意味で、転じて『オレについてこい』という意味になる。

 実在の軍隊はよく知らないけど、ゲームに出てくる海兵隊がよく使う言葉だ。


 Sinさんが口癖のように『ファック』って言っていたときは気にならなかったけど、アリサの幼い声で聞くと、とたんに卑猥な意味に聞こえてくるから不思議だ。


 本来の意味が分かってないんだろうなあ。

 絶対、数年後に意味を正しく理解して苦しむはず。


 僕が中学生の時、ネットのBoD掲示板に『Kazu1111強すぎ。土煙のように不意に現れては敵部隊を混乱に陥れるから、これからは彼のことを《土煙のカズ》と呼んで尊敬しようぜ』と書きこんだ黒歴史が消えないのと同じだ。


 BoDⅡに残った最後の五十人は僕のことを土煙って余分だよな……。辛い。


 いつかアリサも黒歴史に苦しむだろう。


 僕が自らの黒歴史を思いだして震えていると、アリサが真横にやってきて手元を覗きこんできた。


「ふーん。本当にパッドなんだ。カズはエイムが遅くて対人が弱いんだから、モーコンにしたら?」


 アリサが両手を顔の高さに構え銃を撃つような仕草をする。


 エイムとは銃で敵を狙い定めることだ。

 銃型コントローラーで画面を指し示すのと、標準コントローラーでレバーを操作するのとでは、どちらの精度が高いかは明白だ。


 向かい合って撃ち合いになれば、パッドでは銃型コントローラーに勝ち目はない。


 しかし、パッドにだって利点はある。


「移動とか武器交換とか、こっちのが操作しやすいし。モーションコントローラーって疲れるでしょ。グレネード投げるのは、もろに身体能力が反映されるって言うし。身体を傾けたら移動っていうのも、よく分からないし」


 自動一輪車のセグウェイかなんかより簡単って言われているけど、モーションセンサーコントローラーって取っつきにくいんだよなあ……。


「成績ゼロからスタートだから、カズも頑張ればキルレート1.0行くかもね!」


「キルレか……」


 僕のBoDⅡでの対人キルレートは0.6だ。

 6回敵を倒す間に自分が10回死ぬということ。

 要するに、僕は対人での撃ち合いがクソ雑魚だってこと!


 いや、いいんだよ。

 僕は旗を取ったり、攻撃目標を破壊したりして、立ち回りでチームに貢献するプレイスタイルだから。


 なお、アリサの対人キルレートは、僕を遙かに超える1.7。

 常に最前線で撃ち合いしまくって1.7はマジで凄い成績だと思う。

 いつもラウンド終了時の成績で上位に食い込むんだよなあ。

 まあ、殺しまくるけど、死にまくるのが欠点だけど……。


「アリサ。カズ。お前ら、ちゃんとルールを聞いていたか?」


「聞いてないよ。制圧戦や殲滅戦ならⅡにもあったし」


「ゲームのルールじゃなくて大会のルールだよ」


 ジェシカさんがやってきてアリサの両頬をつまんで、ムニムニと捏ねる。

 お仕置きというよりスキンシップなのか、アリサは嬉しそうに喉を鳴らす。


 部屋のどこかにあるスピーカーから、大会スタッフの声が聞こえてくる。


『ルールの説明は以上です。では、モーションコントローラーを使用する方は調整してください。事前申請とは異なるコントローラーを使う方は、用意が有りますので前まで来てください』


 どうやら、先ほどアリサがセンサーの調整をしていたのはフライングだったようだ。


「お前ら勝手に準備していたけど、ふだん使っているIDが使用禁止ってルールだったら、どうするんだよ」


 呆れ声は、裏を返せば自分のIDを使用してもいいということだ。


 ジェシカさんはアリサの使うゲーム台の方に歩いていく。

 僕とアリサは顔を見合わせてから、ジェシカさんについていった。


「IDは使用できるけど武器制限ルールだからな。旧シリーズプレイヤー特典のベテランスキルも使用不可」


 成る程。

 経験者と未経験者の差を少しでも小さくするためのルールか。


 Ⅴをプレイし始めたばかりの僕にはありがたいルールだ。

 IDを適用して自宅と同じ操作設定にするだけで、十分。


「ん?」


 ジェシカさんがアリサのゲーム機から、ディスクを取り出してしまった。

 なんでだろう。

 アリサを見てみたけど、アリサも事態がのみこめずに困惑しているようだ。


「ジェシー?」


「BoDの国内版で遊んでいいのは16歳から。お子ちゃまは全年齢版を使えってさ。ほら、さっきオレが控え室で呼ばれてただろ」


 BoDは銃で撃ちあうゲームなので、購入できるのは16歳以上だ。

 いくらゲームとはいえ、銃で人を撃ち殺したり流血したりするのは、子供に悪影響を及ぼしかねないという理由だ。


「むー。ホクベー版でいいのに……」


 アリサが不満げにぶーたれて、唇をぷくぷく揺らす。

 北米版は年齢制限が日本国内版より緩いため、ソフトの対象年齢が低いのだ。


 一方で北米は銃型コントローラーの規制が強く、蛍光色の派手な色をした水鉄砲のようなアタッチメントしか販売されていない。

 実銃そっくりのコントローラーが販売されているのは日本だけ。


 だから海外のコアなプレイヤーは日本のコントローラーを購入しているらしい。おかげで、転売ヤーの餌食にあって入手困難。


『それではみなさん、ヘッドセットを装着してください。フリーチャット設定ですので、ゲーム内で近くにいるプレイヤーと会話可能ですが、相手チームにも声は聞こえるので、作戦の相談は慎重に。ゲーム機器の故障や体調不良などでゲームを中断する場合はヘッドセットを外して、イベントスタッフを呼んでください』


 あ、部屋の奥にテレビカメラを持った人が居る。

 きっとネット中継のスタッフだ。

 映ったらどうしよう。変なことは出来ないぞ……。


 ジェシカさんが自分のゲーム台に戻るから、僕も自分の位置に戻る。


 ジェシカさんはゲーム経験がないだろうし、僕が上手くフォローしよう。


「やばい。緊張で指が震える」


 僕はコントローラーのスティックを左右にかちゃかちゃ揺らす。

 右隣を見ると、アリサが身体の調子を確かめるように、銃口をテレビに向けて細かく動かしている。


 左隣を見ると、ジェシカさんもモーションコントローラーを使うようだ。


「うわっ……。カッケぇ」


 長身のジェシカさんがアサルトライフルを構える姿は様になっていた。


 銃床――銃口とは反対側の端――を肩に当てて、しっかりと固定している。

 いつの間にかサングラスを装着しているし、本で見た『射撃訓練をする兵士』の写真にそっくりな姿勢だ。


 見とれていたら、いきなりジェシカさんが僕に銃口を向け、不敵な笑みを浮かべる。

 ヘッドセットをしているから声は聞こえないが「バン」と口にしたようだ。


「うっ」


 玩具だから弾が出るはずもないのに、心臓に衝撃を感じた。

 本当に撃たれたかのように激しく脈打つし、出血したのではないかというくらい、顔や胸が熱くなった。


 胸を押さえていた手を離すと、もちろん血は出ていない。


 僕の様子がおかしかったのかジェシカさんが口を開けて笑っている。


 つい、くらっと眩暈がしてしまった。

 本当に、血が不足しているのかもしれない。


 襟元をぱたぱたと扇いでみたけど、ゲームのロード中に動悸が治まることはなかった。


 いけない、いけない。

 もうすぐ始まるし、ゲームに集中しないと。

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