第12話 リアルモクゾー登場

 名古屋市国際芸術センターの二階にある休憩スペースに微妙な空気が漂っていた。


 僕は床に膝をついたまま、もぞもぞと動く観葉植物を見上げる。


 多分、アリサも、僕達に絡んできた四人組も、モジャモジャの存在に気付いていなかった。


「暴力は駄目です」


 声から察するに女性であろう人物はギリースーツを着ている。

 モジャモジャした異様な格好は、全身に貼り付けた植物で姿を隠蔽し、景色に溶けこむためのものだ。


「関係ないヤツは引っこんでろよ」


 僕の右側にいた男が、モジャモジャを突き飛ばそうとしたのか、殴ろうとしたのか、手を出した。


「あっ」


 一瞬のことだった。

 男が、自ら飛びこみ前転するようにして背中から床に倒れてしまった。


「暴力は駄目ですと言いました」


 モジャモジャは背筋を伸ばして立ったままだ。


 いったい何をしたのか……。

 素人知識で結論を出すなら合気道だ。


 お隣の冬月家が合気道の道場を構えているから、何度か見たことある。

 モジャモジャは相手の進む力を利用して投げ飛ばしたのだろう。


 これで状況が好転すれば良かったのだが、人数差がある。


 男達はモジャモジャを警戒した様子もなく、ニヤニヤと笑っている。

 倒れた男が立ち上がるのを、他の男達がからかうようにして小突いている。


 ただ、僕はつくづく実感したんだけど、相棒という存在は、必ず危機に駆けつけてくれる存在なのだ。


「すげえじゃん。一回転。オレ、来る必要無くね?」


 廊下の奥から、ジェシカさんがスマートフォンを手にしながらやってきた。

 僕を心配そうに覗きこんでいたアリサも、スマートフォンを持っている。


 そうだよな。

 アリサだっていくら何でも、考えなしに相手を挑発しないよな。

 ちゃんと助けを呼んでいたんだ。あの挑発は時間稼ぎだったんだ。


 屋内にギリースーツという違和感が存在するにも拘わらず、ジェシカさんは全身に注目を浴びながら、堂々と闊歩する。


 誰も動けない。

 ジェシカさんは、ただ歩くだけで、場の主役になってしまった。


「ケツは無事か? 『Kazu fucking now』ってメールが着たときは何事かと思ったぞ」


 ジェシカさんが僕の傍らで手を差しだしてくれた。


 ゴリラ男がジェシカさんを間近に見て口笛を吹き、耳障りな音を鳴らす。

ウザがらみが始まりそうだと思ったけど、意外なことに、リーダー格らしき蛇男は背を向けた。


「ちっ……。行くぞ」


 リーダーが去ると、他の男達は不満げだったが、何度か振り返りながら後に続く。


 危機は去った……。

 僕はジェシカさんが差し伸べてくれた手に、掴まる。


「折角オレみたいな美人が来たんだし『俺達と楽しいことしようぜ』っていうお約束にならなかったな。なあ? 大丈夫?」


「あ、はい」


 ジェシカさんがふらつく僕に気を遣ってくれたらしく、腰に手を回して支えてくれている。

 というわけで密着してしまったから、ドキドキしちゃって、別の意味で大丈夫じゃなくなるかも。


「ジェシーとくっつかないで!」


「そうです。くっつかないでください!」


 アリサはともかく、モジャモジャまで抗議してきた。


 ううっ。

 ふたりが僕の腕を引っ張ったせいで、ジェシカさんから離れてしまった。


 支えが無くても立っていられるだけ体力が回復してしまったのが悔しい。


 ジェシカさんがモジャモジャの前に移動し、両腕を広げる。


「駅前の森林公園に居た子じゃん。アリサを助けてくれたんだよな。Thank you. Thank... 」


 ジェシカさんはもじゃもじゃに抱きつこうとして「うっ……」と呻いて諦めた。


「チクチクする……」


「あの、気付いていたんですか?」


「うん?」


「私が駅前の公園に居たって……」


「ああ。そのこと。君の偽装、よく出来てるけど、枝を折った断面が白くて目立っちゃってるから」


「あ……」


「断面に泥をこすりつけて汚しておけば隠蔽性は上がるよ」


「なるほど。泥なら植物を手に入れた場所で手に入るし、効率的ですね」


 何故かジェシカさんによる偽装講座が始まり、モジャモジャが真剣に頷いている。


 あれ?

 モジャモジャの声、聞けば聞くほど聞き覚えがあるような気がしてくる。

 でも、もじゃっているせいか、声がくぐもっていて分かりにくいな。


「あと、顔の迷彩、それだとアメフト選手だよ。目の下に塗ってまぶしさを押さえるんじゃなくて、顔の凹凸が目立たなくなるように全体を塗るんだよ」


「分かりまし……じゃなくて! あなた、いったい和――」


「そうだ! ちょうどいい。君、ゲームの大会に参加決定ね!」


「――君と、どういう関係って……え?」


 あれ、ジェシカさんが遮ってしまったけど、モジャモジャはなんて言ったんだろう。


 和君って、僕の名前を言ったような気がするけど、聞き間違いか?


 でも、サバゲーをやるような知り合いの女子なんていないし、気のせいだよな。


「大会参加者がひとり足りなくて困っていたんだよ」


「え、そんな」


「Thank you. Thank you. ほら。みんな出てきたし、ついていくぞ」


 ジェシカさんがモジャモジャの肩に手を回して抱き寄せようとして「うっ……。ちくっとする」失敗し、少し離れて並んで歩きだす。


「何なんだろ。変なの」


 僕は呆気にとられながら、ジェシカさんの後を追おうとした。


 後ろに妙な抵抗がある。

 なんだろうと振り返って見ると、アリサが僕のシャツを掴んで震えていた。


「モクゾー、怖い……」


 分かる。

 僕も正直、リアルで見たギリースーツは妖怪みたいで怖かった。


 モクゾーは万博のマスコットキャラクターだ。

 緑色のモジャモジャという特徴が一致しているため、ギリースーツの愛称として使われることがある。


 モクゾーは目つきが不気味だけど愛嬌があって可愛かった。

 けど、生ギリースーツは樹液の青い臭いがしみ出ているし、動くたびに葉っぱのこすれる音がガサガサ聞こえてくるし、マジで不気味だった。


 いや、マジで、あのギリースーツ女は、いったいなんなの?

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