明日天気になあれ

そばあきな

明日天気になあれ



「ねえ、今日は何して遊ぼっか」


 その声が無理して明るく出されていることを、僕は知っている。




「私ね、明日引っ越すんだ」


 少し前、僕が公園にやってきてすぐ、君はそう伝えた。


 僕と君はこの公園でしか会わない。


 だから君が今日伝えてくれなかったら、僕は君がいないことを知らないまま、ずっと君を待つことになっていただろう。


 だから今日が、君が僕に伝えることができるタイムリミットギリギリだったのだ。



「ずっとどう言おうか悩んでたら、もう明日になっちゃったよ……」


 俯いて泣きそうな声で僕に伝えたその言葉は、ずっと頭に残り続けている。




 学校の人たちには、随分前に伝えたらしい。


 そして今日、クラスではお別れ会というものもやってもらえたのだとか。


 でも、公園でこうして会うだけの僕には中々言い出せず、今日まで来てしまったのだと、君は口にした。



 揺れる君の目から顔を逸らし、僕は考え込む。



 でも、どうしたって子供の僕には君の引っ越しを止めることなんてできないだろう。


 それくらいはさすがに分かっていた。

 

 だからといって「そうなんだ、またね」と軽々しく言えてしまうほど、僕にとって君の存在が小さいものじゃなかったから、結局何も言うことができなかった。




 この公園で君に会ったのは、一年くらい前だった。


 その日の僕は、両親の帰りが遅いを聞いていたのに、家の鍵を持っていくのを忘れて登校してしまっていた。


 家の前で待つのも嫌だし、親戚の家も僕の住んでいる家から遠い。


 電話も当然持っていないので、今から友達と遊んで時間が過ぎるのを待つこともできなかった。


 悩みに悩んで、最終的に公園で時間をつぶそうと思いやって来たこの公園で、同じように両親が帰ってくるまでの暇つぶしに来ていた君に出会ったのだ。


 同じ理由で来ていたからか、僕と君はすぐに馬が合い、次の日からも時々約束をしてこの公園で会っては一緒に遊んでいた。


 僕と君がそれぞれ住んでいる地区は、ちょうど学校が別々になるみたいで、他の友達と比べると全然会えなかったけど、それでも君と遊ぶ時間は楽しかった。



 多分、君のことが好きだったのだと思う。


 君が僕のことをどう思っているのかは、こんな状況でも怖くて聞けていないけれど。



「どうしよう」と君が今にも泣きそうな顔をする。


 そんな君を見て僕は考える。やっぱり君には、ずっと笑っていて欲しい。


 そんな君に、「いつも通り遊ぼう」と僕は提案する。


「だって、これでさよならじゃないから」と。



 僕の言葉に、君が少し笑う。


「……そうだね」と呟いて、君は赤くなった鼻をすすって顔を上げた。




「ねえ、明日の天気を占ってもいいかな」



 陽が傾いて、もう少しで帰らなければいけない時間になって君が言った。


 本当は知っていたけど、分からないふりをして僕は「どうやって?」と君に問う。



「靴飛ばしだよ。明日天気になあれって靴を飛ばして、明日の天気を占うの」



 得意げに君が口にして、右足の靴のかかとに指を入れる。



「雨だったら嫌だなあ」



 軽く助走をつけて、明日引っ越してしまう君は、明日の天気を占うために靴を飛ばした。




 ――――あのね、本当は知っているんだよ。


 君が明日引っ越してしまうことも、ここで君が靴飛ばしを提案することも。


 その靴飛ばしが、君の悪い予感を的中させて、雨を示す裏向きに落ちてしまうことも。


 全部全部、何度も見てきたから知っているんだよ。




 コトン、と靴の音が聞こえて、僕は我に返る。


 片足でケンケンをしながら、君は落ちた靴の向きを確認しに向かった。


 僕はその場に立ち尽くして、君の報告を聞く。


 きっと裏向きなんだろうなと心の中で思いながら。




「……雨はやだなあ」


 振り返った君が、苦笑いの表情をして僕の予想通りの結果を呟いた。




 これで何度目か分からない雨の結果を見て、僕はさも初めて見たかのように「そうだね」と口にした。




 君の飛ばした靴が裏向きの雨を指すのを見るのも、今に始まったことじゃない。


 僕らはずっと今日と明日を繰り返している。


 そのことに、僕だけが気付いている。


 どうすれば未来に行けるのか分からないまま、僕はずっと君とこの公園で会って、君が泣きそうな声で引っ越すのだと伝える声を聞いている。




 これで何度目かも分からない裏向きの靴を表に返して、君は靴を履こうとしているのが視界に映る。


 靴がどの向きに落ちるのが多いのかとか、そういう確率のことは僕には分からない。


 ただ、今まで百発百中で靴が裏向きになることがおかしいことは僕にだって分かる。


 ここまで裏が出続けるとなると、もう運命なんだと受け入れるしかないのかもしれない。



 彼女の飛ばした靴は裏を向く。


「雨はやだなあ」と君が笑って、僕らはそのまま別れる。


 明日の天気が靴の予報通り雨になる。


 しかし雨程度で引っ越しが中止になるわけもなく、彼女の家族はそれまで住んでいた家を離れる。


 そして彼女の乗った車は、引っ越し先に向かう途中で土砂崩れに巻き込まれる。


 そのことを僕は、夕方のニュースで知ることになるのだ。



 目を閉じて、僕は始まりの頃を思い出す。



 この現象が始まる前、夕方のニュースを見た僕は、両親の言葉を無視して家から飛び出して、あの公園へと向かった。


 もう遅い時間だったから、他に遊んでいる子供はいなかった。当然君もいなくて、僕はそのことに耐えられなくて涙が枯れるくらいに泣いたのだ。


 そして涙が枯れ切った僕は、いるのかも分からない神様に願ったんだ。




 ――――明日なんて、来なければいいのに、って。




「手紙、たくさん書くから」


 靴を履いた君が僕に向き直り、小さな紙を差し出した。


 それが彼女の新しい住所と電話番号が書かれたメモであることを、僕はもう何度も見たから知っている。


「僕もたくさん手紙を書くよ」と、そんな日は来ないのに口にする。





 僕が「明日なんて来なければいいのに」と願ってしまったから。


 僕らにはずっと、明日なんてやって来ない。





「またね」と手を振り続ける彼女が小さくなるまで見送る。



 今回も変わることがなかった今日を早く終わらせるため、僕は駆け足になって自分の家に急いだ。



 ――もし、これから先も雨の予報を変えることができないというのなら。



 別に、飛ばした靴が雨以外を指すことを諦めているわけじゃない。


 でも、もしこれから先もずっと雨続きで、晴れや曇りが一切出ないと僕が思ってしまった時。



 その時には、今日と明日を未来でいない君のために繰り返すのもいいかもしれない。




「明日天気になあれ」




 小さく呟いて、僕は片方の足の靴を飛ばした。


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明日天気になあれ そばあきな @sobaakina

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