番外編 02 ベンケと剣 壱。
オラは元来、一人だ。
物心がついた時には、すでに親はいなかったし、頼れる者もいなかった。
だから、最初から世の中はこんなもんだと思っていた。一人で生きて一人で死ぬ。人は信用しちゃいけねぇ、厄介な奴は生かしちゃいけねぇ。そうやって生きてきた。
唯一幸運だったのはオラの図体の大きさと、丈夫さだ。身体は人より大きく、力持ちだった。風邪なんてものも引いたことがない。それが自慢だった。だが、他の奴らはオラの事を化け物だとか、怪物だとかよく言った。まぁそんな事は大したことじゃない。よほど腹が立たない限り無視をした。
若い時、稼ぎが良いと聞いた事がきっかけで船に乗った。ただの船じゃねぇ、オラが乗ったのは海賊船だ。
憧れが募り、その頃オラの夢は海賊船の船長になりたいと思っていた。でっけぇ船の船長だ。
だからオラは必死で海賊船での仕事をした。けど、乗ってみれば海賊の生活は案外退屈なものだった。オラはてっきり毎日戦って、略奪する生活だと思っていたんだ。
でもそうじゃなかった。海賊船にもよるだろうが、オラの乗った船は主に密貿易の海賊船だった。オラの仕事といえば、もっぱら荷物運びだ。てっきり戦闘要員で船に乗せてもらったのだと思ったのに、オラの仕事はひたすら荷物運び。退屈な仕事と日々だった。
それでも船長になる為だと己に言い聞かせ、荷物運びを頑張った。オラは図体がでけぇから大きい荷を運べる。他のやつらの二、三倍は大きい物を運んだ。人の何倍もの仕事したんだ。だからオラはその船で好かれていると思っていた。役に立っている、必要とされていると思ったんだ。
けど、そんな事は無かった。
ある日、けたたましい音と共にオラの乗っている船が大きく揺れた。こんな大きな揺れは初めてだった。船外に出ると、外は大きく波を揺らす風と、叩きつけるような雨。嵐だった。
船員の一人がオラを見つけると、ロープに捕まりながら叫んだ。
「荷物を船外に出せ!! 一昨日受け取ったグレーバスの荷だ! 船内の一番にある!!」
「分かっただ! いったい何が起きた!?」
「いいから! 早く持って来い!!」
オラは急いで船内へ戻り、言われた通りの荷物を運んだ。他の船員達は慌てしがみついているだけで、オラみたいに荷物を運び出しているやつはいない。
船がまた大きく揺れ、オラは荷物を抱えながら倒れる。その揺れはただ事ではないとオラにも分かった。船体が真横に傾いているのだ。
オラはなんとか体勢を整え、荷物を持ち上げると、船外に出ようとした。
しかし、ガタイの良い船員の男がオラの前に立ち塞がり、持っていた荷物を奪うように手にした。
「おい!! 図体のデカイ化け物め! お前はここで寝てな」
「ん?」
最初、そいつが何を言っているか意味が分からなかった。
だが、次々と船員が現れ、皆その手には武器を持っていた。気づけばオラは囲まれていた。
「もうじきこの船は沈むんだ。だがな、脱出する小船に馬鹿でただ図体のデカイお前は乗せられねぇ! 分かるだろ? だからお前はここで寝てなっ!!」
オラはそのまま、その場にいた奴らに斬りつけられた。
痛みはあまり感じなかった。頭が状況を理解するまで時間がかかったんだ。目の前には昨日まで、飯を一緒に食い、笑い合った奴らが武器を握りしめてオラを斬りつけている。仲間だと思っていた奴らに呆気なく裏切られた事をオラは情けなく思った。仲間だと思っていた、裏切りだと感じているオラは、コイツらに気を許していたって事だろう。
ただ図体がでかいから裏切られた?
それともオラが馬鹿だから裏切られた?
どっちにしろ、情けねぇ。ずっと一人で生きてきて、夢が出来たと思ったらこれだ。オラなりに頑張って船の仕事したが、こいつ等にオラの姿など、ただの馬鹿な奴にしか見えていなかったんだ。クソッ、情けねぇ。
メキメキと木が裂けるような音がどこからかすると、大量の海水が船の中に入ってきた。船内にはオラ以外誰もいない。
オラ一人、この船内で海水に沈んでいく。
血だらけになりながら、それでもオラは必死でもがいた。船内の壁をぶち壊そうとしたが、硬くて壊せない。全身が海水に包まれ、視界は真っ暗だった。オラは必死で壁を叩いた。胸を締め付けられるような恐怖をオラは初めて感じた。こんな感覚、生まれて初めてだ。
手の指を何本か折りながら、必死で壁を叩き続け、なんとか壁を破壊できたが、その頃にはオラの息が続かなかった。
苦しくて、それでも生きたくて、無我夢中で海面を探してオラはもがいた。そこからは、記憶が無い。どうやって助かったのか、何日海で漂流していたのかもサッパリだ。
ただ、それ以来海が怖くなってしまった。まったく情けねぇ話だ。
それからのオラは荒れに荒れた。それは自分が情けないのを誤魔化す為で、海での出来事、いや、海そのものを忘れる為だった。
当時のオラは、通りすがりに会った強そうな奴には片っ端から喧嘩を売り、金目の物を奪い取っていた。そんな生活を続け、歩き続けていたら、バーキスという町にたどり着いた。バーキスは荒らくれ物の集まる町で、オラにとって居心地が良かった。バーキスを拠点に荒らくれ者達の金を根こそぎオラが奪い取ってやった。
暫くすれば、バーキスでオラはビックベアと呼ばれるようになった。バーキスと国境沿いを繋ぐ街道でオラはバーキスへと向う者達を襲い続け、ビックベアという名が勝手に広まっていた。襲っていた奴らは強そうな者達だけだ。女、子供は襲わない。
そんなある日。いつものように街道へと向かおうとしたオラの目の前に、ちっこい小娘が現われた。その小娘は左腕を怪我しているようで、包帯をぐるぐると巻きつけていた。その小娘は何故か右手で器用に小さな笛を吹きながら、オラへ近づいてくる。
恐れる事なくオラの目の前に立った小娘は、笛を吹くのを止めると、オラに向かって微笑んだ。
「あなたがここで暴れているって言う熊さんかしら?」
「ガキには興味ねぇ、どっかへ行け」
オラの言葉を無視した小娘はオラに向かって続けた。
「話で聞くより随分と大きいのね。あなた、その大きな手で何人の人を殺めたの?」
「何を言ってる、ガキだからと言って容赦しねぇぞ。早くオラの前から消えろ。どっかへ行け」
「ふふふ。素適な手だわ。足も太くて、踏ん張ったら凄そう」
「おい! いいかげんにしねぇとお前の頭かち割るぞ!!」
「頭かち割るの? それは素敵。今あまり寄り道はしたくは無かったけど、熊さんに出会えて、私はラッキーね」
いったい何なんだ、この小娘は。オラを見ても、怒鳴っても怖がる素振りもない。寧ろ楽しそうに笑うその姿に、オラの方が戸惑っていた。
「ふふふ、物は試しかしら。ねぇ熊さん、私の頭、かち割ってみて下さいな」
「っな……」
このガキ、馬鹿にしやがって。
「あら、それとも口だけだったかしら? 体はそんなに大きいのに度胸は無いの?」
その言葉に、オラの頭に一気に血が昇る。
「ガキだと思って大目に見てやろうと思ったが、もう容赦しねぇ。小娘! 覚悟しろ! お前の頭、望み通りかちわったる!!」
オラがそう怒鳴ると、小娘は何故か嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふ、そう来なくっちゃ。熊さん」
オラは持っていた剣を構えると、小娘に向かって切りつけた。
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