No.99 未来と過去


 マクニールの屋敷を出たエリザベートとデジールは、そのまま平民街へと歩いて行く。満足そうに歩くエリザベートとは違い、デジールの足取りは重かった。エリザベートは呆れたように、振り返ると小さなため息を吐いて小首を傾げる。


「ねぇ、そんなにしょげないでよ。だって貴女が悪い訳じゃないのよ? そもそもね、全ては貴族が横暴だからこんな事になってるの。デジールも感じていたはずよ? こんな横暴な貴族がこの世からいなくなればって」


「それは……」


「デジールは貴族を必要だと思う?」


「分かりません……」


「そう、なら今の貴族をどう思う?」


「それは…その、正直嫌いです……」


「ふふっ。素直ね。そう……でも、それなら貴女が変えてみる?」


「私がですか?」


「そうよ。貴族を、この国を変えてみる?」


「変えられるのですか?」


「変えられるわよ。でも、それも貴女次第ね。私は貴族だから、別に平民になるつもりないし、正直このまま過ごしても私に害はない。だから、そこまで変えたいって気持ちは無いわ。でもね、貴女が今の貴族を変えたいなら、変えようとするなら、変えられるわ。そうすれば、リリーのような馬鹿な貴族は生まれないし、デジールのような子が馬鹿な貴族にされるがまま傷つけられることも無いはずよ。そしたらきっと、この国はもっと住みやすくなるんじゃない?」


「で……ではっ、私はどうすればいいのですか!? わたし…私は、リリー嬢を憎みたくないです。でも、だから、今抱えているこの気持ちが嫌で。もし、最初からこんな事が起きなければ、こんなことは……」


 エリザベートはデジールの言葉を聞いてニヤリと笑うと制服のポケットに入れていた貴族バッチをデジールに向かってポーンと投げた。


 デジールは慌てて、それを両手で掴みながらエリザベートを見つめる。


「それ、貴女にあげるわ」


「え? でもこれ」


「貴族を変えるなら、貴族にならなくちゃ変えられないでしょ? デジール、貴女、貴族になりなさい。貴女が望めば貴族にしてあげるわ。そして、貴族として、腐った貴族に重い枷を課しなさい。さすがに平民と平等、とまでは行かなくても、枷を作り、好き勝手行う貴族を締め上げる事は出来るわ。そして、それが平等に出来るのは平民の気持ちが分かる貴族だけ。つまり、貴女が貴族になって、権力を手に入れ、この国の貴族を正すの。私はステイン家を次ぐ娘ですから、貴女に力を貸せるし、言い出したのは私ですからね。貴女の要望に極力応えてあげる。どう? 変えてみる?」


 デジールは戸惑いながらも、その両手には自然と力がこもり、貴族バッチを強く握り締めていた。


「私に…私に、出来ますか? そんな大それたこと」


「ええ、出来るわ。だって貴女、私を命がけで守ったじゃない? その勇気があれば出来るわ」


「私、私は……」


「ふふふ、まぁそんな焦らなくてもいいのよ。でもね、今のその気持ちは忘れないでね? 貴女が岐路に立った時、その時、心を決めなさい」


「エリッサ様……分かりました。ありがとうございます」


「お礼を言われるほどの事ではないわ。でも、楽しみにしているわね」


 エリザベートはゆっくりと歩き始め、デジールは続くように足を踏み出した。握りしめていた手をゆっくりと開き、金色のバッチを見つめる。


「あの、エリッサ様。でもどうして、エリッサ様はこんなにも私にお優しいのですか? 私には分かりません。リリー嬢にはあんなにも、その、厳しいお言葉ばかりでしたのに。何で私にはこんなにも優しくして頂けるのか……」


「私が優しい? ふふふ、ふひひ。ちょっと冗談でしょ? デジール、私が優しい? あはははは、面白い子ね。私はね、ただ楽しいだけよ。今も前もこれからも、ただ楽しいと思うか、楽しそうだと思えるか、ただそれだけ。それを人が勝手に優しいだとか、残酷だとか言うのは自由だけど。でも勘違いしないでね? デジール、私は善人じゃないことを……私はね……ふふっ」



 首を傾げるデジールの前でエリザベートはケタケタと笑いながら歩き続けた。








 三日前、バストーン領、ワンビ村。


「ベンケ、準備は出来てる?」


「はい、オジョウ。オジョウの言いつけどうり、村の者は全て集め、逃げられないように村周辺も兵で囲っておりやす」


「そう、じゃ頼んでおいた釜に水を入れて沸かして頂戴」


「お任せを!」


 そうベンケはエリザベートに返事をすると、ベンケは無邪気に笑いながら、右手を真っ直ぐ天に向けて上げた。すると、村の中央広場の方で返事をするように海賊の船員達が同じように手を上げる。

 船員の男達の近くには人が三、四人くらいすっぽりと入れそうな巨大な釜があり、その釜には水がたんまりと入っていた。その釜の周辺には木が敷き詰められ、ベンケの合図と共に火が入れられる。

 大きな釜は次第に炎に包まれていった。


「オジョウ、バストーンを襲撃してきやがった兵達の出身地の殆どがこのワンビ村の出身でした。だが、少数ではありやすが、アガスの町の出身の者もいます。アガスもやっちゃいますか?」


「そうねぇ。でも、アガスはいいわ。時間が無いし、だけど、アガス出身の兵の家族は後で秘密裏にやっちゃって。それと、マリアに乱暴をはたらいた者の首は必ずはねといて。できるわね? ベンケ」


「へい、オラそう言うのは得意です」


「ふふふ、良い子。大好きよベンケ」


 ベンケは照れたように二へッと笑うと、頭をぽりぽりとかいた。


 「では、あちらに行きましょうか」


 そう言ったエリザベートはニタニタと不気味に笑いながら村の中央広場へと歩いて行く。


 村の中央広場の中央には轟々と燃え盛る炎とその真ん中に巨大な釜が置かれていた。それを囲むように、拘束された村人達が皆跪いてる。村人の数は四百人弱。皆一同に拘束され、跪き、恐怖に怯えていた。


 エリザベートは全ての村人達から見えるように、ベンケを使い約1メートルはある、お立ち台にたった。

 上から村人達を見おろし、楽しそうに笑う。


「ふふふ、みーんな随分と辛気臭い面構えねぇ」


 お立ち台の上から眺める村人の悲痛な顔や恐怖に怯える姿をエリザベートは堪能するように、深呼吸をする。


「うん。いいわねぇ、この感覚。あぁ、やっぱり凄く気持ちいいわ。最高よ」


 そう、独り言を呟くと、エリザベートは村人達に聞こえるように声を張り上げた。


「おまえ達は今何故、自分達がこのような状況に置かれているか分かっているか? 分からぬ者はいないと思うが、私の言葉と共に己が罪をもう一度良く胸に刻むがいい」


 エリザベートは一度グルリと村人達を見渡し、呼吸を置いてから続ける。


「三ヶ月ほど前この村出身のステイン兵が我ステイン邸を襲撃した。その襲撃により、ステイン邸で仕えていた者が数名死亡。私の姉、カトリーヌ・ライ・ステインも重症を負い、今では自分一人で歩けない体になってしまった。そして、それはこの村出身の兵達が犯したものだ。嘘の甘言を信じ、確かめることもせず、手柄欲しさに主であるステインを襲うなど、兵士として許されざる行為。そしてまた、そんな兵を生み育て、一丸となって支えたこの村も許されるものではない。今後このような者達が二度と現われないように、この村は今日をもって、この世から消し去り葬ることとする。つまり、おまえ達は今日ここで、私によって皆が殺されるということだ」


 エリザベートはニタと笑う。


「どうかっ! お助けください!」

「私達は何もしていません!」

「どうかお慈悲を!!」


 次々に叫び始める村人達にエリザベートは狂ったように笑い始めた。


「ふひひひひひ、お慈悲? 自分は何もしていない? 残念ながら、何もしていないのが、おまえ達の罪なんだ。さっき言っただろう。 兵士を生み育て、一丸となっていたと。バストーン邸襲撃は大したものだった。危うく私も死ぬところだったからな。あんなに大それた行動を取ったんだ。この村にいる者は皆、襲撃のことを知っていた筈、止めたか? いいや、誰一人止めなかった。ならば、バストーン邸襲撃の話をステインの者へ知らせた者は? それも誰もいないだろう? ここにいる者たちは皆揃って何もしなかった。くだらないマクニール家からの甘い言葉に乗せられたか、王宮の使いの者の戯言を信じたのだ。だから、おまえ達皆が共犯者だと言っている。兵士と同罪、ステインへの裏切り、それは死罪だ」


 絶望の絶句、まさに村人達の顔付きはそれだった。エリザベートは楽しそうにケタケタとひとしきり笑うと、気を取り直すように小さく息を吐いた。

そして、先程とは別人のように、ニッコリと可愛らしく笑って見せる。


「ふふふ、だからね? 今日はそんな罪深いおまえ達へ私からのプレゼントを用意したの。皆んなの目の前にあるこの大きな釜ね、これゴエモン風呂って言うのよ? とぉーっても気持ちの良いお風呂なんですって。ですから皆で仲良くこのお風呂に入って貰おうかなって。身を清めながら気持ちよく死ねるなんて最高だと思わない? きっと、とっても楽しいわ」


「嫌ぁぁぁぁぁぁーーーー!!」

「どうかっ!どうかっお助けを!!」

「助けて下さい!お願いします!お願いしますっ!」


 エリザベートは泣き叫ぶ村人を前に、大きく両手を広げながら、恍惚とした笑みを浮かべた。


「さぁ、皆さん。もっと、もぉーっと私と、あ・そ・び・ま・しょ……? ふふふ、ふひひひひひひ」


 エリザベートを包み込むような、村人の悲鳴は続く。









転生した悪役令嬢の悪癖が止まりません。

第一部 終幕


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