No.97 訪問と再会


 トールリを出発してから六日後、ようやく馬車は王都ガーデンに入った。


 エリザベートは満足そうに笑っている。


「以前は王都に入るのも大変だったけど、また簡単に出入りが出来るようになっていて、本当によかったわ」


「そうですね、それよりお嬢様。あの、お体は本当に大丈夫ですか? 少し顔色が悪いように見えますが……」


「気にしないで、これは、自業自得。遊びすぎたのよ。人のこと心配しているけど、ヘレン貴女も相当酷い顔色よ? それに……」


 エリザベートはヘレンの首元に顔を近づけると、クンクンと匂いをかいだ。


「ずいぶん焦げ臭いわね? 貴女ずっと馬車にいたんじゃないの? それとも外に出た?」


「いいえ、私はずっと馬車に居ました。しかしお嬢様、この臭いは私だけでなく、馬車全体が焦げ臭いのです。失礼ながらお嬢様も相当臭いますよ」


「あら、それは困ったわね。先に体を洗わなければ」


「では、お屋敷で体を洗いましょう」


「それは駄目よ、私が王都に居るのは知られたくないわ」


「しかし、それでは旦那様やカトリーヌ様、ジョゼフィーヌ様にもご挨拶されないんですか? 皆様、ずいぶんと心配されていましたよ? せっかく王都までいらしてるのに」


「挨拶なんてしないわよ。私が生きてるという知らせだけで十分よ。それにいくら、ステイン家の屋敷と言えど、今の私が王都に来ているなんて知れたら何が起こるか分からないもの。今回の件で随分と名が知れてしまったわ。表だってはないけれど、一部の貴族は私を調べているらしいですからね。今の私は無防備なの。ステインがもう少し立て直さない限り、私の居場所が知られるのはまずいわ。だから行方不明の三女で良いのよ。そうね、でも臭いはどうにかしたいから、繁華街で香水でも買いましょうか。それからデジールの家に向って」


「畏まりました。では、そのように」





 繁華街で香水を買うと、エリザベートはあらかじめ用意していた貴族院の制服を馬車の中で着替え、デジールの家の前で降りた。


「ヘレン、貴女達は宿で待ってなさい。馬車を誰かに流して貰って。それからお風呂に入るのね。お金は好きに使っていいから、その焦げた臭いが取れるまでゆっくりしていいわ」


「いいのですか? お嬢様」


「もともと本意ではない貴女をここまで付き合わせたんだから、構わないわよ」


 ヘレンは嬉しそうに微笑んだ。


「お嬢様は本当に変わられましたね。今のお嬢様は凄く……いえ、失礼しました」


「いいわ。凄く何?」


「はい……凄く、お優しくなられたと……」


「ふふっ、私が? ふふふ、確かにある意味そうかもしれないわ。でもヘレン勘違いしないでね。私は優しくなったんじゃないの。短絡的な考え方をやめただけ」


「そうなんですか? 私には分かりません」


「私は昔も今も変わらないのよ。それじゃぁね」


 エリザベートはそう言って、馬車から背を向けた。ヘレンが「行ってらっしゃいませ」と頭を下げる。


「変わってないはずよ……」


 歩き始めたエリザベートは、自身が感じた少しの違和感に顔を歪ませ、そう小さく呟いた。


ーーーーーコンコン


 エリザベートがデジールの家の扉をノックするとヘレンを乗せた馬車はガラガラと音を立てて去っていった。


「はーい」


 懐かしさを感じるデジールの声が響くと、家の扉が開き、デジールが姿を現した。エリザベートはニッコリと笑い小首を傾げる。


「デジールお久しぶりね」


「エリッサ様!!」


 デジールは驚き、大きな声を出した自分の口を塞いだ。目はまん丸と見開き、次第にうるうるとした涙目になりながら、「良かった…」と声を漏らしてエリザベートの無事を喜ぶ。


「随分と心配かけたみたいね。でも、デジールも元気そうで良かった」


「いえ、そんな…エリッサ様の元気そうなお姿を見ることが出来て本当に安心致しました。ありがとうございます」


「ふふっ、来て早々なんだけど、デジール、私、これからお友達のところに行くの。貴女も一緒にいかがかしら? 貴女も知っている子だし」


「私がご一緒しても大丈夫なのですか?」


「えぇ、勿論よ。その為に来たのだから」


 微笑むエリザベートの服装は何故か貴族院のもので、デジールは少し考えた後頷いた。


「分かりました、私もご同行させて下さい」


「そう、良かった。デジールは貴族院の制服まだ持ってる?」


「はい、制服の方が良いのですね? でしたら、すぐに制服に着替えます。エリッサ様どうぞ中へ入ってお待ちください。流石にこんな所で待って頂くのも申し訳ありませんので……」


「いいの、大丈夫よ。私がお誘いしているのだし、着替えるくらいの時間たいしたことないわ。私は外で待ってるから、早く着替えてらっしゃい」


「わかりました。ではすぐにっ」


 デジールはドアを開けたまま、急いで奥の部屋へと入っていき、ものの数分で着替えたデジールは戻ってくる。


「お待たせしました! エリッサ様」


「あら、随分と急いだのね。そんなに慌てなくて良かったのに」


「いいえ、そんな、エリッサ様をお待たせしているのですし」


「ふふふ、デジールったら。慌てすぎて髪、ボサボサよ?」


 エリザベートはそう言いながら、デジールのボサボサの髪を撫でながら整え始めた。


「エリッサ様……」


「じっとしてなさい。貴女、私の友人なのでしょう? 友達ならしっかりと身だしなみも整えないと」


「も、申し訳ありません」


「はい、これで大丈夫よ。さっ、行きましょうか」


「あの、何処へ行くのですか?」


「言ったじゃない、友達のところよ? 行けば貴女も分かるわ」


 エリザベートは不気味に微笑むと、そのまま先に歩き出した。デジールは慌てて後を追う。


 エリザベートとデジールは平民街を抜け貴族街の細道を歩いていた。一夜にして惨劇と化した貴族街の街並みは一見変わらない。しかし、あれから暫く経っていても主人を失い喪に服している家はそこら中に立ち並んでいた。


「エリッサ様、今までどちらにいらっしゃったんですか? あの日からエリッサ様の行方が分からなくなり、とても心配していたのです。色々な噂ばかり飛び交って……」


「ごめんなさいね、それはナイショなのよ。だから今もここに来ているのは貴女しか知らないの。デジールは黙っていてくれる?」


「はい。それはもちろん! 私、王妃様とルイ殿下の抗争にエリッサ様も巻き込まれて、貴族街の暴動にも巻き込まれてしまったのかと思って……」


「あら、世間ではステイン家はあまり触れられていないの?」


「そうですね、私が聞いた話ではルイ殿下と王妃様のお家騒動だと。ステイン家は巻き込まれ、相当な被害が出たのだと聞きました。ですから、カトリーヌ様もエリッサ様も亡くなられたのではないかという噂も……」


「ふふふ、そう。まぁそうよね。結局、王族の内輪揉めですから、私達ステインも貴族街の貴族同様巻き込まれたようなものです。ふふふ」


「エリッサ様は何故、身をお隠しに?」


「あら、それは単純に怖いからよ? 貴族も、そして王族も……だからもう少し距離を置いていたいの」


「そうですか……そうですよね、私も怖いです。あんな悲惨なことがあったんですもの」


「そうね、悲惨だったわよね。だからこの制服も、もう着れないわ。最後にデジールと一緒に着ることが出来て良かった」


「最後…やっぱり、そうですよね。貴族院は……。でも、なら私もエリッサ様と最後にもう一度着ることが出来て嬉しいです」


 細い道を抜けた場所にあったお屋敷を前にエリザベートは立ち止まる。横にいたデジールは一瞬首を傾げたが、すぐに顔色を変えた。


「エリッサ様、まさか、ここは……」


「えぇ、そうよ。ここはリリーちゃんのお家」


 そう言ったエリザベートはニッコリと笑う。


 エリザベートとデジールがたどり着いた場所はリリー・マクニールの屋敷だった。

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