No.96 リハビリ
私が目を覚ましてからヘレンとマリアに聞いて分かったことがある。まず目覚めたこの場所はトールリと言うステイン領にあるトールリ邸と呼ばれる屋敷であること。
姉であるカトリーヌが王子殺しの犯人として、ステイン家が脅かされていたが、王子殺しの事件は王妃イデアが犯人であると、エリザベートが解決し、ステイン家が狙われる事は無くなったこと。ただその際、薬を乱用し、風邪をひきながらも無理に動いた私の身体は本当にボロボロで、瀕死であったこと。
そしてその結果、マリアに会ってすぐに私は気を失ったらしい。マリアを筆頭に使用人達は顔色を変えて焦ったのだと言っていた。
確かに私が目を覚ましてからの異常な過保護っぷりを見ると、それだけ心配をかけてしまったのだと心苦しくもなる。
そして私がずっと心配していた、姉のカトリーヌは、私がバストーンを出発してからすぐに目覚め、体に後遺症は残ったものの、元気であることを教えて貰った。私がボロボロになりながら、マリアに会うのだとバストーンに行った時、少しだけカトリーヌとも会っていたらしいが、私はエリザベートになっていたので、その記憶は全くない。
カトリーヌに会いたい気持ちもあったけれど、彼女の足の治療は王都での方が良いこと。そしてステイン家の後処理の為、叔母であるジョゼフィーヌをデンゼンが呼んだことで、共に王都ガーデンへと早々に移ったそうだ。
私は今現在もこのトールリ邸でボロボロな身体を回復させる為、療養とリハビリを行っている。
場所的には最高だ。豊かな自然に囲まれていて、私の部屋からはゆったりと流れる川が一望できる。
今まであった色々な出来事がまるで嘘かのように癒してくれている。
そして、それは私だけでなく、バストーン襲撃で肩に傷を負った侍女のロザリーも私と一緒にリハビリ療養していた。ロザリーは傷のせいで腕が動かせなくなっていたが、私と一緒にリハビリをする事で少しずつ回復しているように見える。
ただ、リハビリについては、ようやく自分の足で歩けるようになった私に対して皆んなが過保護すぎるのが問題だった。
おかげで、ロザリーとリハビリを頑張っていても、無理はしないようにと皆に言われるし、少しでも私が顔を歪めてしまえば、何故かロザリーがマリアに睨まれてしまうのだ。
マリアの過保護ぶりに苦笑しながら、宥めることにもだいぶ慣れたけれど……。
唯一、私の気がかりは王都に残して来た友達のデジールやアシュトン、そしてベンケ達。
マーティンについては、すでに陛下から正式に王子として迎えられ王宮で頑張っているのだと聞いていた。でも、それ以外の詳しい情報は私の耳には入って来なかった。
皆、無事であり、デンゼンパパが上手くやってくれているとは聞いたけれども。今回の事で、私があまりにも表に出て動いた為、一部の者が私を狙っているとの情報もあり、私は療養を兼ねて暫く身を隠している状態でもあったらしい。なので、情報交換も最低限なんだとか。
正直自分自身が何をしたのかすら良く分かってもいないけれど、身体の痛みや気怠さに深く聞くことすらずっと出来なかった。
ただ、それも今日までだ。
私はマリアの入れてくれた紅茶を飲みながら、ゆっくり流れる川を眺めていた。小鹿のような足取りだったのも今はしっかり歩けるようになっている。身体を自由に動かせるのはやっぱりいい。
うん。私、完全復活だ。
痩せてしまっていた私の体もだいぶ健康体の肉付きに近づいたし、体も全然痛くない。
そろそろ、一度王都へ行き皆の顔を見たい。変装でも何でもして、コッソリ行けば大丈夫だと思うし。
「お嬢様、朝食の準備が整いました。こちらへお持ちしてよろしいでしょうか?」
マリアが私の前で静かに頭を下げる。マリアもボロボロにやつれていたはずだが、その回復は本当に早かった。私の世話をしながら、自己管理を完璧に行い、すぐにいつも通りのマリアに戻った時は本当に驚いた。
「ありがとう、マリア。でも朝食はここじゃなくてちゃんとダイニングへ向かうわ」
「しかし……」
「大丈夫よ。無理はしていないし、本当にもう大丈夫。それに動かなければどんどん鈍ってしまうだけよ」
「畏まりました。では、ダイニングまでお供いたします」
ダイニングに着くと、マリアはヘレンに呼ばれ、その場を離れた。私は椅子に座る前に仕事をしているロザリーに声を掛けてみた。
「おはよう、ロザリー」
「おはようございますお嬢様」
「肩の調子はどう?」
「ええ、今日はだいぶ良いです。やはり細かい作業をするのには、まだ無理がありますが、物を運んだり、やれる事はありますもの。何より、こうして侍女としてまた働けることが、とても嬉しいのです」
「そう、それなら良かった。でもあまり無理はしないこと。体は一つなんだから、何かあればちゃんと言ってね」
「ありがとうございます。でもお嬢様も一緒ですよ? 無理すると侍女長が怒ります」
「ふふふ、確かに。マリアはいつまで過保護のままなのかしら。私を小さな子供のように扱うもの。もう元気になったのに、ちょっと困ってしまうわね」
「でも侍女長はお嬢様を第一に考えておられますから」
「そうだけど、でも今度マリアと話し合わなければならないわね。じゃないと、このまま赤ちゃん扱いにまでなってしまったら大変だもの」
「まぁ、お嬢様ったら」
「コホン!」わざとらしい咳の方を見るとそこには複雑そうな顔をしたマリアが立っていた。その後ろには食事のワゴンを運ぶヘレンが堪えきれないと言うような顔で笑っている。
「侍女長、ヘレン」
「ロザリー、いつまでも立ち話はいけませんよ。エリッサ様に椅子を引いて差し上げなさい」
「あぁっ、そうでした。失礼しました。申し訳ありません」
何故か照れたように赤くなっているマリアの顔が可愛く見えて、思わず微笑みながら、ロザリーの引いた椅子に座る。
ヘレンも微笑みながらテーブルの上に朝食を並べていた。
柔らかな時間が過ぎていく。何の不自由もなく生活できる環境、口に運んだスープや食事はラドフが作った物にはかなわないが、それでもちゃんと、美味しい。お腹いっぱいに食べられるんだ、幸せだ。
うん。し…あわせ……あれ? な…んか……急に……ねむ…い。
私の視界が真っ暗に染まる。
ガッシャーーーーン!!
「きゃぁっ! お嬢様!!」
ヘレンの叫ぶ声が遠くに聞こえた。
体の力が入らず、テーブルに倒れたようだ。顔面がスープまみれになっているのが感覚で分かる。
ああ駄目だ、ねむい。意識が意識が薄れていく。
えり……ざ…ベーと……?
※
「そんなっ! お嬢様!? わたっ、私はなんて事を……」
ヘレンは動揺し、首をふりながら後ろへ数歩下がった。
マリアがすぐにテーブルに突っ伏したエリザベートの体を引き上げ、支えながらヘレンを睨む。
「ヘレン! いったいどういうこと!? 貴女お嬢様にいったい何をしたの!」
ヘレンは涙を浮かべながら首を振り続ける。
「お、お嬢様の言いつけで……その…でもっ…こんなことになるなんて……」
「どういうこと!? いえ、そんなことより今はすぐに医師をっ!!」
マリアが叫ぶと、ビクリと身体を跳ねさせたヘレンの横で、ロザリーが医師を呼びに行こうとした時、力なく頭を俯かせたエリザベートの広角が上がりククッと笑った。
「そう怒らないであげて、マリア」
「お嬢様!?」
「ありがとうヘレン。私の言いつけちゃんと守ってくれて」
ヘレンは胸を撫で下ろしながら返事をした。
「ふふっ、いい子ね。ご褒美にヘレンが死ぬ時は必ず私が側にいてあげるわ」
「え?」
「冗談よ」
マリアがそっとエリザベートの顔を布巾で拭いながら「大丈夫ですか? ……エリザベートお嬢様」
「えぇ、ありがとう。もう大丈夫よ。久しぶりね、マリア。貴女も元気そうで何よりだわ」
「……お嬢様」
エリザベートの顔を清めたマリアはすぐにエリザベートに向けて跪く。
「ふふっ。相変わらず察しが良くて素敵よマリア。でも残念だけど、貴女は今回お留守番」
「どういうことですか?」
「また、あの馬鹿が怒るからよ。今回、貴女は関わらせないわ。良いわね」
眉を顰め、納得できないと言わんばかりのマリアから視線を外したエリザベートはヘレンに向けてニッコリと笑う。
「さっ、忙しくなるわ。ヘレン、私を目覚めさせたってことは、イデアの処刑が近いってことで間違い無いわね?」
「はい、イデアの処刑は一週間後です」
「そう。王宮でのことはちゃんとやってくれた?」
「はい。王宮の件はエルフレットに伝え任せましたが、問題ないとの事です」
「いい子ね。それと、頼んであった物はどうかしら?」
「はい、お嬢様の仰ったものは、バストーンにて用意させてあります。それから、ベンケ様もそちらに」
「いいわね。凄く良いわ。ふふふ、ではすぐに馬車の用意を。まずはベンケの所へ行きましょう」
「畏まりましたお嬢様」
ヘレンはエリザベートに一礼すると、すぐに馬小屋へと向った。
マリアは話についていけず、顔を顰めている。
「あの、お嬢様…いったい何を……?」
「マリアは分からなくていいのよ。私これからちょっと遊んでくるだけだから、お留守番よろしくね」
「し…しかし……」
「ふふっ、マリアったら本当に心配性になってしまったのね。私が大丈夫だと言ったら大丈夫なのよ。それにマリア、貴女には少し休養が必要です。私を優先してくれた事には感謝しますが、貴女の回復は万全ではありませんね? 私の目を誤魔化せると?」
「っつ……申し訳ありません」
「謝罪は必要ないわ。私が少し遊びに行ってる間、貴女はちゃんと休養すること。いいわね?」
「畏まりました」
「そんな、寂しそうな顔しないでマリア、貴女のお陰で回復したのよ? 感謝しているわ。私、人に感謝などあまりしないけど、これはちゃんと伝えとくわね。マリアありがとう」
「お嬢様っ……」
「ふふっ、帰ったら元気な姿を見せて。それからエリッサによろしくね」
「承知いたしました」
「さっ、ではマリア、外出するための私の支度をお願いね。時間がないの」
「はい、畏まりました。お嬢様」
エリザベートとマリアはダイニングを後にすると、すぐに外泊のための支度をし始めた。
エリザベートの指示で荷物は最低限のものになり、準備が出来るとエリザベートはヘレンを連れてすぐに馬車に乗り込んだ。
「じゃぁマリア、留守をよろしくね。それとロザリーの肩だけど、動かせるようになりたいなら、痛みはあっても肩周りをもっと動かしてあげて。早めに動かさないと、本当に動かなくなりますよ。ロザリーの為に、私の為に、マリア、しっかり頼んだわよ」
「畏まりました、お嬢様」
「ふふふ、じゃぁ、またねマリア」
「お嬢様、どうぞお気をつけて」
頭を下げたマリアにエリザベートは優しく微笑み、小さく手を振ると、馬車は出発した。
馬車の中ではヘレンが紅茶を淹れながら小さく首を傾げていた。
「お嬢様、本当にバストーンに行かれるのですか?このまま王都へ向かわれては?」
「馬鹿ねヘレン、それじゃ全然楽しくないのよ。ふふふ、大丈夫よ。貴女を怖がらせるつもりはないわ。そうね、私が戻るまでずっと馬車で待ってなさい。ふふふ」
「……畏まりました、お嬢様」
エリザベートを乗せた馬車はバストーンへと向っていた。
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