No.93 王様と心中
「陛下」
エリザベートはコルフェ王に合図を送るように呼ぶと陛下は小さく頷いた。
「ああ、分かっているよ。ヴィルヘルムとイデアは残れ。他の者はここから出て行きなさい。死体もすぐに片付けろ」
「「「はっ」」」
首の飛んだ兵の胴体を引きずりながら、兵士達はコルフェ王の寝室を出て行く。
「お、おまえ達っ!」
イデア自身の近衛兵達さえ退出していく姿を見てイデアはとっさに声を上げた。
「陛下の命が危ないのですよ!?」
エリザベートはイデアを睨む。
「陛下は出て行けと仰ったのです。陛下の命令ですよ?」
イデアはコルフェ王に縋るような眼差しを向けた。
「陛下! この者達は反逆者です。このような者達の話など聞く必要はございません。私は陛下の御身が本当に心配でたまらないのです」
「イデアよ。案じてくれているのは嬉しいが、そうもいかぬ。私はデンゼンを…友を閉じ込めたのだ。それに、この混乱を収めるならばステインの意見も聞かなくてはならない。私もまだそこまで老いてはいないよ」
「陛下……」
ポツリと呟くような声のイデアを見たエリザベートはニッコリと笑いながら鞘を下に向け、コルフェ王の座るベットに腰掛けた。
「エ、エリザベート嬢!!」
ヴィルヘルムはエリザベートのその行動に眉根を寄せ諌めたが、エリザベートは気にもとめずコルフェ王の首元に顔を近づけると、すぅっと深く息を吸い込んだ。
「ああ、陛下、素敵。なんて素晴らしいの。このままずっとこうして居たいですわ」
コルフェ王は急に接近してきたエリザベートに動揺し、思わず身を引いた。
「エ、エリザベート、私をからかわんでくれ」
「からかってなどおりませんわ。陛下……陛下のお体、カミール殿下と同じ匂いがしますもの」
「ん? カミールと? 親子だからだろうか」
「ええ、そうですね。親子ですものね、ふふっ。親子であれば死に方も似るのでしょうかね」
「エリザベート!!」
エリザベートの言葉にイデアが怒りながら叫んだ。
「あら、イデア? どうしたのです? 貴女がそんなに取り乱すなど珍しいですね」
「先ほどから、陛下に失礼ですよ。お止めなさい」
「ふふっ、おかしいですね。失礼だと仰るなら何故私が陛下のベットに座ったとき声を上げなかったの? ヴィルヘルム将軍のように」
「そっそれは……」
「それは、言われたくなかったからでしょう? カミール殿下と陛下が同じ毒に犯されているって」
「ふんっ、何を馬鹿なことを」
「まぁ良いわ。それよりも陛下、最近ご自分の顔を鏡でご覧になりましたか?」
「い、いいや、見ていないが」
「今、陛下のお顔には赤い発疹が現われています。カミール殿下そしてグエン殿下が亡くなられた時を覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、確かに赤い発疹があった。ヴィルヘルム。私の顔には本当に発疹があるのか?」
「はい陛下。恐れながら……陛下のお顔には発疹がございます」
「そうか。イデア……私に発疹はあるか?」
「陛下、そんなこと気にする必要はありません。陛下は以前のままです」
「イデア、私は発疹があるのかないのかを聞いている。もう一度問おう。私の顔に発疹はあるか?」
イデアは顔を歪ませながら、小さく頷いた。それを横目で見たエリザベートはニタリと微笑む。
「ここの食事、さぞ美味しいんでしょうね? それはもう死ぬほどに。ふふふ、いひひひ」
「まさかっ! そんは事はないであろう。毒見だって必ず……」
「残念ですが、陛下、ここの料理人、医者、毒見の方を問いただしてみて下さい。きっと陛下にやましいことをしたと自白するか、姿を消すはずですよ」
「エリザベート何を言うの!? 陛下こんな戯言、聞いてはいけません! これは陰謀です!!」
怒鳴るイデアにエリザベートはケタケタと声をあげて笑った。
「残念だけど、もう、どんな言い訳を言おうが、どんな態度をとろうが、貴女は終わっているのよ。このステインを落とそうなど考えた時点で貴女は詰んでるの。私を敵に回したのが運の尽きね。往生際が悪いのは美しくないわよ。観念しなさいイ・デ・ア」
「陛下、こんな小娘の言葉など聞いてはなりません! こんな小娘など」
困惑した表情のコルフェ王はイデアに向かって問う。
「イデア、そのような言い方をしては、私が毒を盛った犯人は主だとを疑っているようではないか。私はまだ何も言っておらんよ」
「っな……」
「ふふふ。あらあら、咄嗟の判断がブレブレよ? 随分余裕が無くなってしまったようね、イデア」
「陛下、私は……私は、ただこの娘が……」
「もう、認めなさい。貴女の周りにいた者は皆いないの。貴女を助けてくれる人も、もういないのよ」
「まさか…貴女、全て……」
「ん? イデア、全てってなぁに?」
「……」
「ふふふっ、いひひひ、あははははっ、もう、何も言えなくなってしまったの? それではただの馬鹿じゃない。いったい何だったのよ、今までステインを陥れた貴女の画策は? もう終わり?」
「小娘が……」
イデアはエリザベートを睨んだ。
エリザベートはそんなイデアを無視し、コルフェ王に向き直る。
「ねぇ陛下、私、今日は陛下に提案をしに来ました。ステイン家は長年、王家に仕え、忠誠を誓ってきました。勿論それは今も変わりません。ですが陛下のお考え次第ではステイン家は断絶されることになるでしょう。
陛下がイデア妃殿下の意向に重きを置くのか、それとも私達、ステイン家の忠義を信じて頂けるのか……。
ですが陛下、私はこうも考えるのですよ。陛下と一緒に死ぬのも幸せなことかと」
エリザベートは妖艶な笑みを浮かべコルフェ王に囁きながら言った。人を惹きつける不思議な魅力にコルフェ王は何処か懐かしさを覚えていた。その感覚は久しく行っていない戦場で味わう高揚感に似ている気がしていた。
「何故、私と死ぬ?」
「コルフェ陛下がイデアと共にあるならば、この国は必ず内戦が起きます。それは、私も、そして陛下も止められないでしょう。そして内戦が起きれば、遅かれ早かれこの国は疲弊し、滅亡します。内戦の情報は素早く他国に渡り、恐らく侵略されるでしょう。なんせ、この国にはかなりの資産がありますからね。結果は分かりきっています。そう、私達は皆同じように死にます。皆、平等に同じ死に方です。でも、陛下と死を共にできるのであれば、ステインは光栄でしょう。私の父であるデンゼンも喜びます。ですから構わないのですよ。陛下がどちらを選んでも。
一緒に死ぬか、一緒に生きるかですから……陛下と共にあるのは変わりません。
ねぇ陛下。私と一緒に死にますか?」
コルフェ王はその時、エリザベートが放つ魅力が何なのか、少し分かってきたように思えた。幼くともこの娘の覚悟は本物だと分かったからだ。本気で、共に在ることを望み、共に在ることが出来るからこそ、生死すらどちらでも良いと言っている。
コルフェ王は、深いため息を吐いた後、ステイン家と王家であるクレインの関係性、絶対的に切れぬ縁そのものの恐ろしさを感じていた。
「イデアよ、残念だが、この国はステインを必要としている。お主は私の妻だ。私はずっとお主を愛し、信じ、頼ってきた。だが、これは変えられん。私が王であるからこそ、これだけは変えられないのだ。お主を信じていないわけではない。愛していないわけでもない。ただ、私はこの国の王。王である限り、ステインの忠義を、意向を無下には出来ぬ」
「陛下……? 何を……」
コルフェ王は悲しそうにイデアに微笑むと「すまぬな。私を恨んで構わない」そう言ってヴィルヘルムに指差した。
「ヴィルヘルム、イデアを捕らえよ。これより、王宮の兵の全てお前が管轄すること。また、ステインの罪状は即刻取り消しにすること。良いな」
「っは!」
「陛下…そんな……旦那様」
「イデア。お主や息子の為にも、この国を滅ぼすわけにはいかんのだ」
ヴィルヘルムは静かにイデアに近づくと、諭すように言った。
「妃殿下、これは陛下のご意向です。さっ、一緒に参りましょう」
イデアは呆然と立ち尽くした。瞬きも忘れ、ずっと一点を見つめていた。しかしヴィルヘルムに促されるように、背をそっと押された瞬間、ふっと我に返ったイデアは吹っ切れたように、笑い始めた。
「あははははは! ステインめ! デンゼンは使い物になると思って生かしておいたのにっ! こんなことになるなら最初に殺しておけばよかった!! 最初に…最初に…最初に…最初にっ…最初にぃっ!! そうよ、あの男……あの男を最初に殺しておけばよかった……あの時…王宮で…王宮で最初にっ!!」
焦点も合わずに笑うイデアをコルフェ王が困惑しながら言った。
「イデア…何を言っている?」
イデアは陛下のその問いには答えず、ただ笑い続けていた。
ヴィルヘルムは狂ったように笑うイデアを半ば強引に連れ出し、コルフェ王の寝室を後にした。
陛下の寝室からイデアが出て行ったのにも関わらず、耳障りな笑い声が耳の中に残っていた。それを消すかのように、陛下は頭を緩く振り、自嘲気味に笑う。
「さて、エリザベートよ。これで良いか?」
「ええ、陛下。ステインの忠義を信じて頂き光栄です。今後も変わらず王家を、クレインをお支え致します。
ところで、陛下。お身体のことについてですが、陛下はいつごろから体調を崩されていますか?」
「身体か? そうだな、カミールが亡くなってからだな。まぁ正直、私も可笑しいと思っていたのだ」
「陛下……もしかして、イデアが毒を盛っていたことに気づいてらっしゃったのではないですか?」
「……いや…それはどうだろう。私にも分からぬ。ただ、信じておった。いや、信じていたかった。だがな…こうしてイデアが居なくなることに、何処か少しホッとしている気持ちもある。不思議なことに心は動揺しておらぬのだ」
「ふふっ。陛下、それは中毒ですね」
「中毒?」
「ええ、まぁ愛と呼ぶ人の方が多いでしょうけれど。でも、殺されても良いと思えた女性だったのでしょう?」
「あまり考えたことはなかったが……そうかもしれん」
「恐らく考えられなかったのでしょうね。見えなくなっていたのです。それも、全てあの女によって」
「どういうことだ?」
「それが世に言う悪女。殿方を狂わす毒牙の持ち主。ですから私は愛では無く中毒と言ったのです」
「ははは、私にはお主の方がよっぽど悪女に見える。幼いのは外見だけだな。恐ろしい娘よ」
「ふふっ、まぁ陛下ったら。……でも、そうかも知れませんね。こうして陛下を惑わしていますし。あぁ、そうでした。先ほど近衛兵を殺めたタネガシマですが、陛下に差し上げます。ですが、残念ながらコレはもう使えないモノです」
「使えない?」
「先ほど発砲した際に壊れました。いいえ、正確には私が壊しました。ですから、このタネガシマの話は後日、父であるデンゼンとお話なさってください」
「あはははっ! 本当に抜け目がない」
「ありがとうございます。それと陛下。差し出がましいですが、即刻、王宮内の使用人の全てを変えた方がよろしいかと。王宮直属の医師を処罰し、早めにお身体も見て貰った方が良いですね。それも王宮の息が掛かっていない医師に……陛下の身体の中にある毒はマリーの花の毒、葉の部分の毒を摂取する事により、体に毒が回り衰弱します。けれど、それだけではすぐ死に至りません。マリーの根を乾燥させた物の煙を吸う事により死が誘発されるのです。死をある程度コントロール出来るのがマリーの毒の特性。そして赤い発疹は身体が毒に犯されている証拠。陛下はご存知なかったのですか?」
「お主の知識は恐ろしいな……。私もマリーの花に毒が在るのは知っていた。だが、どんな毒かは正直知らなかったな。父からはマリーなど必要ないと、毒がある事だけ知っていれば良いと言われていた」
「そうですか」
「それよりも医師についてだが、お主は、私を見てくれそうな医師を知らぬか?」
「ええ、一人なら。町医者ですが、信頼できる医師です」
「ではその町医者を」
「畏まりました。そのように」
「お主は、これからデンゼンの所へ?」
「ええ」
「であれば、デンゼンに謝っておいてくれないか?私の罪だったと」
「陛下、罪を犯さない者などいません。この混乱で多くの貴族が亡くなりました。ステインもその罪を背負いましょう。そして償わねばならぬ時は必ずやってきます。ですから、陛下。その時まで共に……」
エリザベートはそう言って、コルフェ王の前で膝を折ると、陛下の手の甲へ唇を寄せた。
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