No.92 クレオパトラごっこ


 イデアは、笑顔を崩さずヴィルヘルムに向かって穏やかに話した。


「お見事です。流石ヴィルヘルム将軍ですね。今回の事、これはガルシアが勝手な判断で行った事。私は止めたのですよ? しかし、ガルシアは己が欲、ヴィルヘルム将軍の地位を酷く欲していましたからね。何という愚かなことを…」


 ヴィルヘルムは小さく舌打ちをすると、イデアを睨みながら剣を鞘に収める。そしてイデアを囲む他の近衛兵に言った。


「おまえ達、将軍である私に歯向かうと言う事はこういうことだ。戦は久しく無けれど、私の腕はまだまだ鈍ってはいない。それでも立ちはだかると言うのなら、ここにいる者たち全て皆殺しにしてもいいのだぞ?」


 その言葉と気迫に恐れをなした近衛兵達は構えていた剣を一斉に鞘に収め始めた。


 ヴィルヘルムは後にいたスコフィールドに視線一つで合図を送ると、頷いたスコフィールドと兵士が絨毯を抱え直して先に歩き始める。


 「お待ちなさい」そう口にしたイデアを無視して、王宮の中へと突き進んだ。


 イデアと残りの近衛兵達は慌てて、ヴィルヘルム達を追いかけ、ヴィルヘルムの後をイデアと近衛兵達がついて歩いていた。

 イデアは少し戸惑った様子でヴィルヘルムに声をかける。


「ヴィルヘルム、陛下の体調は本当に優れないのです。どうか日を改めて、それに…」


 イデアのその声を、まるで聞こえていないかのように、ヴィルヘルムは何も応えず、ただ黙って突き進んだ。


 イデアは無視をするヴィルヘルムに、もはや苛立ちを隠すことなく睨みつけながら、付き添いの兵が抱えている絨毯を指差す。


「それに…ヴィルヘルム、あれは何なんですか?」


「これは陛下への献上品の絨毯です」


「献上品? 今、この状況で献上品など必要ないでしょう?」


「そうですね。しかし最近陛下にお会いすることも出来ず、献上品が滞っているのです。これは外交品で大変珍しい絨毯。体調の優れない陛下のご気分が少しでも紛れたなら何よりかと」


「がっ外交品ですか? 陛下の寝室に外交品を入れると?」


「妃殿下、我が国の富の半分は外からもたらされた物です。献上品を毛嫌いするのは他国に対して失礼かと」


「そういう意味ではありません。しかしその品を今、献上しなくてはいけないのですか? 国の一大事なのですよ」


「ええ、ですから陛下に直々に会うと言っているでしょう? 邪魔されるな」


「邪魔など…ヴィルヘルム、私はただ心配なのです」


「何が?」


「……内戦です。そして陛下の心労も」


「妃殿下が心配される必要はありません。それに陛下は一国の王、全てを納めてくれます。そしてそれだけのお力があるお方」


「分かっております。それでも陛下は今、具合が優れません。あまり陛下に負担が掛からないようにしなければ」


 ヴィルヘルムはキツくイデアを睨んだ。


「先程から何度も申し上げていますが、国の一大事なのです。陛下をたたき起こしてでもこの混乱を納めて頂きますよ。そして、私は命を掛けて陛下をお支えする」


「なっ……」


 言葉に詰まるイデアにヴィルヘルムは足早に進み、強引にコルフェ王の寝室へと入った。


ーーーーバタン!


「陛下! 失礼致します」


 王の姿を見た途端ヴィルヘルムは息を呑む。


 コルフェ王はベットに横たわっていた。王の顔には赤い発疹があり、目の下は真っ黒なクマができている。

 ヴィルヘルムの姿をみたコルフェ王は力なく笑い片手を上げた。


「ヴィルヘルムよ、久しいな」


 ヴィルヘルムはコルフェ王の寝台の横まで来るとそのまま跪き「このような無礼をお許し頂きたい。陛下、お身体の具合は……」


「ただの風邪を拗らせてしまったようだ。私も歳には敵わぬのだな。ははっ、情け無いが仕方あるまい。それよりもヴィルヘルム、其方がそんなに焦る姿も珍しい、いったいどうした?」


「陛下……ご存知ないのですか?」


「何のことだ? 話せ」


「はい。昨夜、貴族街で大規模な争いがありまして……」


「貴族街で争いだと!? まさかステインがらみか?」


「ええ、含まれます」


「何故だ!? 私はすぐにデンゼンを釈放した筈だが……。それで? 貴族街は今どうなっている!?」


「陛下、デンゼン公は釈放されておりません。現在貴族街での死者を調査中ではありますが、相当な数になりそうです」


「なっ、何だと……どういう事だ?」


「恐れ入りますが陛下、陛下に見て頂きたい物があります。このような時ではございますが、一見願いたい献上品でございます」


「献上品? 一体なんだと言うのだ」


 ヴィルヘルムは後ろに控えていたスコフィールドに指示をすると、スコフィールドは絨毯をコルフェ王の前に出し、丸まった絨毯を広げようと構える。


 コルフェ王は、体を起こし、ゆっくりと息を吐いた。


 「失礼致します」そんな声と同時に丸まった絨毯が転がり広がっていった。美しく芸術的な柄の絨毯は煌びやかに輝いている。だが、コルフェ王もイデア王妃も絨毯とは別に驚きに目を見開いていた。


 絨毯の中からはクルクルと転がりながらエリザベート・メイ・ステインが姿を表した。


 彼女の姿はボロボロだった、薄手の白いふわふわとしたワンピースは汚らしく汚れ、赤い染みが幾つか滲んで見える。左手は汚れた包帯をぐるぐるに巻きつけて、右手には鞘が握られていた。


 どう見てもズタボロに見えるステインの三女にコルフェ王は眉を潜め、すぐにただ事ではないことを察した。


「陛下、お久しぶりです」


 エリザベートはコルフェ王の前に跪くとニッコリと微笑んだ。


絨毯の中から現れたエリザベートを見たイデアは息を呑み、目を釣り上げながらヴィルヘルムを睨む。


 「エリザベート! ヴィルヘルム。図りましたね!」



 エリザベートはコルフェ王に一礼すると、振り向きながらイデアに微笑んで見せた。


「妃殿下、貴女にまたお会いできるなんて嬉しいです。安心してくださいな。貴女を殺しに来たわけではありません。貴女を落としに来ただけです。殺すにはまだ惜しいですもの。うふふ」


「エリザベート、陛下の御前でそのような事を……お前達、陛下を守るのです。反逆者である、ヴィルヘルムとエリザベートをすぐに始末なさい」


 イデアの周囲に居る近衛兵達は慌てて武器を構えたが、それでも戸惑うようにイデアと陛下の顔を交互に見つめる。陛下はイデアの様子を見るように静かに見つめていた。


「何をしているのです!? ヴィルヘルムは今まさに陛下に対して反旗を翻したのです。反逆者であるエリザベートを真っ先に始末なさい。陛下のお命を守る為に早くエリザベートを殺すのです!」


 イデアの叫ぶような声に一人の近衛兵がエリザベートに向って襲い掛かる。


 エリザベートは向かってきた兵をスルリとかわして距離を取ると、右手に持っていた鞘を構えた。左手で無理矢理鞘を支え、襲い掛かってきた近衛兵に狙いを定めると、鞘と一緒に右手に持っていた小さな火打ち石を、鞘の中央火薬皿に叩き付ける。


 ダアァァァーーーーーン!!


 その瞬間、近衛兵の頭は吹っ飛んだ。

 ビシャッと音を立てて兵士の血がイデアの顔に飛び散る。


「ひっ…」


 その場にいた近衛兵達の動きは完全に止まり、何が起きたのか理解出来ない様子で呆然と立っていた。そして、それはイデアも同様だった。先程まで見えていた威勢は完全に消えている。


 コルフェ王も、目を丸くし、エリザベートの持つ鞘を見つめていた。


 エリザベートは煙が立ち昇る鞘をゆっくりとイデアに向けるとニヤリと笑った。


「あまり煩いとイデア、貴女の頭も吹っ飛びますよ?」


「……」


 イデアは頭を吹き飛ばされた近衛兵の死体を横目で見ると、ゴクリと喉を鳴らしながらエリザベートの持つ鞘をじっと見つめた。


「あら、少し火薬を詰め込みすぎたみたいですね。随分と派手に死んでしまいました、ふふふ。

陛下、お部屋を汚してしまい申し訳ありません」


「……っあ、あぁ」


 コルフェ王は唖然としたまま、返事をするのがやっとの様子でエリザベートの持つ鞘に釘付けになっていた。


「陛下、今私の手にあるこの鞘はタネガシマと言います。ステインが開発した新しい武器なのですが、先程ご覧頂いたように、か弱い私でも、簡単に屈強な兵を殺せる武器なのです。ステイン家はこれを大量に生産し、兵に持たせようと思っています」


「何が起きた? いったい、どうやって殺したんだ? そのタネガシマはどうやって……?」


「知りたいですか?」


「あ……ああ、教えてくれ」


「では、最初に私の話を聞いて頂けますか?」


「陛下っ!!」


 イデアが止めようとしたが、陛下は片手をそっと上げ、それを制した。


「ああ、勿論聞こう。人払いを……皆、部屋から出て行ってくれ」そう言ってコルフェ陛下は静かにエリザベートを見つめた。




 

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