No.91 王宮と献上品


 惨劇の夜が明け、貴族街は朝を迎えた。朝日に照らされた貴族街は残酷な静けさに包まれている。貴族に仕えていた使用人達は主人の死体を前にどうすることも出来ず、ただ呆然と座り込んでいた。


 そんな朝の風景に、モクモクと黒煙が立ち上っている場所があった。その煙の元は貴族院。


 貴族院の校庭には大量の薪が運ばれ、そこで遺体をまとめて焼いていた。


 エリザベートの指示により、死体を全て焼くようにと言われたが、船員達も、ステイン派の貴族も遺体を炎の中に放り込むことを躊躇っていた。


 何故なら、遺体を焼いてしまうこと自体がこの国々周辺の文化では禁忌とされていたからだ。遺体を焼いてしまう事は故人に対しての最大の侮蔑とされてる。しかし、エリザベートは容赦なく、彼らの死体を焼き、全て骨にするように指示をした。


 躊躇う者達に、悪魔の呪いを解く儀式だと言い、彼らを強行させたのだ。ある程度目処がついた頃を見計らい、まだ煙が残る中、エリザベートは後をベンケ達に任せ、学院を後にした。


 そしてそのまま執事のスコフィールドを連れヴィルヘルム将軍の屋敷へと向かった。


 屋敷に到着したエリザベートの顔を見た瞬間、ヴィルヘルムは複雑そうな顔で眉間に皺を寄せている。


「将軍、兵の統率ありがとうございました」


「エリザベート嬢、いや、こちらは何も動くなと指示しただけだだが……。しかし、貴族街の死者数は相当な人数だと聞いている」


「ええ、そうでしょうね。しかし全ては国を良くするため。それに貴族とは本来、国の為に率先して血を流すものでしょう? その為に階級制度があり裕福な生活を許されているのです。国の為と思えば、死んだ彼らも本望でしょう」


「それは……いや、しかし、私には分からぬ。エリザベート嬢、これは既に内戦なのでは?」


「それを決めるのはコルフェ陛下ですよ。陛下が私を反逆者と見るなら今後、本格的に内戦になるでしょうね。でもそうはなりませんよ。今回、この騒動に対して王宮の動きがあまりにも鈍いので確信しました」


「では、これから王宮へ?」


「ええ、でも、さすがに堂々と王宮へは入れません。今や王宮の全てにイデアが関与していると考えて良いでしょう。馬鹿正直に向かえば陛下に会う前に殺されてしまいます。ですが、武装して王宮に向かうのも宣戦布告しているように見え、良くないでしょう。表立って武器を持ちたくはないですからね」


「では、どうやって王宮内へ?」


「ふふふ、そこで将軍のお力をお借りしたいのですよ。スコフィールド、それを」


 エリザベートはスコフィールドに視線を送ると、スコフィールドは「畏まりました」と頷き、抱えていた絨毯を広げ始めた。


「この絨毯、かなり上物だと思いませんか? ステインの使用人達に金貨を集める際、一緒に手に入れるように指示したものです」


「確かに随分と豪勢な絨毯のようですが……これをどうされるのです?」


「ヴィルヘルム将軍にこれを陛下へ献上して頂きたいのです。戦利品として……」


 ヴィルヘルムはその絨毯とエリザベートを交互に見ながら、腕を組んだ。


「私は反逆者だな」


「いいえ、反逆者にはなりませんよ。だってヴィルヘルム将軍はルイ殿下の家臣ですから、それに、陛下は……」


 エリザベートは言葉を探すように考えながら少し俯いた。


「なるほど、分かりました。今はエリザベート嬢に従います。私は殿下の家臣として働きましょう」


「感謝致します。では、すぐに支度を…早い方がいいですからね。今起きてるこの混乱を収められるのは陛下ただお一人です」


「承知した」



 王宮内は昨夜から大混乱だった。貴族街での争いの先が王宮へと向うのではと、様々な情報が飛び交っていた。イデアの管理下にある近衛兵は王宮の周辺に配備し、王宮は完全に武装状態にあった。


 そんな物々しい雰囲気の王宮にヴィルヘルム将軍率いる数名の兵が、献上品を持ち王宮に到着する。


 門をくぐるとほぼ同時に近衛兵に包囲され道を塞がれた。許可が無いと通せないのだと告げられ数十分ほど待たされた後、ヴィルヘルム将軍の前には、防具を来たイデアが姿を現した。彼女の周りには更に屈強なイデアの近衛兵が武装して取り囲んでいる。


「ヴィルヘルム、貴族街でいったい何が起きているのです?」


「イデア妃殿下……これは一体どういうことです? 何故このように我々に武器を向けるのでしょう? 私は陛下直属の将軍ですぞ」


「ええ、勿論失礼とは存じております。しかし、貴族街で起こった争いに警戒をしているのです。それに、大変申し訳ないのですが、行動が遅い軍に対して、陛下は不振に思われています」


「今回起きた貴族街での騒動は貴族同士の争いです。兵を動かすにも、陛下の指示なくしては動けません」


「では何故速やかに指示を仰がないのです?」


「ことの詳細を把握してからでないと陛下にご報告も指示も頂けないかと。夜に起きた争いに闇雲に動くのも危険だと思いました故。ここは王都です。下手をうち内乱にでもなったら大変です」


「そうですか。では将軍報告を」


「ここで、報告ですか?」


「陛下は、ご気分がよろしくないと仰り自室におられます。私が代わりに聞きましょう」


「いえ、妃殿下、恐れながらこの度の件、国の大事です。私は陛下に直接ご報告をと考えております。陛下より命を承りたい」


「勿論私が変わりに伝えます。それと陛下から将軍に命も承っています」


「ほう、陛下が私に命令? 私の報告も聞かずにですか?」


「民の混乱を収めるのが陛下の願いです。それはヴィルヘルム将軍も同じでは?」


「そうですね。ですが、軍は動きませんよ」


「なっ、どういうことですか? ヴィルヘルム……」


「イデア妃殿下、失礼ながら今の軍は陛下直々に命令を下して頂かなければ動けません。そもそも貴族同士の争いは、陛下のお言葉なくして収まらないのです。悪いが国の為、ここを通して頂く!」


「ぶっ無礼な!」


「妃殿下! 下がられよ! 私が罰を受けようとも陛下に会わせて頂く!」


 ヴィルヘルムは凄い剣幕で怒鳴ると、周囲にいた近衛兵達はその剣幕にたじろぎ、後ずさりし始めた。そんな近衛兵に向ってヴィルヘルムは、つかさず言葉をかけた。


「ここの指揮権はイデア妃殿下が持っているのか!? おまえ達は陛下直々に命令を受けたのか!?」


 近くに居た近衛兵の大隊長であるガルシアが苦々しい顔で答える。


「いえ、陛下直々には命を受けておりません」


「であれば、お前達は私の命令に従えるな?」


「そ、それは……」


「軍の指揮権は陛下の次に私が持っている。陛下の命令がなければ私に従うのが筋ではないか? それとも貴様、私の命に背くと?」


「……っ」


 ガルシアは戸惑い、イデアの顔を伺うように見た。


 イデアは明らかに苛立った表情で歯を食いしばるように黙り込んでいる。


「悪いが妃殿下には軍の指揮権はない、ここを通してもらう」


 ヴィルヘルムはそのまま、躊躇うことなく前へと進んだ。


「クソッ」


 そんな声と共に突然、近衛兵大隊長のガルシアはヴィルヘルム将軍に向って剣を振り下ろす。


「てぃあああ!」


 ヴィルヘルムは振り下される剣を、体を半歩ほど引いて避けると、腰に挿した剣を握った。


「ガルシア、これはどういうつもりだ!?」


「お前を通す訳には行かん。王宮は我らの管轄。将軍であろうが、勝手に通られるな!」


 ガルシアの合図でイデアの周りに居た近衛兵達が次々と、ヴィルヘルム将軍を囲うように剣を構え始めた。


 ヴィルヘルム将軍は剣を鞘から抜くと、左手を広げ、チラリと背後に視線をやる。

 絨毯を持った兵士とスコフィールドに向かって怪しく笑った。


「スコフィールド、下がられよ。それとおまえ達も手を出すな。全て私が片付ける。同胞を殺める罪を背負うのは私だけで良い」


 ヴィルヘルムはそう言って、一度大きく息を吸うと、そのまま呼吸を止めた。


 ジリジリとした沈黙が続く。


 ガルシアを含めた近衛兵四人は互いに合図を送った。そして、ヴィルヘルムがふっと小さく呼吸を漏らした瞬間。


「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 兵の一人がヴィルヘルム将軍に向かって襲い掛かった。


 キーンと音を立てて、剣が交わると、ヴィルヘルムは剣をクルリと回転させ、すぐに剣を傾ける。左足を大きく踏み込み、襲ってきた近衛兵を切りつけた。襲い掛かってきた兵士は一瞬にして絶命した。


 だが、絶命した近衛兵が倒れる間もなく、ガルシア含めた三人の近衛兵は一斉にヴィルヘルムに切りかかる。


 ヴィルヘルムは右足で切りかかってきたガルシアを蹴り飛ばすと、ほとんど同時に二人で切りかかった剣を瞬時に受け流し、片方の刃は己の柄で受け止めた。


「私の剣は柄を少し長くしていてね。多人数でも戦えるし、剣が折れても柄だけで殺せるようになっているのだよっ!」


 ヴィルヘルムはそう言いながら、受け止めていた剣を柄で弾くと、目にも留まらぬ速さで剣を回し、一人の首をはね、横に居たもう一人の近衛兵も構えていた剣ごと、切りつけた。相手の剣が折れるのと同時に、その兵は膝から崩れ落ちる。ヴィルヘルムの刃に体ごと引き裂かれていた。


 そして蹴り飛ばされたガルシアが、立ちあがろうとした時には、すでにヴィルヘルムが目の前に立っていた。


「ガルシアよ。さらばだ」


 ヴィルヘルムが小さく呟く。


 ガルシアは自分の間合いを取る間も無く、なんとか剣を構えたが、ヴィルヘルムはその構えた剣を、からめとるようにねじ込む。そのままガルシアを無防備にさせながら、その顔面に柄をぶつけ、剣を回転させながらガルシアの首をはねた。


 その戦いは流れるように、一連となり、見ていたイデアは、あまりの速さに何が起きているのか理解できていなかった。


 大隊長を含む四人の近衛兵が倒れ、まだ居る数十名の近衛兵はただ立ち止まっていた。ヴィルヘルムのその、将軍たる由縁、圧倒的制圧術を前に戦意を喪失していた。


 戦意を喪失していた近衛兵を睨みつけ、制した後、ヴィルヘルムはイデアに向かって強く睨んだ。



「イデア妃殿下!! これはどういうおつもりですか!?」



 イデアはヴィルヘルムの怒鳴り声を聞きながら、ただ張り付けたような笑顔を向けていた。

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