No.90 月光


 松明に照らされたエリザベートは後を振り向き、ベンケに微笑んだ。


「おまえ達は手負いの者を全て殺めなさい。彼らも心ある者、痛みや恐怖をなるべく少なくしてあげて。温情だと思い、一気に殺めなさい。全て一撃で終わらせるよう心がけること。

それと同時に、中にいる者達を決してここから逃がしてはいけません。余計な恐怖を覚えるだけです。どの道死ぬのですから、ここで安らかにしてあげたいのです」


「オ、オジョウ……なんて心優しい」


「ええ、そうですね。私もそう思います。私も随分と慈悲深い者になったと自分で関心しておりますよ。ベンケ、人を一撃で殺めるならば首や胸を狙うのが良いでしょう。貴方の一撃は強いですから、首をはねたならば、綺麗に飛びそうですね。ふふっ、私、空中を舞う生首を見てみたいわ」


「はい! オジョウ! オラ、オジョウの為に全力で首を飛ばす」


「楽しみにしているわね。あぁ、それから、ここにいる学院の教師には一切手をつけないように。彼らは私の大事な玩具達だから、脅すのは構わないけれど、傷つけちゃだぁめ。 いいわね」


「オジョウの思うがままに」


 エリザベートはニヤリと笑い顎をしゃくってベンケに合図を送る。ベンケは小さく頷くと掛け声と共に、率いる海賊団と貴族院の正門に向って先に歩き始めた。


「貴方はここに残りなさい」


 エリザベートは一緒に来たアシュトンに言った。アシュトンは会合の時からずっと顔面蒼白のままだ。


「エリッサ……様」


「さっきからどうしたの? アシュトン」


「あの、本当にこのようなことをして良いのでしょうか? ぼ、僕は……もちろん僕も貴族を、おごり高ぶる貴族は嫌いでした。でも、これはあまりにも」


「残忍だと?」


「はい」


「ふふっ。貴方はそもそも貴族を何だと思っているの? まさか同じ人間だとでも思ってる? 彼らは人の皮を被った獣。傲慢で欲深く醜い存在なの。私欲の塊で出来ているのよ? 貴方もそう思っていたでしょう? 恐らく、この国の平民は皆同じ事を思っているわ。ならいいじゃない。人じゃないんだから」


「でも先ほどは」


「あら、あれは詭弁よ。アシュトン。だって私も貴族なんですから。だからね、私も人じゃないのよ。貴方はそこで見張りの者と一緒に待ってなさい」


「でも…いや……いいえ、やっぱり僕もエリッサ様とご一緒に」


「一緒に怪物になる?」


「え……?」


「確かに貴方は私の共犯者だけど、私と同じ怪物になって欲しいとは思っていないわ。

そうねぇ……やっぱりダメね。貴方は今日のことを忘れるべき人間よ。あぁ、そうだ貴方が作ってくれたこの薬は丁度いいわ。きっとこの数日の記憶は曖昧になるから」


 エリザベートは懐から小さな薬包紙を取り出しニッコリ笑うとアシュトンに向けて差し出した。


「そんな……僕に忘れろと仰るのですか!?」


「ええ、そうよ。残念ながら、貴方は怪物にはなれないでしょうね。怪物になる、その前に自責の念で己を殺してしまうわ」


「そんな事ない!! 僕はっ!!」


「アシュトン、そんな事ないと言い切った時点で、貴方は失格」


 ふふふと怪しく笑ったエリザベートは持っていた薬包紙をそっと開けると、自分の口に含んだ。

 驚いたアシュトンは思わず「エリッサ様!!」と叫び腕を掴んだ瞬間、エリザベートはアシュトンの唇を奪いキスをする。驚きに目を見開いたままのアシュトンはゴクリと鳴る自分の喉の音を聞き、薬を飲まされたのだと理解した。


「ありがとう。アシュトン、貴方のおかげで助かりました。また、夜が明けたらお屋敷で会いましょうね」


「エ、エリッサ様……だって貴女の体は……そんな」


「私は良いのよ。だって、これから人を殺めるんですから。殺すこと、奪う事、その代償として自分が死ぬ覚悟くらい、あって当たり前でしょう。それに遊びはいつだって命がけじゃないとつまらないわ」 


「エリッサ……さ…ま……」


「ふふふ、おやすみアシュトン、良い夢を」


 アシュトンの膝ががくりと折れるとそのまま力なく倒れる。

 門にいた見張りの者にアシュトンを頼んだエリザベートは、鼻歌を歌いながら、ふらふらと学院へと向って歩き始めた。


 次第に学院の中の至る所から悲鳴が聞こえ始める。窓に映るロウソクのぼんやりとした光と一緒に映る光景は凄まじいものだった。


 タタタ…タタタ…タタタ…タタタ…タンッタタン…タンッタタン……


 まるでリズムに乗りながら、ダンスでも踊っているかのようなステップを刻み、エリザベートは月光の鼻歌を歌いながら、校舎の中を歩いた。


 既に、校舎内には死体が幾つも転がっている。

首がない胴体、生首、胸を刺され壁にぶら下がっている遺体。

 そしてその転がる死体を楽しそうに横目で見ながらエリザベートは進んで行く。


 先に進むベンケ達は暴れ周り、通りすがりの手負いの者達を次々と追い、殺しながら歩いていた。

 ベンケが手に持つ斧を大きく振る度に生首が中を舞う。


「次はどいつだ! 首飛ばしたる!」


「やめてっ! 来ないで! 死にたくない!」


「安心せい、死は誰にでも訪れる。おめぇは楽に逝けるぞ。痛みは一瞬、恐怖も一瞬だ。奴隷よりも随分と楽に死ねるんだ。貴族様はいいご身分だでなぁっ!」


 振り抜いた斧は青年の首にめり込み「ぎゃっ!」

と叫んだと同時に胴体と切り離されていた。


 たまたまその光景を遠目で見ていたエリザベートは微笑みながら「素敵ね」そう呟いて下唇をペロリと舐める。右手にはナイフと大きな釘二本を持ちながら、鼻歌を歌い大階段を昇っていた。


 ベンケ達の襲撃が始まると同時に教職員の殆どが二階へと向かって走るのが外の窓からエリザベートには見えていた。夜のせいなのか学院内に響く声はどれも良く透き通って聞こえる。

勿論一階からも悲鳴も聞こえるが、二階から聞こえる物音と、聞き覚えのある女性のすすり泣く声にエリザベートはニタリと笑った。声の方に向かってコツコツと足音を立てながら進む。


「ふふふ、これは隠れんぼかしら? ふふ、楽しそうね。せぇーんせ? ミーナ先生、私も混ぜてくださいよ。ねぇ先生?」


 エリザベートはニ階の教室を一つ一つ見て回った。一階に比べ二階は全体的に暗く、ロウソクの火は不規則に置かれていた。まばらに人の気配は感じるものの、皆が息を飲み必死に隠れているようだった。

 そんな中、遊ぶように足音を弾ませながら見てまわる。


「せーんせっ、ミーナ先生? 私です。エリザベートです。先生に会いに来たんですよ。先生と遊びたくてわざわざ来たんです。ねぇ先生?」


 ミーナの必死に堪えたすすり泣く声が少しずつ近づいているのが分かり、エリザベートは足音をコツコツと響かせて行った。


「ふふふ、ミーナ先生に早く会いたいなぁ。私先生の事好きなんです。初めて会った時から、ずっと思ってたんですよ」


 エリザベートはミーナが隠れている教室に入ると、そこで動きを止め暗い教室内を見つめた。


 ミーナは教壇の下に必死に隠れていた。

 震える息をなるべく抑え、口を手で押さえる。それでも涙は止まらず、体は小刻みに震えていた。


 ガン! ガガン!


 エリザベートはニタニタと笑いながら椅子や机をわざとらしく倒して歩く。


 ガガン! ガガン!


「っひ!」


 思わず漏れたミーナの引きつった声が教壇の下から聞こえた。エリザベートは動きを止めると教壇の方を見てニタニタと笑う。


 ガン! ガガガ! ガガン!


 物凄い音を立てながら教壇の方へ近づいてくるエリザベートの気配にミーナは震えながら息を止める事しか出来ない。


 エリザベートは教壇の前に立つと、静かに様子を伺う。そして、そっと教壇の中を覗き込むと、不気味な笑みを浮かべた。

 教壇の下には自分の口を必死に塞ぎながら、涙をこぼし震えるミーナが座っている。


「私、貴女を殺したいなって……ね? 先生みぃーつけたっ」


「ひっ、い、いやぁぁぁーーーーっ!!」


 ミーナは絶叫しながら、慌てた様子で教壇の下から這出ようとしたが、恐怖からか足がもたついて、から回る。そんな様子を笑いながら見ていたエリザベートは、つかさずミーナの太ももを右手に持ったナイフで突き刺した。


「ぎやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 刺された痛みでミーナは太ももを押さえながら勢い良く転げ回った。


「せ・ん・せ・い。あーそぼっ、ふふふ」


 エリザベートはクスクスと笑いながらミーナを見下ろしていた。


「いだい、いだい、痛いっ! 来ないで、やめて!」


 ミーナは懸命に立ち上がり、エリザベートから距離を取ろうとするが、刺された太ももの激痛で直ぐに体が崩れ落ちた。


「わ……私が何をしたの? 私はエリザベート嬢……エリザベート様に何もしていません。私は無実です」


「あら、ミーナ先生何もしていないの? ふふふ、そうね、確かに何もしていないわね、あ・な・た」


 ミーナの目は大きく見開き力強く頷いた。


「そうなの、何もしなかった。それが貴女の罪なのよ? 貴族院で起こる生徒の騒動を何もせず、見て見ぬふりを続けた。貴女が教師として最初から適切な判断をし、教育を行っていれば、貴族院がこんな事になることもなかったし、あの愚かなアイヴァンやリリーが傷つくこともなかったのよ? 残念ながら全ては貴女が犯した罪よ。無責任って本当に罪深いわね。何もしない、無責任な人間などこの世に居なくていいと、私は思っているの……」


 エリザベートが手に持っていたナイフをカランと床に落とすと、釘二本の先端をよく見えるようにミーナに向けた。


「そんな見て見ぬふりをするくらいなら、最初から見ないほうが良いわよね? だって見たくはないのでしょう? なら、その目は邪魔よね? ふふふ」


「いやっ、いや……よ、やめて、エリザベート様、お願いします。お許しを……」


「ええ、勿論許してあげるわ。貴女が死んだら許してあげる。この世に貴女は必要ないの。特にこの貴族院にはね? それに、この国の未来を考えたら貴族院は邪魔なのよ。……だから、死んで頂戴ね?」


 エリザベートは一気にミーナに跨り体重をかけた。


「いやっ、いやぁぁぁぁっ!!」


 そのまま躊躇う事なくミーナの掛けた丸眼鏡ごと彼女の眼球に釘を突き刺す。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ミーナは両目を釘で刺され、頭を抱え、髪の毛を振り乱しながら悶えた。


「ふふふ、いいわ。凄く素敵よ。ミーナちゃん、痛い? 苦しい? 怖い? そうよね。ふふふ、いいわ、とっても素敵だから、私、少しだけ寛大になってあげる。もうちょっとこのまま生かしてあげるわね。そこで、最後の時を堪能してなさい。ね? ミーナちゃん。ふふふ」


「うぅっ…ぁっい…痛いっ…いたいっ…あぁっ…いた……い…怖い」


 ミーナの顔は悶えながら真っ赤に染まり、血だらけになっていった。


 エリザベートはミーナを見下ろし、微笑むとその場からゆっくり離れて行く。


 残されたミーナは、ただ一人血の涙を流しながら悶え続けた。





 エリザベートは一度一階にいたベンケと数名の船員達を呼ぶと、二階から更に上へと逃げた教職員を探させた。


 数十分後、教職員は全員捕まり両手を結ばれ、エリザベートの前に並ばされる。


 エリザベートは残念そうに並ばされていた職員を見る。ふと自身の手のひらを見れば、微かに震えていた。自分が思っている以上に体力の限界に来ていたのだ。

 本来なら彼らを自ら殺め、楽しみたいと思っていたが、その体力はもうなかった。


 エリザベートは船員の男に椅子を用意させ、そこに座ると、教職院を一人ずつ殺すよう指示をした。


「ベンケ、貴方の殺し方はすっごく野蛮で刺激的で、本当に素晴らしいわ、褒めてあげます。私にじっくり見せてちょうだい」


「がははは、お望であれば、何度でもお見せしてさしあげますだ」


「ふふ、では最初に……」


 エリザベートが指差したのはマシューであった。


 マシューはうろたえると、エリザベートに向かって叫ぶ。


「私は無実です!! 何もっ、何もしておりません!!」


「何も? 貴方教師の癖に随分と、生徒に対して差別してたわよね?」


「そっ、それは貴族と平民についてでしょうか? しっしかし、平民共に自分の身分を自覚させるのもまた、教育の一環です」


「えぇ、そうね。では、何故貴方より身分が高い私を、ステイン家を貶めたのです? 忘れたとは言わないでしょう? ステインは嫌いだと、いい気味だと仰ったじゃないですか。身分について重要に考え、教育として考えられていた貴方なら勿論、何を意味するのかご存知ですよね? 落とし前の付け方もご存知でしょう?」


「そっ、それは、あの時はっ!」


「カトリーヌが犯人だと噂があったから? それは理由にはならないでしょう? だってステインを敵にすると選択したのはマシュー、貴方自身ですもの」


「お、おお許しください、私は、私はただの教師です。そんな、こんなただの教師を殺めたところで、何もありません。お許しをっ! もう、もうステイン様に歯向かうような事は二度と致しません。私にお慈悲を…どうか、私にお慈悲を……」


「学院内で追われ、助けを求めた私に、慈悲など与えず、ここにいるぞと叫んだ貴方が、今、私に慈悲を乞うのですか?」


「申し訳ありませんでした! お願いです。お許しください。お許しください」


 マシューは頭を床に擦り付けながら、這うようにして私に近づいてくる。


「もういい、目障りです。ベンケ」


「へい」


 返事をしたベンケが、マシューを掴もうとした瞬間、マシューはエリザベートの足に噛みつこうと首を伸ばした。

 つかさずエリザベートはそれを避けて、マシューの頭を踏みつける。


「ふんっ、本当に卑怯者ですね。でも嫌いじゃないですよ?」


「っぐぁっ、クソっ……クソクソクソクソォ…ステイン家めっ! 呪ってやる! お前達を呪ってやるからな!」


「あら、それは素敵。待ってるわ、マシュー先生。ふふふっ、さようなら」


 エリザベートが、マシューの後ろ首を持ち上げ座らせる。


「いやだっ…いやだっ」


「ベンケ」と声をかけると、ベンケはマシューの首めがけて斧を大きく振った。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ」


 大きな断末魔を上げたマシューの首は高く空中に飛び上がり、エリザベートはうっとりとした様子でそれを見つめていた。


「ふふふ、やはり、こんな力技は私には出来ないわ。ベンケ、本当に最高……では次」


「ぎゃっつ」


「次」


「ぎゃっぎゃぁぁぁぁぁぁ」


「次」


 エリザベートの目の前には教職員の惨たらしい死体が並べられていった。


 暗かった校舎は次第に朝日に照らされていき、残酷な光景を浮き彫りにさせていく。


 エリザベートはニタニタと不気味に笑いながら、並べられた死体を眺め、満足気に頷いた。


「ベンケ、とっても素敵でした。後は目が釘付けの女ですが。ここを出る時、腹に致命傷を入れとけば良いわ。いいわね」


「分かりやした。でも、致命傷? 即死になる首や胸じゃなくていいんですかい?」


「ええ、じわじわと、彼女には苦しんで死んで欲しいの。無能であること、己で選択をせず、教師となったこと。全てに罪の意識が無いのであれば、体で覚えて頂くしか無いでしょう? それこそ死ぬまで……ね? ふふふ」


「そうですか……」


 エリザベートは日の光を浴び、真っ赤に染まった校舎を眺め、歩きながら、楽しそうにはしゃいだ。


 月光の曲を口ずさみながら……。

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