No.88 闇の会合 弐


 エリザベートは鞘をゆっくりと下げると、呆然と立ち尽くす貴族達に向ってニッコリと微笑んだ。


「これは、タネガシマと言う武器です。非力な私でも、このように将軍の鎧に穴を開けられるのです。もしこの鎧を人が着ていたら……それはお分かり頂けますね?

今現在、戦場での主な武器は剣や槍、弓で戦いますが、今私が持っているタネガシマが戦で使われた場合どうなるでしょう。今まで行ってきた戦のあり方が覆り、情勢は変わります。

そして、このタネガシマは弓や剣のように個人の技量がなくても使えます。そう、誰でも使えるのです。こちらの武器があれば誰でも英雄になれるのです。この武器の攻撃範囲は弓よりも長く、弓よりも正確に命中させることが可能です。

戦争に弓など不要です。剣も不要です。もちろん槍も。

このタネガシマさえあれば、あらゆる武器は不要となるでしょう。更に、私が持つタネガシマを改良し、更に大きくした大砲があれば、このエスターダ国には更なる豊かさと繁栄がもたらされるのです。そして、それら全てがステインの財産から生み出されるものなのです」


 ヴィルヘルム将軍は驚きながらも興奮したように少し早口なりながらエリザベートに問う。


「大砲とはいったいどのような物なのかね?」


「この鞘よりも大きな物です。大きな鉄の塊を飛ばすのです。それは城の外壁も容易に破壊できるでしょう。篭城戦などこの大砲があれば直ぐに勝利に導けます。今まで投擲のような、石を投げ込むだけの戦いの時代はもう終わりなのです。そして、この大砲は船にも搭載できます。船での戦では、圧倒的力で海上を制圧できましょう」


 周囲からは、驚きと共に歓声が上がる。

 ヴィルヘルム将軍は食い入るように鞘を見つめ、更に続けた。


「すまない。話を最初に戻すが、そのタネガシマはどうやってこれほどの破壊力を生み出すのだ? 何故、鎧に穴が開いた」


「ふふふ、それは火薬ですわ。そうですね、簡単に説明致しましょう。アシュトン」


 エリザベートに呼ばれたアシュトンは袋を開いてエリザベートに差し出した。


「ありがとう」


 エリザベートはアシュトンの差し出した袋の中から火薬を握り、貴族達に見えるように黒い粉を上からサラサラと袋の中へ落とす。


「こちらの黒い粉を火薬といいます。これもまたステインの財産から生み出されたもの。この火薬は熱に触れると爆発する粉なのですよ。この粉を爆発させ……」


 エリザベートは包帯からそっと銀色の小さな鉄の玉を取ると、高く上げ、その小さな玉を皆に見せながら続けて言う。


「爆発威力をこの小さな玉に促します。すると玉は物凄い勢いでこの鞘、いえ、筒から発射されるのです。大砲も構造は同じです。この玉よりもはるかに大きい鉄の玉が爆発によって物凄い勢いで発射されます」


 ヴィルヘルム将軍はうなるように呟く。


「火薬……」


 エリザベートはただゆっくりと微笑んだ。


「皆さん、これがステインの富です。これがステインの資産です。そしてこの富は全てエスターダのもの。ただし、ステイン家が潰れなければ、の話ですが……。

さて、そろそろ、話を戻しましょう。そのステインを潰そうとしているイデア王妃の事ですが。

彼女は自分の欲の為に王子を殺しました。その後、彼女はステインを潰し、いずれ国の実権を握るでしょう。そんなイデア王妃は我が国に何をもたらしましょう? 己が欲に溺れ、自分の利になる事以外は何もしないでしょう。先の未来は、重い課税に民が苦しみ、王宮がただ豊かに、贅沢になるだけです。それは国の腐敗へと繋がり、いずれ滅亡へと進みます。

それが現実です。ステインを信じるか。イデアを信じるか……」


 エリザベートは鞘をアシュトンに渡し、財宝へと近づいた。


「私は先ほど、皆様にこの財宝を分配すると申しました。皆様がイデアに服従し、恐れ、国を見捨てて己のために生きるのであれば、どうぞ、この財宝でお逃げください。王家に誓った忠誠からイデアに付くのも自由です。ただ、ステイン派であった皆様をイデアは決して良いようには思わないはず。あの女は自分の息子を簡単に殺せる女です。ならば、いくら尽くしたとしても温情などは無いに等しい。つまり、皆様は生き残る為には遅かれ早かれこの国から逃げなくてはならないのです。イデアに屈するのであれば……」


 それを聞いていた年老いた貴族が怒りのあまり大声でエリザベートに叫んだ。


「わし達はそんなヤワではないぞ!! 逃げるなど、腰抜けな!! そんな真似はせん!」


「ふふふ、そうですか、逃げないと?」


「ああ、逃げん。家を捨てるなど言語道断。もとよりこの国の為なら死ぬ覚悟だ」


「素晴らしい志だと思います。では、クロスビーザ家当主、貴方はどちらを選択しますか? ステイン家? それともイデア妃殿下?」


 クロスビーザ家の当主である老人は胸を張り、大きな声を張り上げた。


「クロスビーザ家は代々ステイン派である。それは未来永劫のこと、もちろんステイン家を信じまするぞ、エリザベート嬢」


「私もステインを信じます」


「私もだ!」


「俺もステイン派だ!ステインを信じ、ステインを見捨てはしない」


「私もステインを信じまする」


 貴族達は次々にそう宣言し始めた。


 あっという間にダイニングに集まっていた多くの貴族達は、ステイン派を表明していく。

 その中で、ヴィルヘルム将軍だけが腕を組み、眉間に皺を寄せ考え込んでいるようだった。

 エリザベートはヴィルヘルム将軍にそっと近づいて囁く。


「ステインは貴方に名誉も誇りも富も全てを与えられるでしょう。そして何より、今ここにいるルイ殿下が次の王なのです。将軍にとって王に忠義を示すのが何よりの誇りではないのですか? 後の王であっても、それは変わらないはず。それともイデアに忠義を?」


「私は……。たがっ、今の陛下に刃を向けるなど」


「あら、陛下に刃など向けませんよ? 私達ステインは陛下をイデアから救いたいのです。イデアはきっと陛下を亡き者にしようとします。ルイ殿下はそれを恐れているのです。そして陛下は何も知らないでしょう。ですからイデアを一刻も早く陛下から引き離さなくては……」


「……陛下が危ない」


 エリザベートは一つ頷くと、皆に聞こえるように大きな声を張り上げた。


「イデアはカミール殿下そして実の息子であるグエンを殺めた。全ては権力を我が物にするため、そして次に邪魔な存在であるのが、コルフェ陛下であるのは明確。イデアにとって、いつでも殺める事が可能なコルフェ陛下の命こそが一番危ないのです。

ヴィルヘルム将軍、これが私の主張です。私を信じるのであれば、大儀はこちらになるのです。ルイ殿下がそう命じているのですから。国の父を、陛下を救いたいと。

それでも貴方はイデアを野放しにするのですか?

それが、貴方の大義だと? それに貴方も良くご存知の筈です。最近の陛下の体調を……」


 ヴィルヘルム将軍は、ギリリと歯をくいしばり、苛立ちの中、エリザベートに決断を迫られていた。

ヴィルヘルムにとって、どの道を選んでも危険な選択には変わりない。ただ己の立場が故に、この場ですぐに決断をする事を躊躇われた。自分には多くの部下がいるのだ。それをすべて背負うことで将軍の地位にいる。その責だけが今、選択の決断を渋る理由だった。


 エリザベートは優しく微笑む。


「将軍、貴方はルイ殿下の為に死ねますか?」


 ヴィルヘルム将軍はふとマーティンを見る。マーティンは周囲の貴族の気迫に怯え、どうしたら良いのかも分からず、もじもじとしていた。エリザベートより年齢が上のはずのマーティンは、ヴィルヘルムから見れば、ただの怯える子供で、右も左も分からない、可愛いらしい小動物のようにしか見えない。

きっと誰かが守らなければすぐに死んでしまう。そんな庇護欲を掻き立てられる存在だった。


「エリザベート嬢は私に何を望む……」


 ヴィルヘルム将軍のその言葉にエリザベートは満足そうに、笑いそしてゆっくりと首を振った。


「いいえ。将軍、貴方は何もしなくていいのです。ただ黙って傍観してください。王都で起こる出来事、王宮からの要請、全てを傍観し、貴方は見届けるのです。

ステインとイデアの決着が付けば直々に陛下からの命令が下るでしょう。それまでは、何もせず……ね? 簡単でしょ?」


「軍は動くなと?」


「ええ、そうです。何もしないでください。貴族街が血に染まろうとも動かない。それは貴方のルイ殿下への忠義です」


「……あい分かった」


「あっ、そうだ。ヴィルヘルム将軍にして欲しいことが一つだけありました。明日の夕方、陛下に贈り物を届けて欲しいのです」


「何を送るのだ?」


「それは追って伝えます。私、クレオパトらごっこをしたいと思って、ふふふ」


「クレオパトラ?」


「美女ですよ。美女」


 首を傾げるヴィルヘルムにクスリと笑みを向けたエリザベートは、少し前に出ると、貴族達に向って叫んだ。


「皆様、此処に残って頂いていると言う事は、イデア打倒を目指し、ルイ殿下、並びにステイン家にご助力して頂けると受け取ってよろしいのですね?」


 貴族皆が頷く。


「感謝いたします。では、こちらの財宝は皆様方で分配して下さい。お金に変えるも、そのままご自身の財産にするのもお好きなようになさって下さい。

それでは次に、皆様に今後して頂きたいことをお話致します。

皆様にはこの国の未来の為に、イデアに組する貴族をこの世から消して頂きたいのです。

知りうる情報の中でイデアと懇意にしている貴族でも構いません。殺してください。

特にマクニール家はイデアと、とても親しい仲です。今回の事ではマクニール家も主に動いているでしょう。ですから、マクニールと懇意にしている貴族も殺してください。あぁ、マクニール当主ハインは必ず殺してくださいね。ただ、娘であるリリーさんは今は何も出来ない娘ですから恩情を……。

良いですか? 疑わしき者は罰するです!

これは戦争です。未来の為に、少しでもイデアに繋がる貴族は殺してください。暗殺でも決闘でも構いません殺してください。この件に関して軍は動きません。安心して鉄鎚を下してください。これはルイ殿下の命です。罪の意識など必要ないのです。全てはイデアの罪、気兼ねなく殺してください」


 エリザベートの言葉に皆が圧倒され怯んだように後ずさる。マーティンの表情も驚きから、みるみるうちに青ざめていき、遂にはふにゃりと腰を抜かし、座り込んでしまっていた。


 エリザベートは構わず、声を強めながら続ける。


「いいですか、これは戦争です。殺すか、殺されるか! 殺さなければ、全てイデアに殺され奪われ、貶され、死んでいく。それが嫌なら殺せ。イデアに殺されたくなければ殺せ! 貴方達の家族、子供、財産、全て奪われたくなければ殺せ! 殿下の為、陛下の為、国の為。これは聖戦である!

殺せぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!!」


「ウオォォォォォーーーーッ!!」


 気迫のこもったエリザベート叫びに、呼応したベンケが吼えた。

 その瞬間、貴族達の目の色が変わった。皆の目に狂気が宿り次々に己を鼓舞するように吠え始める。


 ひとしきり落ちた頃を見計らったエリザベートは先ほどとは打って変わり和らいだ声で話し始めた。


「そうでした。大事なことを一つ。貴族以外の者は極力殺めないで下さい。それと火事を起こすのもお止めください。平民はこの戦には何も関係ありません。これは王宮と貴族の問題です。勿論、平民に報復をさせるのは構いません。ですが、貴族の屋敷に仕える平民を殺めるのはお止めください。心優しき殿下は無用な殺生は望んでいません」


 一人の貴族が感動の声を漏らす。


「おお……殿下。何て心優しきお方。重々承知いたしました」


 エリザベートは微笑みながら、その貴族に向かって頷いた。


「ルイ殿下は心優しいお方です。ですが、私は皆様に対して忠義を求めています。言葉だけでなく、行動によってステインに対しての忠義を見せてもらいたい。ですから、貴族院の貴族の生徒を皆殺しにしてください」


 口調は穏やかであっても、ニコリと笑うエリザベートの目には狂気が宿ったままだった。その言葉を聞いた貴族達は、信じられないと言うように口をあけて止まっている。エリザベートは続けた。


「勿論、ここにいらっしゃる方のお子様、御氏族が貴族院に通われてることも理解しております。残念ですが殺してください……。ですがまぁ、情もありましょう。どうしても殺せないのであればこの国からは追い出して頂きたい。

貴族院の生徒は私や私の姉カトリーヌは勿論、ルイ殿下にも石を投げました。知らなかったとは言え、そんな者達が後の王になられる殿下に忠義を示せるでしょうか? 簡単に手のひらを返すような者に信頼など出来ません。

それに、話では貴族院ではダーヴァの儀式が行われたのだとか……ダーヴァ、つまりは悪魔の儀式です。貴族院は悪魔を呼んでしまった。すでに呪われてしまったのです。呪われたもの達をこのままにして良いのでしょうか? 今後どんな災いをもたらすのか、私には恐ろしくてなりません。無闇に殺戮を行いたい訳ではないのです。私はただ守りたいだけ……国に災いが来ないように。

ですから呪われた貴族院の生徒は排除して頂きたい。これは悪魔退治です。殺して下さい。

悪魔は信仰のある貴族に取り付いています。平民は関係ありません。そう、これもまた聖戦なのです。国を救う為に殺してください。

そして、この聖戦は時間がありません。明日の夕方までに全てを終わらしてください。でなければ陛下の命も、そして呪いも蔓延してしまうでしょう。一刻の猶予もないのです」


「そっそうだ! これは聖戦だ!」


「悪魔退治だ!!」


「呪いは払わなければ!」


「陛下の為に!」


「エスターダ国の為に!」


「エスターダ国の為に!!」


「「「エスターダ国の為にっ!!」」」


 呼応する言葉にエリザベートは満面の笑みで応えた。


「さぁ皆さま始めましょう。聖戦です」

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