No.87 闇の会合 壱


 ステイン家のダイニングはセッティングされた無数のロウソクと反射石で煌びやかに輝いていた。特にダイニング中央に金銀の硬貨や宝石の財宝が一箇所に山のように積まれ、それがロウソクの光をまばゆく反射している。


 積み上げられていた財宝の量は3メートル近くあるだろうか。二、三人は埋まる程の山だ。


 集められた貴族達はその財宝に目を奪われながら、ヒソヒソと語り合っている。


 ダイニングに集まった貴族達は100人余りで、彼らの服装は軽武装している者が殆どであった。部屋の中には一族の主、又は代表者しか入れていない。

その為、屋敷の庭には貴族達のお付の者達が大勢待たされていた。そしてそれを囲うように王都警備兵が立っている。


 エリザベートは鞘を右手に抱えながら、ふらふらとした足取りでダイニングに集まる貴族達の前に姿を現すと、部屋の中央にある山の財宝の前に立ち、綺麗な一礼をした。


 顔を上げたエリザベートはそのまま視線を執事のブレナンへと向けると、それに気づいたブレナンは深々とお辞儀をした後、ダイニングを去る。

エリザベートは微笑みながら貴族を見渡した。そこにはヴィルヘルム将軍の姿もあった。


「皆様、ようこそお越し下さいました。ステイン家当主であるデンゼンに代わり、ここにお礼申し上げます。私はこのステイン家の三女、エリザベート・メイ・ステインでございます」


 貴族達はエリザベートが名乗ると驚いた表情を見せた。エリザベート・メイ・ステインという名を持った美しい彼女にしては、服装があまりに素朴であり、ステインの名に似つかわしくないこと。そしてその左手に巻かれた包帯が汚れているせいで彼女の体が酷く傷ついているように見えていたからだ。それはまるで彼女が死線をくぐり抜け、そして儚い者のように映った。


「今回、皆様に集まって頂いたのは、こちらにあるステインの財産を皆様に分配したく、集まって頂きました。今やステインは王に、王族に仇なす家に成り下がりました。

今までステインを支えてきてくれた皆様に今後、ステインのことでご迷惑をかけてしまうと思うと、私は心苦しく、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

ですので、ここにある財宝は皆様方で分配して頂こうと思いました」


 エリザベートの弱弱しい言葉に貴族達の目の色が変わり歓声が上がる。

その様子を見たエリザベートは、俯きながらニタァっと笑い、顔を上げた瞬間には思いついたような顔をして貴族達を見る。


「そうでした、大事なことを一つ。突然ですが、皆様に大切な方をご紹介したいのです。この屋敷にいらっしゃる前に、すでに聞いている方もいらっしゃるかと思います」


 エリザベートは振り返ると、ブレナンに促されながら、マーティンがエリザベートの方へやって来た。


 近づいてきたマーティンにエリザベートはカーテシーを行い、戸惑うマーティンの手を取るとそっと唇を寄せた。ビクリと驚いたマーティンは思わず手を引こうとするが、エリザベートはギュッと強く握り、それを許さなかった。そして小さく囁く。


「殿下、貴方はただ私の言葉に頷いてください」


 マーティンは怯えながら、震えるように小さく頷いた。はたから見ればエリザベートがマーティンに礼を取り、マーティンはそれに頷いたようにしか見えない。


 エリザベートはニッコリと笑いながら皆に向きなおる。


「こちらに、あらせられるお方は、エスターダ国第三王子、ルイ殿下でいらっしゃいます」


 貴族達は一気にザワザワとし始める。


「勿論、信じられない方もいらっしゃいますでしょう。ですが、ヴィルヘルム将軍が証人です。将軍お言葉を」


 エリザベートの問いにヴィルヘルム将軍は頷き、マーティンに向かって膝を折り、礼をとった。


「まさしく、この方は第三王子ルイ殿下であられます」


 貴族達はざわつきからどよめきに変わっていく。

 私は「静粛に」と一言告げてから続ける。


「何故、ここに第三王子であるルイ殿下がいらっしゃるのかをご説明いたします。

まず、一連の王子毒殺の騒動は全て、王位争いによるものです。私の姉であるカトリーヌは、その王位争いにただ巻き込まれ、利用されただけなのです。全ては王妃イデアが第四王子、エーム殿下を次の王位にさせるためのものでした。

イデアは自分の息子を殺してまでエーム殿下を王位に就かせたかった。ただそれは、愛情からではなくこの国をイデアが乗っ取るためのものです。このままでは近いうちに陛下も亡くなるでしょう。イデアによって……。

そして残念ながら、ここにいらっしゃる皆様も、遅かれ早かれイデアによって粛清されてしまう。

貴方達は十分に理解されているでしょう。ステイン派が今や肩身の狭い派閥になっていることを。そしてそれでも尚、なんとか生き残ろうと巡らせ、足掻いている。いっそ、ステインを捨ててでも……と。

ですが、私はそれを裏切りとは思いません。あなた方を助ける事こそが私の勤めであると。ステイン家の勤めなのだと。ですから、今この目の前にある財宝を使って、イデアの魔の手から逃げることをお考えください」


 エリザベートは胸に手を当て、息をゆっくりと吐いた。その場は沈黙が続く。顔を上げたエリザベートは柔らかく、哀愁を帯びた瞳で微笑みながら続けた。


「ですが……ルイ殿下はそんなイデアの暴挙に意を唱えています。本来なら第三王子であるルイ殿下が次に王位を継ぐはずです。しかし、ルイ殿下はイデアによって幼少の頃、まだ星名を賜る前に王宮を追放されてしまいました。ある日、ルイ殿下はご自身の生い立ちの真実を知ったのです。そこでルイ殿下は決意されました。イデアを討ち果たすと。父であるコルフェ陛下をあの魔の手から救い出そうと。

私の父である、デンゼンはそんなルイ殿下に感銘を受け、ステインはルイ殿下と共にイデアを制裁することを決めたのです。

しかし、イデアの方が一歩動くのが早かったようです。まさか実の息子をこうも簡単に殺めてしまうなど、誰が思うでしょう。私も姉であるカトリーヌも、何も知らずに巻き込まれ、結果、ステインが王宮の標的になったのです。

ステイン家は皆様を巻き込みたくありませんでした。ですからこうして、お詫びも含め一時の財にでもなればと、我が家にある財宝を用意いたしました。

ステインは今後、ルイ殿下と共にイデアと対決致します。

この国を悪に染め上げる訳には行きません。たとえ私が死んでも、この国を愛する者がきっとルイ殿下の支えとなりイデアに打ち勝てると信じております……」


 ふらりと、揺らいだエリザベートの身体は、マーティンに向かって倒れ込んだが、貴族達には、まるでマーティンがフラついたエリザベートを支えるかのように見えた。

 

 エリザベートは静かに涙を流し始め、突然倒れ込んできたエリザベートを思わずキャッチしてしまっただけのマーティンは驚いたまま固まっている。


「王妃イデアは本当に犯人なのか?」


 一人の貴族が独り言のように呟いた。

 そしてその言葉に、ヴィルヘルム将軍は小さく頷くと腕を組みながら、語り始めた。


「今王宮からは、ステインの娘と共にいる貴族の青年を捉えろとの命令が下っている。私はその命令が誰のものかを探った。残念ながら、前もってエリザベート嬢に言われていた通り、イデア妃殿下からのものだった。今までの亡くなった殿下に関係している命についても、元を辿れば全て妃殿下へと繋がっている。それは自然なように見えてあまりに不自然だった。

こちらに、おあせられるお方は間違いなくルイ殿下である事も私は知っている。だが、ルイ殿下がこちらにいて、なお、この命令。保護ではなく、捉えろとのお言葉には疑問を持たざる得ない。私はイデア王妃がこの一連の騒動に絡んでいることは間違いがないと思っている」


 ヴィルヘルム将軍の言葉にエリザベートは自分の指でそっと涙をふき取り、顔を隠しながらニヤリと笑った。そして立ち上がると、嬉しそうに微笑みながらヴィルヘルム将軍に言う。


「ヴィルヘルム将軍、私の言葉を信じてくれたのですね。妃殿下であるイデアが諸悪の根源だと」


「それは……いや、まだイデア王妃が犯人だとは断定できないが……疑わしいのは確かなのだが、確証はない」


「ヴィルヘルム将軍、今回の件について確かな証拠なんて必要ですか?」


 小首を傾げながら発せられたエリザベートの言葉にヴィルヘルム将軍は驚きに目を見開いた。


「え?」


「そもそも、私の姉であるカトリーヌも犯人だと王宮がでっちあげてるだけで、何も確証などありません。まぁ、イデアのことです。後から証拠を偽装することなんかいくらでもできるでしょうが。ただ、現に王宮が発表した毒は人を殺せる毒ではありません。毒については、そこら辺の罪人にでも飲ませれば実証できるのでしょうが、そんな事は今更、些細な事なのです。ヴィルヘルム将軍、確証なんて今更得ることなど、もう出来ないのですよ。

今は真実ではなく、現実の話を。

イデアが王子達を殺したことは真実ですが、それを確証する事は現段階では不可能です。ですから、今ここにある現実の話をしましょう? そして皆がそれぞれ己で選択するのです。私の言うことを信じるのか、イデアの言うことを信じるのか。

ヴィルヘルム将軍、貴方はルイ殿下、及びステインの話しを信じ命を賭して戦いますか? それとも王家に誓った忠誠のもとイデアの元で命を賭して戦いますか?」


「そ、それは……」


 エリザベートの言葉に、何も答えられず悩むヴィルヘルム将軍の視線は彷徨っていた。


「悩まれるのも致し方ありません。少々意地悪な言い方でした。申し訳ありません。では、見方を変えてみましょうか。今現在ここに、実際にある材料の一つとして考えて頂きたい。こちらをお見せしましょう。将軍、貴方の今着ている鎧を私に頂けませんか?」


「鎧を……?」


「ええ。あらかじめ、そちらの鎧は使い物にならなくなってしまうことをご了承頂きたい。代わりの物はステインの鎧を差し上げます」


「私の鎧を使い物にならなくすると? ははっ、烈火にでも入れて溶かすのか?」


ヴィルヘルム将軍はクスクスと笑いながら「まぁ、構わん好きにして良い。ステインの鎧の方が質が良さそうだ」そう言って鉄の鎧を脱ぎ、近くにいた執事のスコフィールドにその鎧を渡した。


 スコフィールドは鎧を受け取り、エリザベートに持ち寄ろうとしたが、エリザベートは片手で、スコフィールドに静止するよう促し、そのまま、エリザベートが立つ位置より五メートル以上離れた壁にその鎧をかけるように指示をした。


 スコフィールドは数名の侍女と共に鉄の鎧を壁に掛けた。


 ギャラリーである貴族達も含め、エリザベートが何をするのか興味深々というように見ているが、その目には余興のような娯楽の一種として映っていた。


 エリザベートはテーブルに置かれたキャンドルに近づくと、キシリという木の枝を火に炙り、それを侍女に渡す。


「アシュトン、袋を」


 エリザベートの呼びかけにアシュトンは袋をそのまま渡そうとしたが、エリザベートはその袋を開くように指示をする。


「皆さん、これからお見せするのは、エスターダ国の未来です」


 エリザベートは言いながら、アシュトンが開いた袋の中身を手づかみで握った。小さなその手から黒い粉が少しだけ溢れ、サラサラと落ちる。左脇に抱えるように持っていた鞘に、その黒い粉を流し込み、次に包帯の中に隠し持っていた銀の玉を、まるで鞘に蓋でもするかのように入れた。


「ああ、忘れていたわ」


 エリザベートは呟くように言うとキョロキョロと周囲を見る。


「誰か、細身の剣、レイピアをお持ちの方は?」


 「それならば、私のを」


 エリザベートの行動を食い入るようにみていた貴族の一人が自身の脇に差していた剣を侍女に渡し、受け取った侍女は少しだけ引き抜き確認すると小さく頷いてからエリザベートへと差し出した。

 エリザベートはレイピアを引き抜き、黒い粉を入れた鞘に、細い剣を無理やりねじ込んだ。押し込むように何度かレイピアをスライドさせた後、侍女にレイピアを渡す。侍女は丁寧にレイピアを拭ってから、貴族へと返した。


 エリザベートはふらふらとした足取りで歩き、壁にかけられた鎧の前に立つ。鎧とエリザベートの距離は約五メートル。


 小さくざわついた貴族達の声を黙らせるかのようにエリザベートは口を開いた。


「国の豊かさは力である。父であるデンゼンが私に言った言葉です。父は、ステイン家は、エスターダの国に新たな力をもたらしましょう。本日いらっしゃった皆様には豊かさの源をお見せ致します」


 エリザベートは鞘の口を鎧に向ける。包帯で巻かれた左手で無理やり鞘を支えるように握ると、反動で飛ばされないよう鞘の先端を鎖骨の下にに当てた。そして、侍女からキシリの枝を受け取り鞘の中央より下の飾りに押し当てた。


 ダアァァァーーーーーーン!!


 物凄い破裂音がダイニングに響くと、皆がその音と威力に驚き、目を見開いたまま固まった。口が開きっぱなしの者もいる。


 エリザベートが持つ鞘から煙が立ち上り、その先にあった鉄の鎧には穴が開いていた。


 「嘘だろ……」


 ヴィルヘルム将軍は信じられないとでも言うように呟いた。


 皆が呆然と立ち尽くし、穴の空いた鎧を見つめている。戦において絶対的な命の要が今、破られた。その脅威的な破壊力に皆が静まり返っている。


 エリザベートが持っていた鞘、放った物、それはまさしく鉄砲であった。

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