No.80 大掃除
船の中には船員は殆ど居らず、静かだった。
私は、鞘を大事に抱えながら船を下りる。
「ふふふっ。あの子達、今頃私の屋敷を掃除しているのでしょうね。せっかくですから私達も混ぜてもらいましょうか」
楽しそうに笑う私とは真逆に、表情の暗いマーティンを引きずるように連れて屋敷へと向って歩く。ジェフは眉間に皺を寄せたまま、黙ってついてきていた。
「ねっ、ねぇ。エリザベート嬢? 本当に大丈夫なのかい? こんなに堂々と歩いて……。僕らも指名手配されるだろう?」
「まぁそれは次期にね。でも今はまだ大丈夫よ。あのイデアにすぐにそこまでの事は出来ないわ。でもだからこそ、そうなる前に全てを終わらせるの」
「終わらせるって……どうやって?」
「私の屋敷に行けば分かるわ。さっ、急ぎましょ」
(ねぇ、エリザベート、私も気になるわ。終わらせるってどうやって? 教えてよ。この後どうするつもりなの?)
私の問いにエリザベートはただ怪しくクスクスと笑うだけで、結局は何も応えてくれなかった。
暫くしてステイン家の屋敷が見え始めると、屋敷の方から物凄い物音が聞こえてくる。
(ちょっと、え? あの音何? 怒号が聞こえるんだけど。何? ベンケ達いったい何やっているの?)
「ふふふ。ただの掃除よ? でもちょっとだけ、掃除に向かうのが遅かったようね。まぁ良いわ」
(良いって何が良いの? 大変なことになっているんじゃ……)
不安な気持ちになる私とは反対に、身体は意気揚々と屋敷の門をくぐり、進んでいく。解放されていた門には誰も居らず、奥からは只ならぬ怒号が響いていた。
その気配にジェフの顔色が変わり、警戒するように、マーティンの側へとついた。
「エリザベート嬢、これはどういう事です? 殿下を危険に合わせる気ですか」
「ふふっ、大丈夫。危険じゃないわ。私の側に居る限りは、ね」
「なっ……」
「それよりも殿下。この先は危ないですから、くれぐれも私の側から勝手に離れないようにして下さいね? ジェフも、守りたいのであれば殿下が私の側から離れないようにちゃんと見てて下さい」
(いやいやいやいや、怖い怖い。屋敷でいったい何が起きてるの? だってこの音、絶対戦ってるでしょ)
物音一つに「ひっ」と声を上げるマーティンに、私はそっと手を差し伸べる。
「殿下、そんなに怖いなら私の手を握りますか?」
私の手を握ろうとマーティンは手を伸ばしたが、すぐにすっと手を引っ込めた。
「顔……顔が怖いよ。エリザベート嬢……」
「あら? そうかしら」
「君は、何故こんな状況で笑っていられるんだ。ニヤニヤと不気味すぎる。まるで……」
「まるで?」
(悪魔!)
私は自分自身の頬をつねる。
(痛っ! 痛いよ、エリザベート)
「どっ、どうしたの? エリザベート嬢?」
「私、笑っていませんよ? きっと怖くて口元が引き攣っていたのね。そんなことより、さっ、殿下」
私は強引にマーティンの手を取ると、そのまま屋敷の表玄関へと向った。
(うわぁ……ちょっとコレは……うげぇっ)
目の前には数人の兵達が血まみれで倒れている。
「うふっ。屋敷の玄関に素敵なオブジェ。殿下、見て下さいな。最高のお出迎え。ね?」
目をキョロキョロと動かすマーティンは、全く見ようとはせず、私は小さくため息を吐いてつまらなそうに、そのまま屋敷へと入って行った。
中に入ると、屋敷の中の荒れた状態と生々しい血が至るところ濡らし、床には血溜まりが出来ている。
二階からは怒号が響き、そちらを見れば大階段の上で、ベンケが四人の兵士と戦っていた。
「ベンケ! とっても楽しそうね。私も混ぜてもらって良いかしら?」
大きな声で私が叫ぶと、私に気づいたベンケは兵士と戦いながらニカッと笑い「オジョウ! 残念ですが、こりゃぁ譲れません。せっかくのオラの楽しみだ」そう言って兵士相手に、まるで遊ぶかの様に戦っていた。
「全く、ベンケはやんちゃ坊主なんだから」
(いやいやいや、おかしいでしょ。あれの何処がヤンチャなの? もう怪物ですよ)
私が階段の方まで歩き、いざ上ろうとするとグッと手が引っ張られる感覚に、思わず振り返る。
マーティンが青ざめた顔で、ぶんぶんと思いっきり首を横に振っていた。
「もう、殿下、大丈夫ですよ。こんなのただの玩具達ですから」
(なっ、何言ってるの。コレの何処が玩具なの? 全然玩具じゃないし、皆んな武器持った兵士だよ!?)
「うらぁぁぁぁっ!!」
突如、男の叫び声と共に、階段の上でベンケと戦っていた四人の兵士のうち一人が勢い良く階段を駆け降り、私に向って襲い掛かってきた。
私はすっと、襲い掛かかってくる兵士を横目で見ると、全く感情が入っていない声でわざとらしく叫ぶ。
「きゃぁっっ! 殿下、危ないっ!」
私はマーティンを庇う様に大きく手を広げた後、襲い掛かってくる兵士の剣を左へ躱し、右手に持っていた鞘の先端を兵士の顔面にぶつけた。
兵士は反射的に自分の顔面を左手で押さえ、私はその隙に右手に持っていた鞘を、左脇に抱える。顔を押さえて唸る兵士が手に持っている剣にかかる親指を一気に奥へと押し込んだ。
兵士は剣を持っていることが出来ず、するりと剣が手から滑り、下に落ちる前に私はその剣を自らの手に収める。
「殿下っ危ないっ!」
私はわざとらしい声を上げながら、兵士の顎めがけ、そのまま剣を突き刺した。
(ぎゃぁぁぁぁーーーーっ!! う、ウソでしょ!? やだやだやだ!)
「ぐっがぁっ」
顎を刺された兵士は声にならない音を発しながら、そのまま崩れ落ちる。
(え? 本当に? 殺しちゃった。私、殺しちゃったよ……そんな)
「これは正当防衛ですよ、殿下」
(確かに、正当防衛だけど…でも、だけど……って、エリザベート今の絶対私に向けて言ったでしょ)
ニヤリと笑った私は、そのまま殿下を置き去りにし、奪い取った兵士の剣を待ったまま階段を昇っていく。
(エリザベート!? エリザベート! 行っちゃ駄目だよ。嫌だ!!)
「あぁっ! 殿下っ! 危なーい」
私は棒読みのセリフの様に言いながら、ベンケと戦っている残りの三人の兵士のうち一人を剣で突き刺した。
「ぐっはぁっ!」
「きゃっ! 怖いわ! うふふふ。でもコレも正当防衛よね」
(正当防衛じゃないっ! これは正当防衛じゃないからっ! あぁ、駄目だ。最悪だ。気持ち悪くて、頭がくらくらする)
「ふふっ、仕方ない。ベンケ、後の二人はお前にやる。いつまでも遊んでないで、そいつらの首を取り、殿下に献上しろ」
「へへへっ。分かりやした。オジョウ!」
(止めてっ、ベンケ。首なんか献上しなくていいから、マーティンそんなモノ絶対望んでないから)
実際の殺害現場を目にしてから、私の意識は急激に朦朧とし始めた。
ベンケはすぐに兵士を倒すと、兵士の首をちょん切って、怯えるマーティンの前に差し出しす。
その生首を見たマーティンは青ざめた顔でヨロヨロとしながらジェフに寄りかかると、そのま白目を剥きながら気を失った。
慌てたジェフは近くにあった椅子にマーティンを座らせ、心配そうに見ている。
その間にもマーティンの目の前には生首が並べられ、ジェフは困ったように、そっと生首に布をかけた。
戦いをある程度見届けた私は階段の上に昇ると手に持っていた甲冑を上から落とす。
ガッシャーーーーン!!
落ちた衝撃と、鳴り響いた音で、戦っていた者たちの動きが一瞬止まった。その隙に大きく息を吸った私は大声で叫ぶ。
「双方とも、争いはそこまで!! この屋敷は第三王子であられるルイ殿下の居城となった! 互いに武器を捨て、すぐさまルイ殿下に跪け!」
私の声は屋敷中に響き渡り、屋敷から聞こえていた怒号は次第に何処からも聞こえなくなった。
暫くして、ぞろぞろと階段に集まってくる男達に向かって私はニッコリと微笑む。海賊の船員達はすぐさま跪き、それを見ていた兵士達も戸惑い、警戒しながら武器をおろした。
「おまえ達、良くやりました。双方とも天晴れな戦い。ルイ殿下も頼もしいエスターダの兵の勇敢さに心を打たれています」
マーティンは椅子に座ったまま口から泡を溢れさせながらグッタリとしている。ジェフはそっとマーティンの口元を拭い、私はそのまま話を続けた。
「エスターダ兵の諸君。お前達はこれより、ヴィルヘルム将軍の指示を仰げ! 今回の争いは情報の伝達の遅れが原因で起こった悲しき悲劇だった。しかし、それでも殿下はお前達の勇敢な戦いを胸に刻んでおられる。この戦いで亡くなった者、そして傷ついた者は殿下が勲章と褒美を賜うことになろう。勿論、そなた達にも恩賞はある。おまえ達は武功を上げたのだ。喜べ!
そして、こちらにはルイ殿下の護衛の為、久しく軍を離れてはいたが、ジェフミート将軍もおられるぞ。将軍、彼らに労いの言葉を」
私がジェフに視線を送ると、ジェフは困ったような表情の後に、諦めたように息を吐きながら、私の隣に立った。
私は少しだけ頭を下げ、後に下がる。
「私の名はジェフミートである。諸君らの武功見事であった。先ほどエリザベート嬢が述べたように、諸君らは今後、ヴェルヘルム将軍の指示を仰ぐように。勿論、私からも諸君らの勇敢さはヴェルヘルム将軍へと伝えておこう」
不審そうな顔の兵士達の中、ジェフの顔をまじまじと見ていた一人の兵が驚いたような顔をした後、すぐさま跪く。そして、その兵はすぐに大きな声で叫んだ。
「おまえ達!! あの方はジェフミート将軍ご本人だ。皆、頭を下げろ!」
その声を聞いた兵達は次々と慌てた様子で跪く。
ジェフはホッとした様に少しだけ笑うと、すぐに顔を引き締め、続けた。
「諸君らに分かってもらえて何よりだ。では、直ちに負傷した者の応急処置を済ませ、この屋敷から撤退せよ」
「はっ!」
兵士全員が返事をすると、すぐに動き始め、あっという間に屋敷から兵士の姿は消えた。
私は再び大階段の上に立つと、海賊の船員達に向って剣を掲げながら「おまえ達、勝どきを上げろ!」と叫んだ。
「「「「…………」」」」
「オ、オジョウ? あのぉ、勝どきってなんです?」
「あっ……。ゴホンッ! おまえ達!! この戦に勝ったぞ! 勝どきの雄たけびを上げろーーー!!」
「「「「ウオオォォォォォッッツ!!!」」」」
男達は剣を掲げて叫ぶと、すぐに騒ぎ出し、盛大に喜び合う。
私は階段を降りてベンケを呼び止めた。
「ベンケ、悪いけど、私このまま休みます。殿下とジェフも休みますから、この後、この屋敷はお前が守りなさい。ここはお前の城でもあるのですから、しっかりね」
「はい!! オジョウ」
「それから、エルフレットやステイン家の侍女達がこの屋敷に戻って来ます。私の名前を出す者達は皆、客室に通しておく様に。
その際、来た者への客室への案内は不要です。
元々この屋敷の侍女達や使用人ですからね。もし客室を知らないのだと言う者が現われたら、その場で叩き斬っていいわ」
それから、私はマーティンを無理矢理叩き起こすとジェフと一緒にデンゼンの寝室へ案内し、その後自室へと向かった。
久しぶりに入った自分の部屋も荒らされてはいたが、ベットはそのままの状態だった。私はベットに横になり口を開く。
「エリッサ! まだ起きてるわよね? いい、良く聞きなさい。私はこれからこのまま休むから、後は貴女がおやりなさい」
(え? 何をするの?)
「エルフレット達が屋敷に戻って来たら、彼らに伝えるの。ステイン派の貴族をこの屋敷に集めろと言うのよ。今まで尽くしてくれたステイン派の貴族達に、ステインの財産を分配すると言えば必ずステイン派の貴族はこの屋敷に来るわ。だからそう伝えなさい。それから、今日会ったヴェルヘルム将軍も貴族達が集まる日に来るように呼ぶこと。いいわね? 貴族達が集ったら、また薬を飲みなさい」
(うん……分かった)
「何、その気のない返事は。しっかりなさいよ、エリッサ」
(だって体が凄く怠いと感じるの。頭もボーっとするわ)
「風邪が悪化してるから仕方ないわ。全く……本当にバカなんだから。少し休めば多少は楽になるでしょう。あぁ、それと最後に、早めにアシュトン達をこの屋敷に呼んで匿いなさい。彼らにとって一番安全な場所はこの屋敷以外はないわ」
(分かった、そうする。私が自分で迎えに行って良いの?)
「好きにしなさい、ただ私は風邪引いているんだから、あまり無理しないで」
(うん。分かった……)
私は頷きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
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